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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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雑居街の廃墟(ノエル視点)

【ノエル視点】


 祝賀会から、数日が経っていた。

 ノエルはクラウスを連れて、王都の西側に向かっていた。


「どこに向かっているんですか」


 クラウスが聞いた。


「ちょっと欲しいものがありまして」


 ノエルははぐらかすように答えた。

 クラウスが微妙な顔をした。

 しかし追及はしなかった。



 雑居街に入ると、空気が変わった。


 王都の中心部とは違う、雑然とした空気だった。

 立派な石造りの建物の隣に、布テントで作られた簡易的な売り場がある。

 路地の奥には昼間なのに薄暗い一角があり、何の店だかもわからないような建物が並んでいた。


 ノエルは記憶を頼りに歩いた。

 ゲームで見た光景と照合しながら、路地を進んだ。


(確か、この辺りのはずだ)


 しばらく歩いたところで、見覚えのある路地裏の入り口が目に入った。


(あった)


 ノエルはその路地裏に入った。


「ちょっと、危ないですよそっちは」


 クラウスが慌てて後に続いた。


「こっちに用事があるんです」


 ノエルはそのままテクテクと歩き続けた。

 クラウスがため息をつきながらついてきた。


 路地の奥に進むにつれて、建物の様子が変わっていった。

 使われている形跡のない建物が増えた。

 朽ちた木材が壁から剥がれ、色褪せた布が窓枠に引っかかったまま風に揺れていた。

 かつて誰かが住んでいた痕跡だけが残っていた。


 そしてその一角に、それはあった。


 ボロボロになった廃墟のような建物だった。

 立ち入り禁止の札もなかった。


(ゲームで見た建物と同じだ)

(ここで間違いない)


「ここですか」クラウスが建物を見上げた。「何ですかここ、廃墟じゃないですか」


「そうですね」


「そうですね、じゃないですよ」


 ノエルは中に入ろうとした。

 クラウスが腕を掴んだ。


「待ってください。危ないですよ」


「クラウスさんの立場上、私を止めたいのはわかります」ノエルは言った。「でも、どうしても必要なことなので、見逃してもらえませんか」


「見逃すも何も、廃墟ですよここ。こんな場所に何の用が」


「文献で興味深い記述を見つけまして、確かめたいことがあるんです」


 クラウスが、ノエルを見た。


「だとしても、公爵家の土地でもない廃墟に勝手に入るわけには」


「どうしても必要なんです」


 クラウスが、長いため息をついた。


「そうなると頑固ですよね、ノエルさんは」


 諦めたような声だった。


「ただし」クラウスが続けた。「得体の知れない人間が棲みついている可能性もあります。危険だと判断したら、無理矢理にでも連れ出しますからね」


 クラウスが先に建物の中を確認するように中を覗き、暗がりに人の気配がないかを確かめた。

 少しして、大丈夫そうだ、と小声で言った。


「ありがとうございます」


 二人で中に入った。



 建物の中は薄暗かった。

 埃の匂いがした。

 カビの匂いもした。

 床が所々抜けかけていて、慎重に歩く必要があった。


 ノエルは迷わず階段に向かった。


「なんか迷いなく進みますね」


 クラウスが言った。

 ノエルはあえて答えなかった。


 二階に上がった。

 廊下を奥に進んだ。

 一番奥の扉の前に立った。


 取っ手に手をかけた。

 抵抗なく、開いた。


(よかった)


 内心でそっとホッとした。


 部屋の中に入った。

 古びてカビ臭くなったベッドが一つ。

 崩れかけた棚。

 色褪せた布が積み重なっていた。

 そして部屋の奥に、煤だらけの暖炉があった。


 ノエルは暖炉に向かった。

 床に落ちていた棒切れを拾い上げた。


「何をしているんですか」


 クラウスが驚いたように言った。


「探し物です」


 暖炉の煤の中に棒を差し込んだ。

 ガサガサと動かした。

 煤が舞い上がった。

 ノエルの手と袖が、みるみる黒くなっていった。


「ちょっと、服が」クラウスが慌てた。「せめて手袋を」


「大丈夫です」


 大丈夫ではなかった。

 かなり黒くなっていた。

 しかしそれより、奥に何かあるかどうかの方が重要だった。


 棒をさらに奥に差し込んだ。

 何かに当たった。


(ビンゴだ)


 手応えがあった。

 ゲームの記憶と照合した。

 間違いなかった。


 棒を使って、それをゆっくりと引き寄せた。

 暖炉の縁まで引き出すと、持ってきた布で包んだ。

 手に取った。


 思ったよりずっしりとした重さがあった。

 平たい、それなりの大きさの箱だった。

 外側は煤で真っ黒だったが、形はしっかりしていた。


(これだ)


「何ですかそれ」


 クラウスが、訝しげに箱を見た。

 ノエルはにっこりと微笑んだ。


「秘密です」


 クラウスが、なんとも言えない顔をした。


「絶対に何か碌でもないことを考えてますよね、ノエルさん」


「人聞きの悪い」


 反論できなかった。


「帰りましょう」


 ノエルは箱を抱えて、部屋を出た。

 クラウスがため息をつきながら後に続いた。


 廃墟を出ると、昼の光が眩しかった。

 ノエルは箱を布でしっかりと包み直しながら、内心でそっと思った。


(これで、少し準備が整う)


 雑居街の喧騒の中を、二人で歩き始めた。

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