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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

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戦争が終わって(ノエル視点)

【ノエル視点】


 ライアスが、話し終えた。


 高台の夕暮れの中で、しばらく沈黙があった。


 ノエルは、その沈黙の中で、必死に平静を保っていた。

 内心は、全く平静ではなかった。


(待って)


(待って待って待って)


(覚醒イベントやんけ!!!)


(ゲームの、ほぼ終盤の、ラスボス手前で発生するボス戦の、覚醒イベントやんけ!!!)


(ゲームではヒロインが自分を犠牲にしてライアスを守ろうとした場面で起きるやつやんけ!!!)


(なんで起きてるの!!!)


(ゲームがまだ始まってもいない現時点で!!!)


(終盤の覚醒ライアスが!!!)


(もう出てきてるの!!!)


(ゲーム序盤で超チートキャラになってるってことじゃないの!!!)


(俺つえーが過ぎる!!!)


 ノエルは額に汗が滲むのを感じた。

 笑顔は保っていた。

 保っていたが、顔が引きつりかけていた。


 ライアスが、そんなノエルを見ていた。


「……君、顔色が悪いが」


「大丈夫です」


「本当に」


「大丈夫です」


 ライアスが少し、ノエルを見た。

 そして。


「あの」


「はい」


「君がくれた、この人形なんだが」


 ライアスが、外套の胸のポケットに手を入れた。

 小さな人形を、取り出した。


(胸ポケットに入れていたのか)


 ノエルは一瞬、止まった。


(ずっと、持っていてくれたのか)


(胸のポケットに、ずっと)


(今はそれを考えない。後で考える。絶対に後で考える)


 ライアスが、人形を見ながら続けた。


「これが、光り輝いて」


「はい」


「その後、物凄まじい魔力が溢れて」


「はい」


「魔力が暴走することもなく、完璧に使いこなせて」


「はい」


「気分も、その、高揚していたというか」


「はい」


 ライアスが、ノエルをじっと見た。

 ジト目だった。


「何か、危ない効果のある魔道具とか、じゃないよな」


(なんでやねーん!!!)


 ノエルは脳内で全力で叫んだ。


(私が心を込めて作った人形を!!!)


(呪いか何かの危ない魔道具扱いして!!!)


(ジト目で見てくるんですけど!!!)


(ジト目で!!! 私を!!! 見てくるんですけど!!!)


 ノエルは一つ、咳払いをした。


「魔道具など、私には作れません」


 憮然とした態度で、きっぱりと答えた。


 ライアスが、少し釈然としない顔をした。


「いや、でも、確かに光り輝いたんだが」


「はい」


「普通の人形が光るというのは」


「はい」


「おかしくないか」


「おかしいとは思います」


「では」


「ですが」


 ノエルはもう一度、咳払いをした。

 ブツブツ言い続けるライアスに向かって、声をかけた。


「一つ、申し上げてもいいですか」


「なんだ」


「私には、正直、何が起こったのかはわかりません」


 ライアスが黙った。


「ただ」

 ノエルは続けた。

「ライアス様が危機に陥った時、元々ライアス様がお持ちの強い魔力が、何かの拍子に解放されたのではないかと思います。その際に、人形が一つの触媒として機能したのかもしれない。ですから、戦場でライアス様が危機を打開できたのは、ライアス様が本来持つ力だったのではないでしょうか」


 ライアスが、少し黙った。

 それから、人形を手の中で転がした。


 小さな人形だった。

 普通の布で作られた、普通の手縫いの人形だった。

 どこにも、特殊な魔力は感じられなかった。


「……まぁ」

 ライアスが言った。

「そう、だよな」


 渋々、という声だった。

 しかし納得した声でもあった。


(よかった)


 ノエルは内心で深く息をついた。


(誤魔化せた)


(嘘はついていない。本当のことを言った。ただし全部は言っていない)


(それだけだ)


 ライアスが人形を、また胸のポケットに戻した。

 ノエルはそれを見た。


(また、しまった)


(胸のポケットに、また)


(今は考えない)


「あの」

 ノエルは言った。


「なんだ」


「本当に、ご無事で良かったです」


 ライアスが、ノエルを見た。


 ノエルは笑顔だった。

 作った笑顔ではなかった。

 本当に、そう思っていた。


 ライアスが、少し止まった。

 何かを言いかけて、止まって、また言いかけた。


 それから。


「ああ」


 静かに言った。

 そして、少し、口元が動いた。


「ただいま、ノエル」


 柔らかい声だった。

 笑顔だった。


 ライアスが笑った顔を、ノエルはこれまで何度か見てきた。

 しかし今日のそれは、これまで見てきたどの顔とも、少し違った。


 ライアスが言った後、自分でも少し驚いたような顔をした。

 しかしそれ以上は何も言わなかった。


 ノエルは、胸の中に何かが広がるのを感じた。

 推しの発言として脳内の火山が噴火するかと思った。


 しかし、少し、違った。

 噴火とは違う、何か温かいものが、静かに広がっていた。


 それが何かを、言葉にしようとした。

 できなかった。

 できなかったが。


 ノエルは笑顔で答えた。


「おかえりなさいませ、ライアス様」


 ライアスが頷いた。


 二人で、高台を下り始めた。

 石段を一段、また一段と下りた。


 夜の公都の灯りが、眼下に広がっていた。

 以前、初めて連れてきてもらった時の高台の夕焼けとは違う。

 夜の景色だった。

 しかし、同じ場所だった。


 同じ場所で、二人で並んで、違うものを見ていた。


 石段を下り終えた、その時だった。


「あの」

 ライアスが言った。


「はい」


「やっぱり、この人形に、何か特殊な念を込めたりとかは」


 ノエルは、止まった。

 振り返った。

 にっこりと、笑顔を浮かべた。


「し て ま せ ん よ」


 ゆっくりと、一言一言、念を押すように言った。


 ライアスが、少し黙った。


「……そうか」


 釈然としない声だった。

 しかし、それ以上は聞いてこなかった。


 二人で、屋敷に向かって歩いた。

 夜風が、静かに吹いた。

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