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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第三章 動き出す脅威

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祝賀会(ノエル視点)

【ノエル視点】


 会場に入った瞬間、空気が変わった。

 煌びやかな光の中に、無数の視線があった。


 ざわめきが、小さく、しかし確実に広がっていた。

 ノエルはそれを感じながら、前を向いた。


 ライアスの腕が、温かかった。

 それだけを頼りに、歩いた。



 謁見は、想像以上に緊張した。


 王様というのは、ゲームの中でも登場するが、目の前にいる存在として認識したのは初めてだった。


(脳内パニック最高潮)

(でも顔には出さない)

(出したら終わりだ)


 ライアスが一番最初に謁見を行った。

 最も高い爵位を持ち、今回の勲章授与の筆頭として。


 その挨拶を、ノエルは隣で静かに聞いていた。

 王様と横に並ぶ王族が、それを返した。


 そして、王様の視線が、ノエルに向いた。


(来た)

(来てしまった)

(落ち着け)

(私は伯爵家の娘だ)

(カーテシーは貴族教育で習った)

(できる)


 ノエルはカーテシーを行った。

 体勢を崩さなかった。


 完璧かどうかはわからない。

 しかし、崩れなかった。


(よかった)


 心の底から、そう思った。


「アルベルトからも聞いているが」


 王様が、静かに言った。


「ヴァルトハイン領の財政改善に大きく貢献した、優秀な事務官と。その手腕、誠に見事と言えよう」


 ノエルは、一瞬、固まった。


(王様が、私に話しかけている)

(私に、直接)

(ど、どういう顔をすればいいのか)


「もったいないお言葉でございます」


 何とか、声が出た。


 周囲から、小さなざわめきが聞こえた。


(なんでざわめいているんだ)

(よくわからないが、とにかく前を向こう)


 謁見が、終わった。



 給仕から飲み物を受け取り、広間の端に移動した。

 ライアスが隣に立っていた。


「初めての謁見にしては、堂々としていて立派だった」


 ライアスが言った。


(死ぬかと思った)


 心の底からそう思いながら、ノエルは顔には出さなかった。


「ありがとうございます」


 答えながら、胸の中に温かいものが広がるのを感じた。

 ライアスに褒められると、やはり嬉しかった。


 推し活とは少し違う温かさだった。

 そのことを考えかけて、またすぐに別の方向に意識を向けた。


(今は、考えない)


 周囲の視線とヒソヒソ声は、相変わらずだった。

 煩わしいが、仕方がない。


 そう思って、受け止めた。



 会場がダンスタイムに入った頃から、声をかけてくる人間が増えた。


 最初に来たのは、若い貴族男性だった。


「ベルナード嬢、よろしければ一曲」


 ライアスが、男性に向かって静かに言った。


「彼女はまだ正式に社交界に出ていないため、フロアでのダンスは辞退している」


 男性が、一礼して去った。


 次に来たのは、別の男性だった。


「ベルナード嬢、領地運営についてお話を」


「彼女は本日、私の随行として参加している。業務上の話は後日、公爵家を通じて」


 また去った。

 その次も、その次も。


 ライアスが、次々と理由を変えながら、追い払っていった。


(閣下、理由のバリエーションが豊富だ)

(ちゃんと毎回違う理由を考えている)

(真剣な顔でやっているところが、また良い)


 ノエルは飲み物を口に運びながら、内心でそっとそう思った。



 そこへ、騎士団の団員がライアスに近づいてきた。

 小声で何かを告げた。


 ライアスが、わずかに眉を動かした。


「申し訳ないが、少しだけ席を外さなければならない。騎士団側で対応が必要な案件があるようだ」


「大丈夫ですよ。行ってきてください」


「すぐに戻る」


 ライアスが離れた。

 ノエルは広間を見渡した。


(さて)

(壁の花になろう)


 広間の壁際に移動した。

 飲み物を手に、静かに立った。


(これはゲームでいう、一人行動イベントだ)

(何かが起きる予感がする)

(楽しみだ)


 その予感は、すぐに当たった。



 五人の令嬢が、こちらに向かってきた。


 先頭に立つのは、年齢はノエルより少し上だろうか、整った顔立ちの令嬢だった。

 後から調べれば、とある侯爵家の令嬢だとわかる。


 令嬢が、ノエルを上から下まで見た。

 それから、笑顔を作った。


「まあ、可愛らしいお嬢さん。お父様とはぐれてしまったの?」


(きゃああああああ!!!)

(令嬢に絡まれている!!!)

(これはゲームのハラスメントイベントだ!!!)

(自分がそちら側に立つのは初めてだ!!!)

(ちょっと楽しい!!!)


 顔には出さなかった。

 微笑みで、返した。


「まあ、ご丁寧に。ベルナード伯爵令嬢のノエルと申します」


 令嬢の目が、わずかに細くなった。

 バカにされたと感じたのだろう。


「公爵閣下もお人が悪いわ」別の令嬢が続けた。「このような夜更けまで、まだ夜会の作法もご存知ないお方を、お連れになるなんて」


 ノエルは微笑みのまま聞いていた。


(続きをどうぞ)


 侯爵令嬢が、畳み掛けた。


「公爵家の帳簿を拝見して差し上げているとか? まあ、伯爵家のご令嬢が、まるで商家の番頭のような真似をなさるなんて」


「公爵閣下も大変ですわね」別の令嬢が笑った。「雇った事務員のご機嫌をとるために、わざわざ夜会にまで付き合わされるなんて」


 ノエルは、その瞬間。

 目を輝かせた。


 両手を、パチンと合わせた。


「まあっ! 皆様、公爵領の財政改革にご興味がおありなんですね!? 嬉しいですわ!」


 令嬢たちが、一瞬、固まった。


「……は? 改革?」


「ええ! 先程『商家の番頭のよう』と仰ってくださいましたよね? それこそが公爵様の卓見なんです! 公爵様は私の提案を真摯に聞いてくださり、領地の遊休資産を精査し、非効率な予算配分を見直して、新規の灌漑設備と街道整備への投資に回されたのですよ。その結果、領地の農業生産が大幅に向上し、税収の安定化にも繋がりましたの!」


「ち、違いますわ! わたくしたちは、ご令嬢が金勘定などとご品位が、と……!」


「そうですよね、資産を眠らせたままではもったいないですわ!」


 ノエルは満面の笑みで、全く話を聞かなかった。


「得た利益は領民の生活向上と教育に再投資されているんです! おかげで治安の安定と人材育成が同時に達成されて、長期的な領地の発展基盤が整いつつありますの。もし皆様のお家でも、活用されていない領地や滞留している資産がおありでしたら、ぜひ一度見直されることをお勧めしますわ! 収益の再投資効果を試算してみると、数年後の見通しが劇的に変わりますのよ。よろしければ、後日わたくしが計算の考え方をお教えいたしましょうか? いつでもご相談に乗りますわよ!」


 満面の笑みだった。

 有無を言わさぬ勢いだった。


 令嬢たちが、じりじりと後退していた。

 侯爵令嬢の顔が、引きつっていた。


「け、結構ですわ! ごきげんよう!」


 そう言って、踵を返した。

 他の令嬢たちが、慌てて後に続いた。


 遠ざかっていく背中を見ながら、ノエルは少しだけ思った。


(少し言い過ぎたかもしれない)


 いや、でも。


(向こうから来たんだしな)


 まあいいか、という結論に達した。


 その令嬢集団とすれ違うように、ライアスが戻ってきた。


「ノエル、大丈夫だったか。何かあったのか」


 ノエルは飲み物を一口飲んだ。


「勉強熱心なご令嬢に、ちょっとお勉強をしていただけですわ」


 さらりと答えた。


 ライアスが、去っていく令嬢たちの後ろ姿と、ノエルを見比べた。

 しばらく、黙っていた。


 それから。


 口元が、わずかに動いた。


「なるほど。良い勉強になっただろうな」


 愉快そうだった。

 いつもの無表情ではなかった。

 完全に笑っているわけでもなかった。

 しかし確かに、そこに笑いがあった。


 その表情を見た瞬間、広間のあちこちから、どよめきが起きた。

 ノエルも、そのどよめきを聞いた。


(そうか)

(ライアス様が、こういう表情をすること自体が、この場では珍しいのか)


 改めて、そう思った。


 隣に立つライアスを、横目で見た。

 もう表情は戻っていた。

 いつもの無表情だった。


 しかし今日はもう何度も、いつもと違う表情を見た。


(今日は、随分と色々な顔を見た)


 ノエルはそっと前を向いた。

 祝賀会の夜は、まだ続いていた。

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