父との再会(ノエル視点)
【ノエル視点】
タウンハウスは、想像より大きかった。
公爵家の王都における拠点として使われているらしく、石造りの外壁は重厚で、内部の調度品も公爵邸に負けず劣らずの品格があった。
到着した夜は疲れで早々に眠ってしまったが、翌朝、案内された客室の立派さに改めて驚いた。
(事務員や使用人の部屋ではない)
(完全に、貴族の客間だ)
理由はすぐにわかった。
タウンハウスの使用人たちは、ノエルが伯爵家の令嬢であることを知っていた。
だからこの扱いだった。
それ自体は理解できた。
問題は。
「ベルナード様、朝食のご準備が整っております」
執事長が、ノエルに向かって深々と一礼した。
その態度が、どこか、慇懃すぎた。
(この人、私のことを何だと思っているんだ)
答えはすぐに出た。
朝食の席に案内されたとき、ライアスと同じテーブルに通されたのだ。
(同じテーブル)
(ライアス様と)
(同じテーブルで朝食)
ノエルは椅子に座りながら、執事長の態度を思い返した。
(もしかして、この人、私のことをライアス様の婚約者だと思っているのでは)
そっと執事長を見た。
執事長が、にこやかな笑顔でこちらを見ていた。
その笑顔が、どこか、祝福めいていた。
(思っている)
(完全に思っている)
(違います、と言いたい)
(言いたいが、このタイミングで言うのか)
(どういう顔で言うのか)
(言えない)
ノエルは前を向いた。
ライアスが向かいに座っていた。
いつも通りの無表情で、給仕が運んできたパンを手に取っていた。
訂正する気配が、全くなかった。
(閣下、訂正してください)
(心の中で叫んだが、届かなかった)
ノエルは紅茶を一口飲んだ。
熱かった。
それでも飲んだ。
気を紛らわせるために飲んだ。
◇
朝食が終わった頃、ライアスが言った。
「ベルナード伯爵が王都のホテルに着いていると連絡が入った。授与式の前に会いに行ってはどうか」
「あ、はい」ノエルは答えた。「でも、仕事が」
「仕事をしてくれるのはありがたいが」
ライアスが、静かに言った。
いつも通りの無表情だった。
しかし声のトーンが、少しだけ柔らかかった。
「昨日の馬車の件もそうだが、少し頑張りすぎだ。せっかくの王都だ。少しは羽根を伸ばした方がいい」
ノエルは少し、止まった。
(昨日の馬車酔いのことを、まだ覚えていた)
(覚えていて、それと合わせて言ってくれた)
(この人は、本当によく見ている)
「……ありがとうございます」
ノエルは答えた。
「では、お言葉に甘えて、父に会いに行ってまいります」
ライアスが頷いた。
それだけだった。
しかしそのわずかな頷きが、なぜか、胸に残った。
◇
クラウスと二人で、タウンハウスを出た。
王都の大通りに出た瞬間、ノエルは足を止めた。
(すごい)
人が、多かった。
公都とは規模が違った。
石畳の道が整然と続き、両脇には商店が立ち並んでいた。
馬車が行き交い、行商人が声を上げ、貴族らしき人物が従者を連れて歩いていた。
空が、広かった。
「ノエルさん、そんなとこ立ってると邪魔ですよ」
クラウスが苦笑しながら言った。
「すみません」
歩き出しながら、ノエルは辺りを見回し続けた。
(ゲームで見た王都の街並みだ)
(ゲームのスチルよりも、ずっと賑やかで、ずっと色鮮やかだ)
「クラウスさんは王都に来たことがあるんですか」
「何度かありますよ。道はだいたいわかります」
「そうですか」
ノエルは少し、考えながら言った。
「王都の西側にある雑居街も詳しいですか」
クラウスが少し、ノエルを見た。
「一応、何度か行ったことはありますが」
「そうですか」
ノエルは前を向いた。
「……何かあるんですか、雑居街に」
「いいえ」ノエルは笑顔で答えた。「少し気になっただけです」
クラウスが、微妙な顔をした。
(気になっただけです、は嘘ではない)
(詳しくは、また今度)
ノエルは大通りの賑わいを見ながら、歩き続けた。
◇
父が滞在しているホテルに着いたとき、ノエルは少し首を傾げた。
立派だった。
非常に、立派だった。
正面の柱に彫刻が施されており、入口には制服を着たドアマンが立っていた。
(ここ、知っている)
(王都でも指折りの老舗一流ホテルだ)
(ゲームでも名前だけ出てきたホテルだ)
(しかしなぜ、お父様が)
(ベルナード家は貧乏伯爵家で、王都に来る際はリーズナブルなホテルに泊まっているはずで)
「本当にここですか」
思わず言ってしまった。
「住所はここですよ」クラウスが答えた。「入りましょう」
クラウスが先にドアを開けた。
ロビーに入った。
広かった。
天井が高く、シャンデリアが輝いていた。
(クラウスさん、場違い感が滲み出ている)
横を見た。
クラウスが微妙な顔で、背筋を正していた。
(元傭兵が一流ホテルのロビーで立っている)
(なんとも言えない絵だ)
フロントでノエルは父の名前を告げた。
程なくして、父が降りてきた。
「ノエル」
「お父様」
父は、ノエルの顔を見て、少し目を細めた。
「元気そうで良かった」
「はい。お父様もお変わりなく」
「お前のそばに控えているのは」
「護衛を務めてくれているクラウスです。公爵家の使用人です」
父がクラウスを見た。
クラウスが一礼した。
「大切にしてもらっているのだな」
父が穏やかに言った。
「よかった」
その声に、安堵が滲んでいた。
責めるでも、悔やむでもなく。
ただ、安堵していた。
(お父様)
ノエルは少し、前を向いた。
「一度、部屋に来てくれないか。話したいことがある」
「はい」
「では私はフロントでお待ちしております」クラウスが言った。
ノエルと父は、エレベーターへ向かった。
◇
部屋は、立派だった。
思ったより、はるかに立派だった。
広いリビングに、大きな窓。
窓の外には王都の景色が広がっていた。
(お父様がこういう部屋に泊まっているのを見たことがない)
「驚いたか」
父が少し、笑った。
「はい、少し」
「公爵様が手配してくださったのだ」
父が続けた。
「授与式に出席する関係で、ベルナード家にも連絡が来てな。せっかくだからとご配慮いただいた」
(ライアス様が)
(お父様の部屋まで手配していた)
「それと」
父が、クローゼットの扉に手をかけた。
「これも、公爵様がご用意してくださった」
扉が開いた。
ノエルは、その中を見た。
ドレスが、あった。
青と銀のドレスだった。
派手すぎず、しかし華やかさを纏っていた。
光の加減で、銀糸が静かに輝いていた。
(綺麗だ)
思わず、そう思った。
(こんなドレス、着たことがない)
(青と銀の組み合わせが、こんなに美しいとは)
(ライアス様は、こういうセンスがあったのか)
ノエルは固まった。
(ライアス様が、私のために、ドレスを)
(選んで)
(用意してくださった)
それだけで、頭が追いつかなかった。
父が、ドレスを見ながら、少しだけ意味ありげな顔をした。
何も言わなかった。
ただ、静かに笑っていた。




