覚悟(ノエル視点)
【ノエル視点】
私は今、非常に混乱している。
なんで。
どうして。
なぜなんで。
(ライアスが私のエスコートをする!!!)
父から聞かされた時は、まさかボケたか父ちゃん、と思った。
ごめん、お父様。
ライアスは、本気だった。
(なんでよー!)
(エスコートって、デビュタントのエスコートは家族がするものじゃないのー!)
(ゲームでもそうだった!)
(デビュタントのイベントはあったけど、エスコートは必ず家族だった!)
(攻略キャラがエスコートするシナリオなど、どこにも存在しなかった!)
(なのになぜ!)
(めちゃくちゃ目立つじゃん!)
(地味でゲーム本編にも出ないモブ以下の私が!)
(なんで攻略キャラの一人にエスコートされてデビュタントするんだ!)
隣のライアスを見た。
すました顔をしていた。
余裕そうだった。
完璧な礼装姿で、真っ直ぐ前を向いていた。
(自分はライアスの訳のわからん提案で絶賛大パニック中で)
(しかも正装ライアスに鼻血も溢れそうだというのに)
(いっそ鼻血を出して欠席したい)
本気でそう思った。
思ったその瞬間。
「ノエル」
ライアスが、呼んだ。
「ひゃい!」
飛び上がりそうになりながら返事をした。
ライアスがノエルを見た。
いつも通りの無表情だった。
しかし目だけが、少し柔らかかった。
「言うのが遅くなったが」
ライアスが続けた。
「そのドレス姿、とてもよく似合っている」
来た。
鼻血が来た。
全力で堪えた。
ライアスは気づいていなかった。
真顔のまま、前を向いていた。
ノエルは顔が燃えるのを感じながら、何とか口を開いた。
「あ、ありがとう、ございましゅ」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
ライアスが、微妙な顔をした。
(今のは聞かなかったことにしてほしい)
ノエルは前を向いた。
顔がリンゴのように真っ赤なのは、自分でもわかった。
◇
少し前まで、自分はずっと思っていた。
ライアスは元々、異性に興味が薄い人だ。
自分のドレス姿に何も言わないのも、そういうものだと納得していた。
しかし今。
お世辞なのかもしれない。
しかしライアスから直接そう言われると、やはり、胸が温かくなった。
推しとしての崇拝とは、少し違う温かさだった。
そのことを考えかけて、ノエルは意識的に別の方向に思考を向けた。
(今は、考えない)
(考えるべきことが、他にある)
ライアスのエスコートで入場する。
それは、噂と醜聞が大好きな貴族たちの格好の餌になるだろう。
一応事務員とはいえど、ただの事務員をエスコートする人などいない。
ライアスは私を守るためにそうしてくれている。
しかしそれは間違いなく、何らかの火種になる。
だから。
(コソコソ隠れるのは、嫌だ)
自分はそういうのが、好きではない。
ライアスが自分を守るためにそばにいてくれる。
ライアスにそう思ってもらえた自分を、誇りに思おう。
(堂々としていればいい)
(それに)
そこまで考えて、ノエルの中でヲタク魂が静かに、しかし確実に、燃え上がった。
(あと少しで始まるゲーム本編の、貴重なお宝スチールを)
(私は)
(間近で)
(見るんだ!!!)
(攻略キャラのエスコートで祝賀会に入場するモブなど、ゲームには存在しない!)
(前代未聞だ!!!)
(むしろこれは役得では!!!)
(いや役得どころではない!!!)
(神様、転生させてくれてありがとう!!!)
覚悟と興奮が、同時に胸の中で渦巻いていた。
なんとも自分らしい、と思った。
◇
その時だった。
王宮の典礼官が、杖を床に打ち鳴らした。
高く、澄んだ音が響いた。
扉の向こうで、会場の声が静まっていく気配がした。
煌びやかな光が、扉の隙間から漏れていた。
話し声が遠のいた。
静寂が近づいてきた。
(あ、これ)
(ドアが開いた瞬間、全員に知れ渡るやつだ)
ノエルは一瞬、そう気づいた。
この場にいる全ての貴族に。
ヴァルトハイン公爵のエスコートで入場する令嬢として。
(でも)
覚悟は、もう決めた。
典礼官が、声を上げた。
「ライアス・ヴァルトハイン公爵閣下! ならびに、ベルナード伯爵令嬢ノエル様、ご到着!」
扉が、開いた。
ノエルはライアスの腕を取った。
礼装越しだが、ライアスの温もりを感じた。
ライアスが、一歩踏み出した。
ノエルも、一緒に踏み出した。
煌びやかな広間が、目の前に広がった。
無数の視線が、こちらに向いた。
ライアスの横顔を、一瞬だけ見た。
真っ直ぐ、前を向いていた。
いつも通りの横顔だった。
しかしその横顔が、どこか頼もしかった。
(さぁ)
ノエルは前を向いた。
(ここからは、また別の戦場だ)
(覚悟を決めろ、ノエル)
二人で並んで、祝賀会の会場に入った。




