雑居街の廃墟(ノエル視点)
【ノエル視点】
祝賀会から、数日が経っていた。
ノエルはクラウスを連れて、王都の西側に向かっていた。
「どこに向かっているんですか」
クラウスが聞いた。
「ちょっと欲しいものがありまして」
ノエルははぐらかすように答えた。
クラウスが微妙な顔をした。
しかし追及はしなかった。
◇
雑居街に入ると、空気が変わった。
王都の中心部とは違う、雑然とした空気だった。
立派な石造りの建物の隣に、布テントで作られた簡易的な売り場がある。
路地の奥には昼間なのに薄暗い一角があり、何の店だかもわからないような建物が並んでいた。
ノエルは記憶を頼りに歩いた。
ゲームで見た光景と照合しながら、路地を進んだ。
(確か、この辺りのはずだ)
しばらく歩いたところで、見覚えのある路地裏の入り口が目に入った。
(あった)
ノエルはその路地裏に入った。
「ちょっと、危ないですよそっちは」
クラウスが慌てて後に続いた。
「こっちに用事があるんです」
ノエルはそのままテクテクと歩き続けた。
クラウスがため息をつきながらついてきた。
路地の奥に進むにつれて、建物の様子が変わっていった。
使われている形跡のない建物が増えた。
朽ちた木材が壁から剥がれ、色褪せた布が窓枠に引っかかったまま風に揺れていた。
かつて誰かが住んでいた痕跡だけが残っていた。
そしてその一角に、それはあった。
ボロボロになった廃墟のような建物だった。
立ち入り禁止の札もなかった。
(ゲームで見た建物と同じだ)
(ここで間違いない)
「ここですか」クラウスが建物を見上げた。「何ですかここ、廃墟じゃないですか」
「そうですね」
「そうですね、じゃないですよ」
ノエルは中に入ろうとした。
クラウスが腕を掴んだ。
「待ってください。危ないですよ」
「クラウスさんの立場上、私を止めたいのはわかります」ノエルは言った。「でも、どうしても必要なことなので、見逃してもらえませんか」
「見逃すも何も、廃墟ですよここ。こんな場所に何の用が」
「文献で興味深い記述を見つけまして、確かめたいことがあるんです」
クラウスが、ノエルを見た。
「だとしても、公爵家の土地でもない廃墟に勝手に入るわけには」
「どうしても必要なんです」
クラウスが、長いため息をついた。
「そうなると頑固ですよね、ノエルさんは」
諦めたような声だった。
「ただし」クラウスが続けた。「得体の知れない人間が棲みついている可能性もあります。危険だと判断したら、無理矢理にでも連れ出しますからね」
クラウスが先に建物の中を確認するように中を覗き、暗がりに人の気配がないかを確かめた。
少しして、大丈夫そうだ、と小声で言った。
「ありがとうございます」
二人で中に入った。
◇
建物の中は薄暗かった。
埃の匂いがした。
カビの匂いもした。
床が所々抜けかけていて、慎重に歩く必要があった。
ノエルは迷わず階段に向かった。
「なんか迷いなく進みますね」
クラウスが言った。
ノエルはあえて答えなかった。
二階に上がった。
廊下を奥に進んだ。
一番奥の扉の前に立った。
取っ手に手をかけた。
抵抗なく、開いた。
(よかった)
内心でそっとホッとした。
部屋の中に入った。
古びてカビ臭くなったベッドが一つ。
崩れかけた棚。
色褪せた布が積み重なっていた。
そして部屋の奥に、煤だらけの暖炉があった。
ノエルは暖炉に向かった。
床に落ちていた棒切れを拾い上げた。
「何をしているんですか」
クラウスが驚いたように言った。
「探し物です」
暖炉の煤の中に棒を差し込んだ。
ガサガサと動かした。
煤が舞い上がった。
ノエルの手と袖が、みるみる黒くなっていった。
「ちょっと、服が」クラウスが慌てた。「せめて手袋を」
「大丈夫です」
大丈夫ではなかった。
かなり黒くなっていた。
しかしそれより、奥に何かあるかどうかの方が重要だった。
棒をさらに奥に差し込んだ。
何かに当たった。
(ビンゴだ)
手応えがあった。
ゲームの記憶と照合した。
間違いなかった。
棒を使って、それをゆっくりと引き寄せた。
暖炉の縁まで引き出すと、持ってきた布で包んだ。
手に取った。
思ったよりずっしりとした重さがあった。
平たい、それなりの大きさの箱だった。
外側は煤で真っ黒だったが、形はしっかりしていた。
(これだ)
「何ですかそれ」
クラウスが、訝しげに箱を見た。
ノエルはにっこりと微笑んだ。
「秘密です」
クラウスが、なんとも言えない顔をした。
「絶対に何か碌でもないことを考えてますよね、ノエルさん」
「人聞きの悪い」
反論できなかった。
「帰りましょう」
ノエルは箱を抱えて、部屋を出た。
クラウスがため息をつきながら後に続いた。
廃墟を出ると、昼の光が眩しかった。
ノエルは箱を布でしっかりと包み直しながら、内心でそっと思った。
(これで、少し準備が整う)
雑居街の喧騒の中を、二人で歩き始めた。




