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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第一章 公爵領 改革編

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戦争の兆候(ライアス視点)

【ライアス視点】


 アルベルトが公爵家を訪れたのは、午後のことだった。


 事前に連絡はあったが、来るたびに思う。

 この男は、いつも少し早い。


 執務室で向かい合って座った。


 アルベルトはいつもの温かそうな笑みを浮かべていた。

 しかしその目は、笑っていなかった。


 幼馴染だからこそわかる。

 この目が笑っていないとき、この男は何かを測っている。


「久しぶりだな、ライアス」


「そうだな」


「領内の改革が随分と進んでいると聞いた」アルベルトは続けた。

「給与台帳の整理、未亡人の雇用、孤児院の設立。この短期間でよくここまで動いたな」


「必要なことをやっただけだ」


「謙遜するな」アルベルトは少し笑った。

「俺が把握している限り、王国内でこれだけ領内改革を同時に動かした領主は、ここ数年いない。しかも短期間で形にしている」


 ライアスは何も言わなかった。


「これを考えたのは、お前か」


「違う」


 アルベルトが少し、眉を動かした。


「では誰だ」


「公爵家の事務員だ」


「事務員」


「そうだ」


 アルベルトがライアスを見た。

 少し間があった。


「……その事務員というのは、どういう人間だ」


「優秀だ」


「それだけか」


「それだけだ」


 アルベルトが少し、口元を動かした。


(この男が何かを測っている)


 ライアスはそれを感じながら、表情を動かさなかった。


「未亡人の雇用と子供の預かり場所を作ること、傷を負った兵士の再雇用、孤児院の設立」アルベルトは続けた。

「これらは全部、現状の王国内ではまだほとんど手が付けられていない分野だ。それを一人の事務員が考えたのか」


「そうだ」


「その人間は、どこでそれを学んだ」


「知らない」ライアスは正直に言った。

「ただ、必要なことを見て、考えて、形にする。それができる人間だ」


 アルベルトが少し、黙った。


「その事務員、一度会ってみたいな」


 ライアスは少し、止まった。


(この男が興味を持った)


「今日は席を外させている」


「そうか」アルベルトは軽く言った。

「次の機会に」


(次の機会、か)


 ライアスは何も言わなかった。


 アルベルトが続けた。


「子持ちの女性が働ける環境を整えること、障害を負った兵士が社会に戻れる仕組みを作ること。これは俺も王都で考えてきた課題だが、なかなか動かせていない。お前の領地でそれが形になっているのは、素直に評価する」


「事務員の功績だ」


「しかし決断したのはお前だろう」


 ライアスは少し、グラントに言われた言葉を思い出した。


「……そうだな」


「随分と素直になったな」アルベルトは少し笑った。

「以前のお前なら、そこで何でもないと言っていた」


 ライアスは何も言わなかった。


 アルベルトがしばらく、ライアスを見た。


「その事務員だが」


「なんだ」


「お前が随分と大切にしているようだな」


 ライアスは、表情を動かさなかった。

 動かさないように、した。


「優秀な人間を手放したくないのは当然だ」


「そういう意味で言っていない」アルベルトは静かに言った。

「お前が誰かの話をするとき、あの顔をするのを俺は初めて見た」


「どんな顔だ」


「それを自分で気づいていないなら、俺が言っても意味がない」


 アルベルトは軽く笑って、話を変えた。


(この男は、いつもこうだ)


 刺して、引く。

 ライアスは内心で息をついた。


「それで」ライアスは言った。

「今日の本題は何だ。世間話をしに来たわけではないだろう」


 アルベルトの表情が、少し変わった。

 笑みが、引いた。


「わかっているな」アルベルトは静かに言った。

「東の国境付近で、動きがある」


 ライアスは少し、前を向いた。


「どの程度だ」


「今すぐではない。ただ、放置できる規模でもない」アルベルトは続けた。

「早ければ三ヶ月以内に、動きが本格化する可能性がある」


「つまり、戦争だ」


「可能性が高い、という段階だ。しかし準備は始める必要がある」


 ライアスは黙っていた。


「お前には出兵を頼むことになる。詳細はまた改めて伝える。今日はまず、知っておいてほしかった」


「わかった」


 アルベルトが立ち上がった。


「その事務員の話、また聞かせてくれ」


「必要があれば」


「必要は俺が作る」アルベルトは軽く笑った。

「では」


 扉が閉まった。



 一人になった執務室で、ライアスは少し、窓の外を見た。


 三ヶ月以内。

 戦争の準備。

 出兵。


 以前なら、そう聞いて何を思ったか。


(領地管理から離れられる、と思っていた)


 しかし今、頭の中に浮かんできたのは、そういうことではなかった。


 未亡人たちの顔が浮かんだ。

 孤児院の子供たちの顔が浮かんだ。

 カルロスとイルマが浮かんだ。

 レントが浮かんだ。

 レイが浮かんだ。


 そして。


 泣きながら笑っていたノエルの顔が浮かんだ。


(なぜ、今それが出てくる)


 ライアスは少し、眉を寄せた。

 答えは出なかった。


 しかし頭から、離れなかった。


 ライアスは立ち上がった。


 今日中に、話しておかなければならないことがある。


 廊下に出て、クラウスを探した。


「クラウス」


「はい」


「ベルナード嬢に、少し時間を作ってもらえるか伝えてくれ」


 クラウスが少し、ライアスを見た。


「今日ですか」


「今日だ」


「かしこまりました」


 クラウスが歩き出した。


 ライアスは少し、廊下の窓の外を見た。

 夕暮れが近かった。


 まだ、間に合う。



 しばらくして、クラウスがノエルを連れてきた。


「閣下、お時間をいただけるとのことで」


「ありがとう。クラウス、少し席を外してくれ」


 クラウスが一礼して、廊下の向こうに消えた。


 ノエルがライアスを見た。


「何かございましたか」


「話がある」ライアスは言った。

「ついてきてくれ」


 ノエルが少し、首を傾けた。


(何の話だろう、という顔をしている)


 ライアスはそのまま歩き出した。

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