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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
動き出す脅威

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父との再会(ノエル視点)

【ノエル視点】


 タウンハウスは、想像より大きかった。


 公爵家の王都における拠点として使われているらしく、石造りの外壁は重厚で、内部の調度品も公爵邸に負けず劣らずの品格があった。


 到着した夜は疲れで早々に眠ってしまったが、翌朝、案内された客室の立派さに改めて驚いた。


(事務員や使用人の部屋ではない)


(完全に、貴族の客間だ)


 理由はすぐにわかった。


 タウンハウスの使用人たちは、ノエルが伯爵家の令嬢であることを知っていた。

 だからこの扱いだった。


 それ自体は理解できた。

 問題は。


「ベルナード様、朝食のご準備が整っております」


 執事長が、ノエルに向かって深々と一礼した。

 その態度が、どこか、慇懃すぎた。


(この人、私のことを何だと思っているんだ)


 答えはすぐに出た。


 朝食の席に案内されたとき、ライアスと同じテーブルに通されたのだ。


(同じテーブル)


(ライアス様と)


(同じテーブルで朝食)


 ノエルは椅子に座りながら、執事長の態度を思い返した。


(もしかして、この人、私のことをライアス様の婚約者だと思っているのでは)


 そっと執事長を見た。

 執事長が、にこやかな笑顔でこちらを見ていた。

 その笑顔が、どこか、祝福めいていた。


(思っている)


(完全に思っている)


(違います、と言いたい)


(言いたいが、このタイミングで言うのか)


(どういう顔で言うのか)


(言えない)


 ノエルは前を向いた。


 ライアスが向かいに座っていた。

 いつも通りの無表情で、給仕が運んできたパンを手に取っていた。


 訂正する気配が、全くなかった。


(閣下、訂正してください)


(心の中で叫んだが、届かなかった)


 ノエルは紅茶を一口飲んだ。

 熱かった。

 それでも飲んだ。

 気を紛らわせるために飲んだ。



 朝食が終わった頃、ライアスが言った。


「ベルナード伯爵が王都のホテルに着いていると連絡が入った。授与式の前に会いに行ってはどうか」


「あ、はい」ノエルは答えた。「でも、仕事が」


「仕事をしてくれるのはありがたいが」


 ライアスが、静かに言った。

 いつも通りの無表情だった。

 しかし声のトーンが、少しだけ柔らかかった。


「昨日の馬車の件もそうだが、少し頑張りすぎだ。せっかくの王都だ。少しは羽根を伸ばした方がいい」


 ノエルは少し、止まった。


(昨日の馬車酔いのことを、まだ覚えていた)


(覚えていて、それと合わせて言ってくれた)


(この人は、本当によく見ている)


「……ありがとうございます」


 ノエルは答えた。


「では、お言葉に甘えて、父に会いに行ってまいります」


 ライアスが頷いた。

 それだけだった。

 しかしそのわずかな頷きが、なぜか、胸に残った。



 クラウスと二人で、タウンハウスを出た。


 王都の大通りに出た瞬間、ノエルは足を止めた。


(すごい)


 人が、多かった。

 公都とは規模が違った。


 石畳の道が整然と続き、両脇には商店が立ち並んでいた。

 馬車が行き交い、行商人が声を上げ、貴族らしき人物が従者を連れて歩いていた。

 空が、広かった。


「ノエルさん、そんなとこ立ってると邪魔ですよ」


 クラウスが苦笑しながら言った。


「すみません」


 歩き出しながら、ノエルは辺りを見回し続けた。


(ゲームで見た王都の街並みだ)


(ゲームのスチルよりも、ずっと賑やかで、ずっと色鮮やかだ)


「クラウスさんは王都に来たことがあるんですか」


「何度かありますよ。道はだいたいわかります」


「そうですか」


 ノエルは少し、考えながら言った。


「王都の西側にある雑居街も詳しいですか」


 クラウスが少し、ノエルを見た。


「一応、何度か行ったことはありますが」


「そうですか」


 ノエルは前を向いた。


「……何かあるんですか、雑居街に」


「いいえ」ノエルは笑顔で答えた。「少し気になっただけです」


 クラウスが、微妙な顔をした。


(気になっただけです、は嘘ではない)


(詳しくは、また今度)


 ノエルは大通りの賑わいを見ながら、歩き続けた。



 父が滞在しているホテルに着いたとき、ノエルは少し首を傾げた。


 立派だった。

 非常に、立派だった。


 正面の柱に彫刻が施されており、入口には制服を着たドアマンが立っていた。


(ここ、知っている)


(王都でも指折りの老舗一流ホテルだ)


(ゲームでも名前だけ出てきたホテルだ)


(しかしなぜ、お父様が)


(ベルナード家は貧乏伯爵家で、王都に来る際はリーズナブルなホテルに泊まっているはずで)


「本当にここですか」


 思わず言ってしまった。


「住所はここですよ」クラウスが答えた。「入りましょう」


 クラウスが先にドアを開けた。

 ロビーに入った。

 広かった。

 天井が高く、シャンデリアが輝いていた。


(クラウスさん、場違い感が滲み出ている)


 横を見た。

 クラウスが微妙な顔で、背筋を正していた。


(元傭兵が一流ホテルのロビーで立っている)


(なんとも言えない絵だ)


 フロントでノエルは父の名前を告げた。

 程なくして、父が降りてきた。


「ノエル」


「お父様」


 父は、ノエルの顔を見て、少し目を細めた。


「元気そうで良かった」


「はい。お父様もお変わりなく」


「お前のそばに控えているのは」


「護衛を務めてくれているクラウスです。公爵家の使用人です」


 父がクラウスを見た。

 クラウスが一礼した。


「大切にしてもらっているのだな」


 父が穏やかに言った。


「よかった」


 その声に、安堵が滲んでいた。

 責めるでも、悔やむでもなく。

 ただ、安堵していた。


(お父様)


 ノエルは少し、前を向いた。


「一度、部屋に来てくれないか。話したいことがある」


「はい」


「では私はフロントでお待ちしております」クラウスが言った。


 ノエルと父は、エレベーターへ向かった。



 部屋は、立派だった。


 思ったより、はるかに立派だった。


 広いリビングに、大きな窓。

 窓の外には王都の景色が広がっていた。


(お父様がこういう部屋に泊まっているのを見たことがない)


「驚いたか」


 父が少し、笑った。


「はい、少し」


「公爵様が手配してくださったのだ」


 父が続けた。


「授与式に出席する関係で、ベルナード家にも連絡が来てな。せっかくだからとご配慮いただいた」


(ライアス様が)


(お父様の部屋まで手配していた)


「それと」


 父が、クローゼットの扉に手をかけた。


「これも、公爵様がご用意してくださった」


 扉が開いた。

 ノエルは、その中を見た。


 ドレスが、あった。


 青と銀のドレスだった。

 派手すぎず、しかし華やかさを纏っていた。

 光の加減で、銀糸が静かに輝いていた。


(綺麗だ)


 思わず、そう思った。


(こんなドレス、着たことがない)


(青と銀の組み合わせが、こんなに美しいとは)


(ライアス様は、こういうセンスがあったのか)


 ノエルは固まった。


(ライアス様が、私のために、ドレスを)


(選んで)


(用意してくださった)


 それだけで、頭が追いつかなかった。


 父が、ドレスを見ながら、少しだけ意味ありげな顔をした。

 何も言わなかった。

 ただ、静かに笑っていた。

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