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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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エリナ襲来(ノエル視点)

【ノエル視点】


 エリナが来た。


 父親の近衛騎士団長、グレイン・フォルセアと共に、こちらに向かってくる姿が見えた瞬間、ノエルは少し身構えた。


 グレイン団長は堂々とした体格の男性で、礼装姿もよく似合っていた。


「ヴァルトハイン公爵、今回の戦での活躍、見事でした。我々近衛団としても、誇りに思います」


 グレイン団長がライアスに話しかけた。


 ライアスが静かに答えた。


 二人の話が始まった。


 その間に。


 エリナが、さりげなく、ノエルの隣に立った。


(さりげなく、というのが怖い)


 エリナが、ノエルに向かって微笑んだ。


 完璧な笑顔だった。


 社交界用の、完璧な笑顔だった。


「お久しぶりですわ」


 エリナが言った。


「優秀で、誠に見事な事務員のノエル様」


(ひょわぁぁああああ!!!)


 全身に鳥肌が立った。


 この笑顔は危険だ。


 本能でそう感じた。


「ライアス様はお優しいですわねえ」


 エリナが続けた。


 笑顔のまま、少しだけ顔を近づけた。


「優秀で誠に見事な部下の事務員であるノエル様のエスコートをされるなんて」


 ノエルは動けなかった。


 エリナの笑顔が、じわじわと圧力として迫ってきた。


「ノエル様は仰ってましたわよねえええ」


 エリナの声が、周囲に聞こえない程度の音量で、しかし確実に、ノエルの耳に届いた。


「借金の形の事務員だってぇぇええ」


「私も言いましたわよねえええ」


「自分の立場をしっかりと覚えておけってぇぇぇええ」


「なぁぁああんで、ノエル様のエスコート役がライアス様なのかしらぁぁぁああ!!」


 笑顔だった。


 完璧な笑顔のまま、放たれていた。


 周囲には聞こえていなかった。


 グレイン団長もライアスも、気づいていなかった。


 しかしノエルには、全てが届いていた。


(怖い)


(これは怖い)


(ドラゴンがブレスを吐くような圧倒的な威圧感が、笑顔の形をして放たれている)


(物理的な暴力かのように、押し潰してくる)


(泣きそうだ)


 何とか、表情を保った。


「えーとですね。エスコートにつきましては、私が頼りないので、ライアス様が責任感で守ってくださっているというか」


 ノエルは言った。


 エリナが、笑顔のまま言った。


「嘘ですわね」


 一言だった。


 鋭かった。


「では、貴方のそのドレスは何ですの」


 エリナが、ノエルのドレスを見た。


「青と銀の彩り。それはまさに、ヴァルトハイン公爵家の色」


 ノエルは少し、止まった。


(青と、銀)


(ヴァルトハイン公爵家の、色)


(待って)


(待って待って待って)


(そういやそうだ!!!)


(ライアス様のイメージカラーだ!!!)


(ライアス様がこの色にしたのは、何となく分かるけど)


(よく考えたら、周囲からはそう見られるわな!!!)


「そんなドレスを身に纏って、ライアス様にエスコートされて」


 エリナの声が続いた。


「それが、頼りないから仕方なくエスコートですってぇぇええ!」


 エリナが持っている扇が、ミシミシと音を立てそうなほど、握りしめられていた。


「あり得ないでしょうがぁぁああ!!」


 笑顔のまま言われた。


(脳内で号泣しながら、ノエルは考えた)


(ライアス様が意図してこの色を選んだのか、それとも別の理由があったのか)


(考えかけて、答えが出なかった)


(出なかったが、今はそれより目の前の問題が深刻だ)


「……ライアス様の、人形」


 エリナが、ぽつりと言った。


「へ!?」


 思わず声が出た。


 エリナが、ノエルをじっと見た。


「ライアス様の人形で、今回のことを水に流して差し上げますわ」


 そっぽを向いていた。


 頬が、若干赤かった。


(この人、ライアス人形のことを知っている)


 ノエルは少し驚いた。


(戦争の間、常にライアス様と一緒にいたから、どこかで見たか聞いたか)


 常に一緒に、という言葉が、頭の中で繰り返された。


 何か、モヤモヤした。


 何がモヤモヤしているのか、言葉にしようとした。


 できなかった。


(今は考えない)


 ノエルはそのモヤモヤを振り払った。


 エリナに向き直った。


「えと、ライアス様の人形ですが」


 ノエルは少し、申し訳なさそうに言った。


「ちょっと色々ありまして、作成は自重しておりまして。公爵様の人形を、簡単に何個もお作りするわけにもいきませんので」


 エリナが、固まった。


「え」


 一言だった。


 それから、エリナの肩が、少しだけ落ちた。


「そ、そうなのですね」


 しゅんとしていた。


 明らかに、しゅんとしていた。


 あの凛とした令嬢が、扇をぎゅっと握りしめたまま、しゅんとしていた。


(何だかわからないが)


(やっぱり可愛いな、この生き物)


 ノエルは内心でそっと思った。


 そこへ。


「ノエル」


 ライアスが戻ってきた。


 グレイン団長と話を終えたようだった。


「陛下への報告がある。団長とエリナと共に、また少し席を外さなければならない。大丈夫か」


 ノエルは、はっきりと頷いた。


「大丈夫です。行ってきてください」


 コクコクと、二度三度、頷いた。


 早くエリナを連れて行ってください、という意思が、全力で込められていた。


 ライアスが、エリナとグレイン団長と共に歩き出した。


 エリナが歩きながら、一度だけ振り返った。


 ノエルと目が合った。


 エリナが、また完璧な笑顔を作った。


 しかしその笑顔の奥に、さっきとは少し違う色があった。


(またね、という顔だ)


(次も来る気だ)


(絶対にまた来る気だ)


 ノエルは微笑みで返した。


 三人の背中が遠ざかっていった。


 ノエルは静かに息をついた。


(疲れた)


 本当に疲れた。


 飲み物を一口飲んだ。


 広間を見渡した。


 煌びやかな光の中、人々が話し、笑い、踊っていた。


 少し落ち着いた。


 ふと、顔を上げた。


 そこに、笑顔の男が立っていた。


 フェルトン侯爵だった。

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