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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

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初めて書く日誌(ノエル視点)

【ノエル視点】


 自室に戻ったのは、夜も深くなった頃だった。


 机に向かった。

 観察日誌を開いた。

 羽ペンを手に取った。


 しかし、しばらく、書けなかった。

 頭の中が、整理しきれていなかった。


 ノエルは深呼吸をした。

 それから、書き始めた。


「戦争が終わった。色々と整理する」


 一行空けた。


「まず、戦争について」


 書きながら、考えた。


 王国の勝利。

 それはゲームと同じだった。


 しかし。


「戦争の内容が、ゲームと全く違った」


 ライアスから聞いた話を、頭の中で再生した。


 敵兵が異常な状態だった。

 斬っても、腕を切っても、足を切っても止まらない。

 痛みも、恐怖も、理性もない状態で、ただ目の前の敵に向かって進み続ける。


(これは)


「間違いなく、ルクスヴェイル教団が関わっている」


 ゲームの中盤以降に登場する、バーサーカー集団のイベントがあった。

 ルクスヴェイル教団の魔人が、人の理性を奪い、痛覚を消し去り、敵と認定した対象を脳が破壊されるまで攻撃し続けるよう操る、あの恐ろしい術と完全に一致していた。


「ゲームでも同様のイベントはあった。しかしゲームでは、ルクスヴェイル教団が表舞台に出てきた後の、もっと後の時期の出来事だった」


 書いて、少し止まった。


「今回は、ゲームのもっと後の段階で起きるはずの術が、この時期に、この戦争で既に使われていた」


(教団は、ゲームの時系列より早く動いている)

(あるいは、ゲームのシナリオでは描かれていなかっただけで、裏では既にずっと動いていたのか)


 どちらにしても、結論は同じだった。


「隣国に、ルクスヴェイル教団の魔人が深く関わっている」


 書いてから、少し、手が止まった。


(これは、思ったより深刻だ)



「次に、ライアスの覚醒について」


 書いてから、頭を抱えたくなった。


「ゲームとかけ離れすぎている」


 ヒロインもいない状態での覚醒など、ゲームには存在しなかった。


 ゲームでの覚醒ライアスは、ラスボス手前のボス戦で登場する。

 前提条件として、ヒロインとライアスが既に恋仲になっていることが必要だった。

 その上で、ヒロインが自分を犠牲にしてライアスを守ろうとした瞬間に、覚醒が起きる。


 さらに言えば。


「ゲームでの覚醒ライアスは、RPGが苦手なプレイヤーへの救済措置だった」


 覚醒イベントを起こさなくても、ゲーム自体はクリアできた。

 つまり、覚醒ライアスはボーナスコンテンツのようなものだった。


 それが今回、ゲームが始まってもいないこの時期に、出てきた。


(序盤で超チートキャラが出てきてしまった)

(俺つえーが過ぎる)


 ノエルは額を押さえた。


 それはともかくとして。

 問題は、なぜ覚醒したかだった。


「ゲームでの覚醒条件は、ライアスとヒロインの恋愛値が最大であること」


 書いてみて、少し、固まった。


(恋愛値)

(恋愛値、か)


 ゲームのステータス画面を思い出した。

 恋愛値という項目があった。

 最大にするには、ヒロインがライアスと様々なイベントをこなす必要があった。


(現実で、ライアスの近くにいる異性と言えば)


 考えた。


(エリナ?)


 思い浮かべた。

 しかしすぐに首を振った。


(いや、エリナはライアスに対してあの態度だし、ライアスもエリナに特に反応していない。あり得ない)


(では、私?)


 一瞬だけ、浮かんだ。

 即座に打ち消した。


(私は事務員でゲームにも登場しないモブだ。イレギュラーで借金返済のために来た事務員だ。恋愛値など、関係ないしあり得ない)


(では、誰だ)


 考えた。

 考えて、考えて。

 ふと、気づいた。


(待って)


(恋愛値が最大、ということは)


(異性に限らないのか?)


 そこまで考えて、ノエルは一つの可能性に辿り着いた。


(大穴で)


(アルベルト!?)


(アルベルトなのか!?)


(ライアスとアルベルトは幼馴染みで、長年の親友で、お互いを深く信頼していて)


(もしかして、そのアルベルトが危機に陥ったことで!?)


 その考えが浮かんだ瞬間。


(じゃ、じゃあ)


(ライアスにアルベルト人形を渡したら)


(超覚醒ライアスが!!!)


(いやいやいやいやいやいや!!!)


 ノエルは羽ペンを置いた。

 両手で顔を覆った。


(正気に戻れ私!!!)


(何を考えているんだ!!!)


(というかアルベルト人形って何だ!!!)


(私は何を作ろうとしていたんだ!!!)


 深呼吸を三回した。

 羽ペンを取り直した。


「……覚醒の原因は、今のところ不明」


 書いた。

 それだけ書いた。

 話を、次に進めた。



「人形が光った件について」


 少し気持ちを落ち着ける。


「断じて、呪いの魔道具ではない」


 書いた。


「断じて」


 気持ちは落ち着かなかった。


(ライアスめ、あのジト目で人形を見ていたのが未だに腹立つ)


 息を一つつき、気を取り直した。


「人形の素材について。普通の布、普通の糸、普通の綿。どこにも特殊な素材は使っていない。心を込めて手縫いしたが、それは普通の手縫いの人形だ」


(では、なぜ光ったのか)


 考えた。

 いくつかの可能性が浮かんだ。


「可能性その一。異世界転生者の自分には、実はチートスキルが付与されていて、自分の作るものに謎の機能が付与される」


 書いた。


「この場合、人形に何らかの機能があったことになる。しかしこの世界には鑑定スキルのようなものがないため、調べようがない」


 少し考えた。


「クラウスに人形を持たせて、崖とかに落としてみて、何か覚醒するか試してみるか?」


 書いてみて、すぐに続けた。


「……流石に酷いか。というかクラウスに人形を渡したら、なぜこんな人形を持っているのかと絶対に聞かれる。それはまずい」


 却下した。


「可能性その二。殿を務め、アルベルト達を守らなければという強い想いで、ライアス本来の魔力が解放された。人形は触媒に過ぎなかった」


 書いた。


「しかしこの場合、人形が光った理由にならない。普通の手縫い人形が触媒になるとは考えにくい」


(うーん)


「現時点では、覚醒のきっかけも、人形が光った理由も、不明」


 書いた。

 そこで、一度羽ペンを止めた。



 窓の外を見た。

 夜空に、丸い月が浮かんでいた。


 綺麗な月だった。


 その月を見ながら、ノエルは思い出した。

 新月の夜のことを。

 スラムに白い服の男たちが来た夜を。

 全員が自然発火して消えた、あの夜を。


(あの時点で、既に教団は動いていた)


 ゲームが始まる前から、ルクスヴェイル教団は動いていた。

 今回の戦争でも動いていた。

 ゲームのシナリオで言及されなかっただけで、裏ではずっと動いていたのかもしれなかった。


(しかし)


 ノエルは月を見たまま、考えた。


(今回のバーサーカー集団は、ゲームにもあったイベントだ)


(しかしゲームでは、ライアスが覚醒することも、エリナがいたことも、そんな危機的状況だったことも、描かれていなかった)


(もし今回のような状況で、ライアスの覚醒がなかったら)


 考えるだけで、背筋が冷えた。


(ライアスもエリナもアルベルトも、そしてこの王国も、無事では済まなかっただろう)


 ノエルは机に向かい直した。

 羽ペンを取った。


「ルクスヴェイル教団は、ゲームの話として楽観視しすぎていた」


 書いた。


「現実の、得体の知れない教団だ」


 書いた。


「そして、その頂点に立つ魔人たちは、人類にとっての災害とも言うべき存在だ」


 書いて。

 ノエルは少し、手が止まった。


 胸の奥に、冷たいものが広がった。

 恐怖だった。

 ゲームの知識があるから安心、という感覚が、音を立てて崩れていく気がした。

 身体が、わずかに震えた。


 しかし。


(それでも)


 ノエルはもう一度、羽ペンを握り直した。

 ライアスの顔が浮かんだ。

 今日の高台で見た、柔らかい笑顔が浮かんだ。


(守りたい)


 ライアスを。

 グラントを。

 クラウスを。

 カルロスとイルマとレントを。

 レイと子供たちを。

 バルトを。

 ミルダを。

 使用人たちを。

 この領地の全部を。


(奪わせない)


「ゲームでのルクスヴェイル教団のイベントを、思い出せる限り書き出す」


 書いた。


「また、ゲーム内のダンジョンで取得できる強力な武器や防具もリストにまとめる。ゲームのシナリオ通りに進む保証がない以上、取れる手は早めに取っておく」


 書いた。


 それから、別紙を取り出した。

 書き出し始めた。

 ゲームで覚えている限りのイベントを。

 ゲームで覚えている限りのアイテムを。

 時間が経つのも忘れて、書いた。



 書き終えたのは、夜が更けてからだった。


 ノエルは羽ペンを置いた。

 観察日誌を見た。

 いつもと、全然違う内容だった。


 尊い何々版が、一つも書けていなかった。

 ヲタク全開の文体も、一切なかった。

 ただ、真剣な考察と、箇条書きのリストだけが並んでいた。


(こんな日誌、初めて書いた)


 ノエルは少し、苦笑した。

 それから、観察日誌を閉じた。


 窓の外の月が、まだ夜空を照らしていた。

 綺麗な月だった。

 しかし今夜は、その綺麗さが、少し遠く感じた。

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