覚醒(ライアス視点)
【ライアス視点】
一体を凍らせた。
次の一体を凍らせた。
また次を凍らせた。
氷結魔法を広範囲に解放した。
前方の敵兵が、一群まとめて凍りついた。
動きが止まった。
その隙に、雷撃を叩き込んだ。
轟音が響いた。
凍りついた敵兵が、砕けた。
しかし後方から、敵兵はまだまだ迫ってくる。
ライアスはハルバードを振るった。
一体の頭部を砕いた。
横から来た一体を蹴り飛ばし、石突きで頭を抑えた。
しかし敵は次々と襲い掛かってくる。
氷結と雷撃を繰り返しながら、ハルバードを振り続けた。
敵の返り血が、外套を染めた。
顔にかかった。
拭う暇はなかった。
(効いている)
(しかし、終わらない)
どれだけ倒しても、また来た。
波が引かなかった。
海に向かって剣を振るっているようだった。
◇
どれほどの時が経ったか。
気づけば、周囲に夥しい数の敵兵の骸が積み重なっていた。
しかしその向こうから、まだ来ていた。
呻き声を上げながら、這いずりながら、それでも向かってきていた。
ライアスは氷結魔法を広範囲に解放した。
前方の敵兵が凍りついた。
しかしその時、ライアスは感じた。
(限界が、近い)
魔力が、底を突きかけていた。
腕が、重かった。
呼吸が、荒くなっていた。
ライアスは荒く息を吐いた。
「……ここまでか」
声が、かすれていた。
凍りついた敵兵の向こうに、まだ動く影があった。
氷が溶ければ、また来る。
その前に、雷撃を叩き込もうとした。
しかし。
(魔力が、足りない)
思うほどの力が、出なかった。
ライアスは膝をつきかけた。
そのとき。
脳裏に、光景が広がった。
◇
アルベルトが、倒れていた。
エリナが、倒れていた。
領民たちが、逃げ惑っていた。
未亡人たちが、障害を負った者たちが、逃げ場もなく追い詰められていた。
孤児院の子供たちが、泣いていた。
レイが、それでも仲間を庇おうとして、倒れていた。
グラントが、五十年仕えてきた屋敷の前で、膝をついていた。
そして。
パーティの夜の、ノエルの顔が浮かんだ。
泣きながら笑っていた、あの顔だった。
しかし。
その顔が、変わった。
泣き笑いが、消えた。
代わりに、恐怖が広がった。
悲しみが広がった。
ノエルが、泣いていた。
(それだけは)
ライアスの中で、何かが動いた。
(それだけは、許容できない)
ノエルが悲しむ顔を、見たくなかった。
ノエルが作ってくれた世界を、奪わせたくなかった。
領地の空気が変わったのも。
使用人たちが笑うようになったのも。
孤児院が出来たのも。
自分が帰る場所だと感じられるようになったのも。
全部、あの奇妙な事務員が気づかせてくれたものだった。
この敵兵たちに、奪わせはしない。
そう強く、自分に言い聞かせた瞬間だった。
胸元が、光った。
ライアスは目を見開いた。
外套の内側から、温かい光が滲み出ていた。
敵兵が、その光に一瞬だけ、動きを止めた。
ライアスも、動けなかった。
(何が)
次の瞬間、胸の奥から温かさが広がった。
指先まで、温かさが満ちた。
そして。
魔力が、溢れた。
底を突きかけていたはずの魔力が、堰を切ったように溢れ出した。
ライアスは自分の手を見た。
うっすらと、光を纏っていた。
身体の底から、力が湧き上がってきた。
恐ろしいほど、力が満ちている感覚だった。
これほどの魔力を、これまで感じたことがなかった。
凍りついた敵兵の氷が、溶け始めた。
また動き出した。
向かってきた。
ライアスは、もう恐怖を感じなかった。
ただ、静かな確信があった。
(やれる)
ライアスは大きく息を吸った。
全ての属性魔力を、一点に集めた。
風、氷、雷。
本来なら、複数の魔法使いが力を合わせて初めて発動できる複合魔法だった。
しかし今なら、撃てる。
その確信があった。
ライアスは魔法を解き放った。
戦場に、嵐が生まれた。
巨大な竜巻が、複数同時に発生した。
竜巻の中に、氷の刃が渦巻いていた。
竜巻の中に、雷が走っていた。
雷氷竜巻が、戦場を薙いだ。
目の前を埋め尽くしていた敵兵たちが、切り裂かれた。
燃え尽きながら、吹き飛ばされた。
轟音が、大地を揺るがした。
しかし。
それでも。
まだ、来た。
雷氷竜巻の届かない位置から、敵兵が向かってきた。
ライアスは雷を自身の全身に纏わせた。
ハルバードを握り直した。
踏み込んだ。
覚醒前とは、何もかもが違った。
身体が、軽かった。
視界が、広かった。
ハルバードを一振りした瞬間、その軌跡に雷が走った。
周辺の敵兵が、まとめて弾き飛ばされた。
また振った。
また弾き飛ばされた。
複合魔法を放ちながら、ハルバードを振りながら、ライアスは戦場を駆けた。
返り血が飛んだ。
砂埃が舞った。
轟音が鳴り続けた。
ライアスは止まらなかった。
【エリナ視点】
安全圏に着いた、と判断した瞬間だった。
エリナは馬の向きを変えた。
「フォルセア殿」
アルベルトの声がした。
エリナは振り返らなかった。
「お止めになっても、戻ります」
「……エリナ」
アルベルトが、エリナの名前を呼んだ。
敬称なしで、呼んだ。
エリナは少し、止まった。
振り返った。
アルベルトが、エリナを見ていた。
策士の目ではなかった。
何かを言いかけて、しかし言葉が出ない顔だった。
エリナはその目を、真っ直ぐ見た。
アルベルトが、口を閉じた。
何も言わなかった。
「必ず、閣下を連れて戻ります」
エリナは言った。
アルベルトが、目を閉じた。
「……頼む」
エリナは馬を走らせた。
精鋭兵たちが続いた。
◇
戻る間、エリナは前だけを見ていた。
涙が出そうだった。
出そうだったが、出さなかった。
今泣いたら、止められなくなる気がした。
だから気合いで抑え込んだ。
ライアスを置いてきた。
あの戦場に、一人で置いてきた。
頭ではわかっていた。
あの判断が正しかったことも。
ライアスが自分で選んだことも。
しかしそれとは別のところで、何かが締め付けられていた。
(閣下)
馬を走らせながら、ただその一言だけが、頭の中を回っていた。
(閣下が、いる場所へ)
戦場が、近づいてきた。
轟音が聞こえた。
雷の音だった。
雷の音が、絶え間なく聞こえていた。
精鋭兵の一人が、声を上げた。
「あれは……」
エリナは前を見た。
視界が開けた。
そして、見た。
◇
大地が、骸で埋まっていた。
夥しい数の骸が、あちこちに積み重なっていた。
その向こうで、竜巻が複数、渦を巻いていた。
氷と雷を纏った竜巻が、まだ動く敵兵を巻き込みながら、戦場を薙いでいた。
そしてその中心に、一人の人影があった。
返り血で赤く染まっていた。
しかし。
その身体が、うっすらと光っていた。
雷を纏ったハルバードを振るうたびに、周囲の敵兵が吹き飛んだ。
疲弊しているのが、遠目にもわかった。
それでも止まらなかった。
止まらずに、戦い続けていた。
精鋭兵の誰かが、息を呑んだ。
誰かが、声にならない声を上げた。
エリナは、馬の上でその光景を見ていた。
動けなかった。
一瞬、全てが止まったように感じた。
返り血に染まりながら輝くその姿が、目に焼き付いた。
エリナの心臓が、大きく跳ねた。




