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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第二章 隣国との戦争

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覚醒(ライアス視点)

【ライアス視点】


 一体を凍らせた。

 次の一体を凍らせた。

 また次を凍らせた。


 氷結魔法を広範囲に解放した。

 前方の敵兵が、一群まとめて凍りついた。

 動きが止まった。


 その隙に、雷撃を叩き込んだ。

 轟音が響いた。

 凍りついた敵兵が、砕けた。


 しかし後方から、敵兵はまだまだ迫ってくる。


 ライアスはハルバードを振るった。

 一体の頭部を砕いた。

 横から来た一体を蹴り飛ばし、石突きで頭を抑えた。


 しかし敵は次々と襲い掛かってくる。

 氷結と雷撃を繰り返しながら、ハルバードを振り続けた。


 敵の返り血が、外套を染めた。

 顔にかかった。

 拭う暇はなかった。


(効いている)

(しかし、終わらない)


 どれだけ倒しても、また来た。

 波が引かなかった。

 海に向かって剣を振るっているようだった。



 どれほどの時が経ったか。


 気づけば、周囲に夥しい数の敵兵の骸が積み重なっていた。

 しかしその向こうから、まだ来ていた。

 呻き声を上げながら、這いずりながら、それでも向かってきていた。


 ライアスは氷結魔法を広範囲に解放した。

 前方の敵兵が凍りついた。


 しかしその時、ライアスは感じた。


(限界が、近い)


 魔力が、底を突きかけていた。

 腕が、重かった。

 呼吸が、荒くなっていた。


 ライアスは荒く息を吐いた。


「……ここまでか」


 声が、かすれていた。


 凍りついた敵兵の向こうに、まだ動く影があった。

 氷が溶ければ、また来る。

 その前に、雷撃を叩き込もうとした。


 しかし。


(魔力が、足りない)


 思うほどの力が、出なかった。

 ライアスは膝をつきかけた。


 そのとき。

 脳裏に、光景が広がった。



 アルベルトが、倒れていた。

 エリナが、倒れていた。

 領民たちが、逃げ惑っていた。

 未亡人たちが、障害を負った者たちが、逃げ場もなく追い詰められていた。

 孤児院の子供たちが、泣いていた。

 レイが、それでも仲間を庇おうとして、倒れていた。

 グラントが、五十年仕えてきた屋敷の前で、膝をついていた。


 そして。


 パーティの夜の、ノエルの顔が浮かんだ。

 泣きながら笑っていた、あの顔だった。


 しかし。

 その顔が、変わった。

 泣き笑いが、消えた。

 代わりに、恐怖が広がった。

 悲しみが広がった。

 ノエルが、泣いていた。


(それだけは)


 ライアスの中で、何かが動いた。


(それだけは、許容できない)


 ノエルが悲しむ顔を、見たくなかった。

 ノエルが作ってくれた世界を、奪わせたくなかった。


 領地の空気が変わったのも。

 使用人たちが笑うようになったのも。

 孤児院が出来たのも。

 自分が帰る場所だと感じられるようになったのも。

 全部、あの奇妙な事務員が気づかせてくれたものだった。


 この敵兵たちに、奪わせはしない。


 そう強く、自分に言い聞かせた瞬間だった。


 胸元が、光った。


 ライアスは目を見開いた。

 外套の内側から、温かい光が滲み出ていた。

 敵兵が、その光に一瞬だけ、動きを止めた。

 ライアスも、動けなかった。


(何が)


 次の瞬間、胸の奥から温かさが広がった。

 指先まで、温かさが満ちた。


 そして。


 魔力が、溢れた。


 底を突きかけていたはずの魔力が、堰を切ったように溢れ出した。

 ライアスは自分の手を見た。

 うっすらと、光を纏っていた。


 身体の底から、力が湧き上がってきた。

 恐ろしいほど、力が満ちている感覚だった。

 これほどの魔力を、これまで感じたことがなかった。


 凍りついた敵兵の氷が、溶け始めた。

 また動き出した。

 向かってきた。


 ライアスは、もう恐怖を感じなかった。

 ただ、静かな確信があった。


(やれる)


 ライアスは大きく息を吸った。

 全ての属性魔力を、一点に集めた。

 風、氷、雷。


 本来なら、複数の魔法使いが力を合わせて初めて発動できる複合魔法だった。

 しかし今なら、撃てる。

 その確信があった。


 ライアスは魔法を解き放った。


 戦場に、嵐が生まれた。

 巨大な竜巻が、複数同時に発生した。

 竜巻の中に、氷の刃が渦巻いていた。

 竜巻の中に、雷が走っていた。


 雷氷竜巻が、戦場を薙いだ。


 目の前を埋め尽くしていた敵兵たちが、切り裂かれた。

 燃え尽きながら、吹き飛ばされた。

 轟音が、大地を揺るがした。


 しかし。

 それでも。

 まだ、来た。


 雷氷竜巻の届かない位置から、敵兵が向かってきた。


 ライアスは雷を自身の全身に纏わせた。

 ハルバードを握り直した。

 踏み込んだ。


 覚醒前とは、何もかもが違った。

 身体が、軽かった。

 視界が、広かった。


 ハルバードを一振りした瞬間、その軌跡に雷が走った。

 周辺の敵兵が、まとめて弾き飛ばされた。

 また振った。

 また弾き飛ばされた。


 複合魔法を放ちながら、ハルバードを振りながら、ライアスは戦場を駆けた。

 返り血が飛んだ。

 砂埃が舞った。

 轟音が鳴り続けた。


 ライアスは止まらなかった。


【エリナ視点】


 安全圏に着いた、と判断した瞬間だった。

 エリナは馬の向きを変えた。


「フォルセア殿」


 アルベルトの声がした。

 エリナは振り返らなかった。


「お止めになっても、戻ります」


「……エリナ」


 アルベルトが、エリナの名前を呼んだ。

 敬称なしで、呼んだ。


 エリナは少し、止まった。

 振り返った。


 アルベルトが、エリナを見ていた。

 策士の目ではなかった。

 何かを言いかけて、しかし言葉が出ない顔だった。


 エリナはその目を、真っ直ぐ見た。

 アルベルトが、口を閉じた。

 何も言わなかった。


「必ず、閣下を連れて戻ります」


 エリナは言った。


 アルベルトが、目を閉じた。


「……頼む」


 エリナは馬を走らせた。

 精鋭兵たちが続いた。



 戻る間、エリナは前だけを見ていた。

 涙が出そうだった。

 出そうだったが、出さなかった。

 今泣いたら、止められなくなる気がした。

 だから気合いで抑え込んだ。


 ライアスを置いてきた。

 あの戦場に、一人で置いてきた。


 頭ではわかっていた。

 あの判断が正しかったことも。

 ライアスが自分で選んだことも。


 しかしそれとは別のところで、何かが締め付けられていた。


(閣下)


 馬を走らせながら、ただその一言だけが、頭の中を回っていた。


(閣下が、いる場所へ)


 戦場が、近づいてきた。

 轟音が聞こえた。

 雷の音だった。

 雷の音が、絶え間なく聞こえていた。


 精鋭兵の一人が、声を上げた。


「あれは……」


 エリナは前を見た。

 視界が開けた。

 そして、見た。



 大地が、骸で埋まっていた。

 夥しい数の骸が、あちこちに積み重なっていた。


 その向こうで、竜巻が複数、渦を巻いていた。

 氷と雷を纏った竜巻が、まだ動く敵兵を巻き込みながら、戦場を薙いでいた。


 そしてその中心に、一人の人影があった。


 返り血で赤く染まっていた。

 しかし。

 その身体が、うっすらと光っていた。


 雷を纏ったハルバードを振るうたびに、周囲の敵兵が吹き飛んだ。


 疲弊しているのが、遠目にもわかった。

 それでも止まらなかった。

 止まらずに、戦い続けていた。


 精鋭兵の誰かが、息を呑んだ。

 誰かが、声にならない声を上げた。


 エリナは、馬の上でその光景を見ていた。

 動けなかった。

 一瞬、全てが止まったように感じた。


 返り血に染まりながら輝くその姿が、目に焼き付いた。


 エリナの心臓が、大きく跳ねた。

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