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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第一章 公爵領の改革

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月のない夜に(ノエル視点)

【ノエル視点】


 新月の夜は、暗かった。


 月がない。

 星明かりだけが、路地をぼんやりと照らしていた。


 ノエルはスラムの奥の建物の影に、ライアスとクラウスと共に潜んでいた。

 子供たちは、さらに奥の部屋に集めてあった。


 日が傾き始めた頃に、三人でスラムに入った。

 まずレイに事情を話した。


 今夜、白い服の連中が来るかもしれない。来たら、捕まえる。子供たちは全員、奥の部屋にいてほしい。


 レイは少し黙ってから、わかったと言った。

 他の子たちに声をかけ、一人ひとりを奥の部屋に連れていった。


 小さい子が怖いと言ったとき、レイは「大丈夫だ、俺がいる」と言った。

 その一言で、小さい子は黙って奥に入った。


(レイが、仲間を守っている)


 ノエルはその背中を見ながら、今日の朝のことを思い出していた。



 今朝のことだ。


 ライアスが執務室で言った。


「見回りの騎士に指示は出した。しかし私も行く」


 グラントが即座に言った。


「閣下、それは」


「行く」


「お立場をお考えください。もし何かあれば」


「何かあれば対処する」


 クラウスが、グラントの横で困った顔をした。


「閣下、俺もいますし、騎士団の方々もいます。閣下が直接出向かれなくても」


「私が行く」


 ライアスが折れる気配は、全くなかった。


 ノエルはそれを聞きながら、少し考えた。


(閣下が行くのを止められる気がしない)


(それより重要なのは)


(新月の夜のスラムで、ライアス様が動く場面が生まれる可能性がある)


(ゲームにはなかったスチルが)


(この目の前で)


(展開される可能性がある)


(見逃すわけにはいかない!!!)


「私も行きます」


 三人が、ノエルを見た。


「ダメだ」


 ライアスが即座に言った。


「なぜですか」


「危険だからだ」


「閣下も行かれますよね」


「私は別だ」


「どう別なのですか」


「戦える」


「私は戦わなくていいです。後ろにいるだけです」


「後ろにいるだけで済む保証がない」


「閣下がいれば大丈夫です」


 ライアスが少し、止まった。


(今の一言、刺さりましたね閣下。私には分かります。閣下の眉が微妙に動いた。閣下の戦闘力への全幅の信頼を表明しました。嘘は一切ついていません)


(ついていませんが、まだ見ぬスチルを逃す選択肢がこの宇宙のどこにも存在しないということも、また真実です)


 グラントが前に出た。


「閣下」


 グラントが言った。


「わかっている。グラントも止めてくれ」


「いいえ」


 ライアスが少し、グラントを見た。


「ベルナード嬢を止めようとするより、閣下に行かないでいただく方が早いかと」


「……私は行く」


「ですから、閣下が行かなければベルナード嬢が行く理由もなくなります」


「私が行かなくても、あの娘は行くだろう」


 グラントがノエルを見た。

 ノエルはまっすぐ前を向いていた。


「……行きます」


「ほら」


 ライアスが言った。


「…………」


 グラントが珍しく言葉に詰まった。


「ベルナード嬢。そもそもこの案件は私が把握していれば、お二人が現地に赴く必要はないはずなのですが」


「グラントさんがいてくださることで、屋敷の指揮が取れます。それが今夜最も重要なことです」


「……それは、そうですが」


「グラントさんにここにいてもらわないと困ります。だから私が行きます」


(グラントさんが詰まった。本当のことしか言っていない。ただし本当のことの中に、閣下が夜のスラムで動く場面をこの目で見ない選択肢がこの宇宙のどこにも存在しないという真実が含まれているだけで)


(やましいことは何もない!!!)


 クラウスが困り果てた顔で三人を見ていた。


「あの……俺から言ってもいいですか。ノエルさん、本当に危ないんですよ」


「閣下がいれば大丈夫です」


「それはまあ、閣下はお強いですけど……」


「信頼しています、閣下を」


 クラウスがライアスを見た。


「閣下、なんとか……」


 ライアスが深く息をついた。


「……わかった」


「閣下!」


 グラントが言った。


「折れた理由を聞け」


 ライアスはグラントに言った。


「あの娘が行くのを止められる人間が、この屋敷にいるか」


 グラントが黙った。

 クラウスも黙った。

 二人とも、ノエルを見た。

 ノエルはまっすぐ前を向いていた。


「……いません」


 グラントが静かに言った。


「だろう」


(閣下が折れてくださった。閣下が現実的な判断をされた。その判断力も尊い。今は考えない。後で書く)


「ただし条件がある」


 ライアスがノエルに言った。


「絶対に前に出るな。何があっても私の後ろにいろ。これを破ることだけは絶対に許さん」


「かしこまりました。ありがとうございます、閣下」


「感謝するな。呆れているだけだ」


(呆れながらも連れていってくれる。それが尊い。本当に今は考えない。後で絶対書く)


 グラントが深く息をついた。


「……騎士の配置を、更に手厚くします」


「頼む」


 ライアスが言った。


 クラウスが「ノエルさんが来るなら、俺は絶対そばにいます」と言った。

 その声が、少し諦めたような、しかし覚悟を決めたような声だった。



 そして今、三人でスラムの奥に潜んでいる。


 時が経つにつれ、夜の冷気が体に染みてきた。

 しんとした暗闇の中で、ノエルは息を殺した。


 どのくらい経ったか。


 路地の入口に、影が見えた。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 増えていった。

 全部で十を超えた。


 先頭に立っているのは、白い長衣を着た男だった。


(白い服)


 ノエルは、その男を見た。

 暗い路地の中でも、白い衣が目立った。


 顔を見た。

 立ち方を見た。

 纏っている雰囲気を見た。


(……あれは)


 白い服だと聞いていたとき、複数の可能性が頭にあった。

 しかし今、実際に目の前で見て。


(ルクスヴェイル教団だ)


 ゲームに出てきた、あの組織の人間だった。


 白い長衣の形、腰に巻いた黒い帯、胸元の小さな紋章。

 ゲームの説明画面で何度も見たそれと、完全に一致していた。


(時間軸的にゲーム本編はまだ始まっていない。だから現実と結びつけていなかった。でも、あれは間違いない)


 その男の後ろに、柄の悪い男たちが続いた。

 ゴロつきのような体格の人間が、十名ほど。


 男たちは路地を進んだ。

 足音が近づいてくる。


 ノエルは、深く息を吸って止めた。


 白い男が路地の奥の建物の前で立ち止まった。

 レイが、建物の入口から姿を見せた。


「……今日は大人数だな」


 レイが静かに言った。


「何しに来た」


 白い男が、薄く笑った。

 見下した笑みだった。


「迎えに来たんだよ」


「どこに」


「良いところさ」


 男が後ろのゴロつきたちに向かって言った。


「連れていけ」


 ゴロつきたちが動き出した。


 その瞬間。


 大きな呼び笛の音が、夜の路地に鳴り響いた。


 四方から、騎士たちが現れた。

 武装した騎士が、男たちを一気に囲んだ。


 ノエルはライアスとクラウスと共に、奥から姿を現した。


 白い男が、三人を見た。

 その目が、一瞬だけ、驚きに揺れた。

 すぐに消えた。


 男の顔に、別の表情が浮かんだ。

 計算するような、冷たい目だった。


 クラウスが、ライアスとノエルの前に素早く出た。

 二人を背後に庇う形で立った。


「捕えろ」


 ライアスが静かに言った。


 騎士たちが動いた。

 ゴロつきたちが、一斉に抵抗し始めた。


 路地の中で、乱戦が起きた。


 その中で、二人のゴロつきが騎士の包囲を抜けて、こちらに向かってきた。

 子供たちのいる方向だった。


 クラウスが剣を抜いた。

 ノエルはその動きを目で追った。


 速かった。


 ゴロつきの一人が腕を振り上げた瞬間に、クラウスが踏み込んだ。

 剣の腹で腕を弾き、足を払った。

 倒れた体に、柄で一撃。


 もう一人が体当たりを仕掛けようとした瞬間に、クラウスはすでに横に回っていた。

 背中に剣の腹を当てて、勢いをそのまま地面に押し込んだ。


 二人とも、動かなくなった。

 血は出ていなかった。


(速い)


 ノエルは目を丸くした。


「……剣、使えたんですか」


「あとで説明します」


 クラウスは前を向いたまま言った。


「切ったんですか、あの人たちを」


「刃は間引いている」


 ライアスが静かに言った。


「殺してはいない」


 その声は、平静だった。

 しかし目は、まだ白い男を見ていた。


 白い男が、その視線に気づいたように、ライアスを見た。

 男の口元が、わずかに動いた。


 片手を上げた。


 指先に、光が集まり始めた。

 淡く、しかし急速に膨らんでいく光だった。

 魔法の予備動作だった。


(まずい)


 ノエルが声を上げるより早かった。


 ライアスが右腕を前に出した。


 大きく構えるような動作ではなかった。

 ほんの少し、腕が伸びただけだった。


 その指先に、青白い光が走った。

 細かった。

 しかし密度があった。


 雷が、一直線に白い男へ向かった。


 空気が、一瞬だけ焦げる匂いをした。


 白い男の体が、弾き飛んだ。

 壁に叩きつけられた。

 そのまま、ずるりと崩れ落ちた。


 動かなかった。

 息はある。

 しかし、意識はなかった。


 路地が、一瞬静まった。


 騎士たちが残りのゴロつきを押さえ込んでいく。


 ノエルは、今の光景を見たまま、少しの間動けなかった。


(閣下が雷を使った)


(実際に使った)


(今、目の前で)


(速くて、鋭くて、無駄がなくて)


(……尊い……!!!)


(今は思わない! 今は絶対に思わない!!!)


(思ってない!!!!!)


 ノエルは全力で脳内を封鎖した。

 後で必ず思う。今は思わない。


 全員を取り押さえた。

 騎士たちが、倒れた男たちを縛り始めた。

 白い男も、縄をかけられた。


 終わった、とノエルが息をついた、その瞬間。


「いやだ……! いやだいやだ! 死にたくない!!」


 白い男が突然、叫び始めた。

 縛られた状態で、転げ回るように暴れた。


「落ち着け」


 騎士が制しようとした。


 その瞬間。


 白い男の体から、炎が上がった。

 ゴロつきたちの体からも、次々と炎が噴き出した。


 誰も、触れていなかった。

 内側から燃えていた。


「見ないで!」


 ノエルは咄嗟に、子供たちの方に向かって叫んだ。


 クラウスが即座に動いた。

 レイを抱きかかえて、その目を覆った。

 小さい子たちも、他の騎士が背を向けさせた。


 炎は、あっという間に広がり。

 そして、消えた。


 後には、何も残らなかった。

 灰すら、なかった。


 路地に、沈黙が落ちた。

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