遭遇(ノエル視点)
【ノエル視点】
エリナたちを見送って、ノエルは静かに息をついた。
飲み物を一口飲んだ。
広間を見渡した。
少し、落ち着いた。
その瞬間だった。
気づいたら、目の前にいた。
「やあ、ベルナード嬢」
にこやかな声だった。
フェルトン侯爵が、笑顔で立っていた。
(いつの間に)
ノエルは内心で少し驚きながら、表情を保った。
「フェルトン侯爵様、これはご丁寧に」
「お噂は予々伺っておりますよ」フェルトンが続けた。「大変優秀な方だと。ヴァルトハイン公爵領の財政改善、誠に見事なものだと、各方面から聞こえてきておりまして」
「もったいないお言葉でございます」
ノエルは礼を述べながら、フェルトンの様子を静かに観察した。
(この人は、ゲームには登場していない)
(ゲーム内ではゲーム本編が始まった後も、公爵家から甘い汁を吸い続けていた人物だ)
(公爵家の敵と言ってもいい)
笑顔の裏を、読もうとした。
フェルトンの笑顔は、崩れなかった。
「実は、貴方の類まれなる事務処理の手腕を、ぜひ我が領でも参考にできればと思っておりまして」フェルトンが続けた。「もし宜しければ、王都に滞在中、どこかでお話をさせていただく機会をいただけないでしょうか」
ノエルは笑顔のまま答えた。
「恐れ入りますが、私は現在、公爵家に雇われている身でございますので」
「それはもちろん」フェルトンは頷いた。「もし宜しければ、公爵様もご一緒にいかがですか。領地運営についての意見交換など、お互いの領の発展になりましょう」
流暢だった。
ノエルの断りを、澱みなく流した。
「それに」
フェルトンの声のトーンが、僅かに変わった。
「過去の不手際について、何か誤解が残ったままではお互いに不幸ですしな。もし宜しければ、その不手際を発見された貴方に、お礼がてら経緯の説明を改めてきちんとしたいのです。別室でお時間を少々いただけますか」
(来た)
ノエルは内心で思った。
「公爵様も先の戦争のご活躍で何かとお忙しいようですし」フェルトンが続けた。「事務のことでしたら、貴方の方が詳しそうだ」
(上手い)
ノエルは静かに考えた。
(断ると、手打ちになり解決済みのトラブルをいつまでも引きずっていると言われかねない)
(かといって一人でついていくのは危険だ)
(クラウスは会場に入っていない)
(しかし)
王宮の中だ。
乱暴なことはできないだろう。
おそらくは。
完全に安全とは言い切れない。
しかし、ここで断り続けることのリスクも確かにある。
(覚悟を決めろ)
ノエルは一つ、息をついた。
「分かりました、伺います」
そばにいた給仕に、静かに近づいた。
「ヴァルトハイン公爵閣下に、フェルトン侯爵様と休憩室に移動する旨をお伝えしていただけますか」
給仕が頷いた。
ノエルはフェルトンの方に向き直った。
「では、ご案内ください」
◇
王宮の廊下を歩いた。
祝賀会の喧騒が、遠のいていった。
フェルトンが案内した先は、王宮の一室だった。
扉の前に、王宮のメイドが一人立っていた。
フェルトンがそのメイドに声をかけた。
「失礼、扉を少し開けておいてもらえますか」
メイドが頷いた。
扉が、僅かに開いた状態になった。
(誠実さの演出だ)
(表向きは)
ノエルはそう思いながら、室内に入った。
その瞬間。
空気が、変わった。
外の喧騒が、完全に遠のいた。
静かすぎた。
廊下から扉一枚隔てただけとは思えない静けさだった。
(この静けさは、普通じゃない)
ノエルは僅かに身構えた。
フェルトンが、にこやかに言った。
「そうそう、ご紹介したい方もいるのですよ」
室内の奥。
備え付けのソファーに、人物が座っていた。
その人物が、立ち上がった。
こちらに向かって、歩いてきた。
ノエルは、その人物を見た。
最初の印象は、地味だった。
眼鏡をかけていた。
長い前髪が、顔の半分を覆っていた。
陰気な印象の、痩せた男だった。
しかし。
何かが、違った。
外見は普通の人間だった。
しかし決定的に、何かが人間と違った。
その「何か」が何であるかを、ノエルが把握しようとした瞬間。
記憶が、引き出された。
(この顔)
(知っている)
(ゲームで、見た)
(人間の姿のスチルで、見た)
ノエルは、固まった。
その人物が、ノエルの前に立った。
眼鏡の奥の目が、ノエルを静かに見下ろした。
感情がなかった。
値踏みするような目だった。
「初めまして」
低く、静かな声だった。
(こいつは!)
(魔人の一人、ヴェイル・ナハト!)
そこには、人類の敵である魔人の一人が立っていた。




