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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第一章 公爵領の改革

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新しい景色(ノエル視点)

【ノエル視点】


 面談が終わったのは、四日前のことだった。


 グラントと二人で、応募してきた未亡人を一人ずつ確認した。

 身元の照会、簡単な話し合い、できる仕事の確認。


 全部で十二名が応募してきた。


 グラントが渋い顔をしたのは二名だった。

 一名は身元の確認が取れなかった。

 もう一名は話の辻褄が合わない部分があった。


 ノエルも同意見だった。

 結果として、十名を採用することにした。


(グラントさんの判断は、やはり確かだ)


 今日はその十名に、実際の職場を見てもらう日だ。


 朝、ノエルは子供の預かり場所から先に確認した。


 公爵家の東棟の端にある、使われていなかった二部屋を整備した。

 一部屋は子供が昼間を過ごす部屋だ。

 床に敷物を敷いた。

 転んでも怪我しにくいように、角のある家具は外に出した。

 日当たりが良い部屋を選んだ。


 もう一部屋は、休憩と昼寝用だ。

 小さな寝台と、簡単な寝具を用意した。


「ベルナード嬢」


 グラントが入ってきた。


「グラントさん、おはようございます」


「ミルダは今日から来られます。準備できていますか」


 ミルダは、公爵家で長く働いてきた五十代の女性だ。

 七人の子供を育てた経験がある。

 体力仕事は難しくなってきたが、子供の扱いはベテランだ。


「はい。部屋の準備は昨日終わりました」


「クラリスとモアナも今日から入ります」


 クラリスとモアナは、二十代の若いメイドだ。

 それぞれ弟や妹が多く、子供の世話を幼い頃からしてきた。


「ミルダさんが全体を見て、クラリスとモアナが動く形で進めます」


「人数的に問題はありませんか」


「最初は少ない人数で始めます。今日来る子供は、三名の予定です。様子を見ながら、増やしていきます」


「万が一、手が足りなくなった場合は」


「すぐに声をかけてください。追加の対応は私が考えます」


 グラントが頷いた。


 午前中、十名の未亡人たちが公爵家に来た。

 全員、緊張した顔をしていた。


 ノエルは玄関で出迎えた。


「今日は、それぞれの仕事場を見ていただく日です。説明を聞いて、自分に合うかどうかを確認してください。今日の見学が終わってから、もう一度話し合います」


 一人が手を挙げた。


「子供は、今日は」


「今日は、一緒に連れてきていただいています。見学の間は、先ほどご案内した部屋でお預かりします」


 女性が少し、ほっとした顔をした。


(その顔を見ると、この部屋を作って良かったと思う)


 グラントが案内を始めた。


 最初に向かったのは、洗濯と縫製の部屋だ。

 今の公爵家では、使用人が個別に対応していた洗濯と衣類の修繕を、一か所にまとめることにした。


 作業台が四つ並んでいる。

 縫い物の道具が整理されている。

 窓が大きく、明るい。


「こちらでは、屋敷全体の衣類の洗濯と修繕を行っていただきます」


 ノエルは説明した。


「座ったままできる仕事が中心です。重いものを運ぶ作業は、別の担当者が行います」


 一人の女性が、作業台に近づいた。


「縫い物は、どの程度のものですか」


「破れた個所の補修が中心です。刺繍などの高度な技術は今は求めていません」


「それなら大丈夫です」


 女性は少し、肩の力を抜いた。


「夫がいたころ、家の縫い物は全部やっていましたので」


 別の女性が、洗濯の道具を見ていた。


「一日にどのくらいの量ですか」


「現在の屋敷の規模であれば、二名で一日かけて対応できる量です。慣れてくれば、もう少し早くなると思います」


「わかりました」


 次に案内したのは、厨房の隣の食材管理の部屋だ。


「こちらは、食材の在庫管理と記録を担当していただく場所です」


 ノエルは説明した。


「食材の数を数えて、記録する仕事です。読み書きが難しくても、数字だけ扱えれば問題ありません。記録の形式は、私が使いやすいものを用意します」


 一人の女性が、少し不安そうな顔をした。


「字が、あまり読めないのですが」


「大丈夫です。記録表は数字と記号だけで書けるよう設計します。必要なことは、私が教えます」


「……本当に大丈夫ですか」


「はい。字が読めなくても、数を数えることができれば、この仕事は十分できます」


 グラントが横で、かすかに目を細めた。


 次に案内したのは、備品管理の倉庫だ。


「こちらでは、屋敷で使う消耗品の在庫確認と補充の記録を担当していただきます」


 倉庫に入ったとき、一人の女性が少し止まった。


「これは……随分、整理されていますね」


「はい。棚ごとに何が入っているか、分かるようにしてあります。数を確認して、減ったら報告する、という流れです」


「それは……私でもできそうです」


 女性が少し、前向きな顔をした。


「夫が亡くなってから、家の物の管理は全部自分でやってきましたので」


「その経験は、ここで活かせます」


 女性が、小さく頷いた。


 一通り案内を終えて、全員を一か所に集めた。


「今日見ていただいた仕事の中で、自分に合いそうだと思うものはありましたか」


 全員が、それぞれ答えた。


 縫製を希望する者が三名。

 食材管理を希望する者が二名。

 備品管理を希望する者が二名。

 洗濯担当を希望する者が二名。

 一名は、今日見た中ではまだ決めかねている様子だった。


「決めかねている方は、もう少し時間をいただいて構いません。それぞれの希望に合わせて、来週から本格的に始めていただきます」


 一人が手を挙げた。


「子供のことですが、毎日預かっていただけるのですか」


「はい。仕事をしている間は、毎日お預かりします」


 女性がもう一つ、聞きたそうな顔をした。


「……今日、子供たちは今どうしているでしょうか」


「見に行きましょうか」


 ノエルはそう言って、全員を子供の預かり部屋へ案内した。


 扉をそっと開けた。


 部屋の中は、穏やかだった。


 日当たりの良い窓際で、五人の子供が敷物の上に座って、積み木のようなものを並べて遊んでいた。

 クラリスがそばにしゃがんで、一緒に積み上げていた。


 隣の昼寝部屋の扉が少し開いていて、中をのぞくとモアナが小さな子供の背中をゆっくりさすっていた。

 子供はうとうとしながら、もう眠りかけていた。


 ミルダが部屋全体を見回しながら、穏やかな顔で立っていた。


 扉の外から、母親たちが静かに中を見た。

 誰も声を出さなかった。


 しばらくして、ミルダがこちらに気づいた。

 静かに廊下へ出てきた。

 扉はそっと開けたままにして、中が見えるようにしながら。


「皆さん、お仕事お疲れさまでございました」


 ミルダが穏やかに言った。


「お子さんたちは、今は落ち着いていますよ」


「……最初は、どうでしたか」


 一人の女性が小声で聞いた。


「そうですねえ」


 ミルダは少し笑った。


「一番小さい子が、最初はよく泣きましたよ。お母さんと離れたくないって。当然ですよね、知らない場所に、知らない人ですから」


「泣かせてしまって、申し訳なかったです」


「いいえ、いいんですよ」


 ミルダはすぐに言った。


「泣くのは当たり前のことです。泣いたら抱っこして、背中をさすって、それだけのことです。今はほら、あんなにぐっすり寝ていますでしょう」


 昼寝部屋をのぞいていた一人の女性が、そっと息をついた。


「よく寝ています……」


「疲れたんでしょうね。泣いた後はよく寝るんですよ、この年の子は」


 ミルダは続けた。


「遊んでいる子たちも、最初は私たちの顔をじーっと見て、なかなか積み木に手を出しませんでしたよ。でも、クラリスが隣に座って黙って積み始めたら、そのうちちょこんとそばに来て」


 クラリスが、積み木の上にそっとまた一つ積んだ。

 子供が目を輝かせた。


 その光景を見ていた母親の一人が、小さく息を吸った。

 泣いていた。

 声は出ていなかった。

 ただ、目に涙が浮かんでいた。


「……すみません」


 女性が小声で言った。


「ちゃんと遊んでいてくれて、嬉しくて」


「泣かないでくださいよ、こちらまで嬉しくなってしまいます」


 ミルダが優しく言った。


「私ね、もう自分の子供たちはみんな大きくなってしまって。久しぶりにこんなに小さい子と一日過ごさせてもらって、私が一番楽しかったかもしれません」


 女性が少し、笑いながら涙を拭いた。


「ミルダさんに見ていただけて、良かったです」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 ミルダはまっすぐ言った。


「こんなに小さい子たちのそばにいられる仕事を、またいただけるとは思っていませんでしたから」


 別の女性も、目が赤くなっていた。

 その女性の隣に立っていた女性が、そっと腕に手を置いた。


(泣かないでいる人の方が少なかった)


 ノエルは何も言わなかった。

 何か言うより、この光景をそのままにしておく方がいいと思った。


 しばらくして、積み木を積んでいた子供の一人がこちらに気づいた。


「おかあさん」


 小さな声で言って、立ち上がった。

 母親が扉を開けて、子供を抱き上げた。


 子供が、満足そうな顔をした。


「たのしかった」


 それだけ言った。


 母親の肩が、少し震えた。

 ミルダが、その母子をそっと見ながら、穏やかに笑っていた。


 その後、全員でもう一度話し合いをした。


 先ほどより、全員の顔が少し変わっていた。

 緊張が、少し解けていた。

 まだ不安はあるだろう。

 でも来週から来る、という顔をしていた。


 決めかねていた一名が、最後に言った。


「食材管理を、やってみます」


「わかりました」


「子供を預けて働くのが、なんとなく後ろめたかったんです。でも……さっき見て、ここなら大丈夫かと思って」


「後ろめたくないですよ」


 ノエルは言った。


「働くことと、子供を大切にすることは、一緒にできます」


 女性が少し、頷いた。


 見送りが終わった後、グラントが隣に立った。


「……うまくいきましたね」


「グラントさんが面談を丁寧にやってくださったからです」


「いいえ」


 グラントは静かに言った。


「部屋を作ったのも、仕事の仕組みを考えたのも、ベルナード嬢です」


「グラントさんがいなければ、身元確認も選考もできませんでした」


「……二人でやった、ということにしておきましょう」


 グラントが珍しく、少し口元を緩めた。

 ノエルは少し笑った。


 ◇


 昼過ぎ、ノエルはクラウスと共にスラムに向かった。

 今日で、五回目だ。


 路地に入ると、子供たちがいた。


 最初の頃に比べると、距離の取り方が少し変わっていた。

 完全に逃げることはなくなった。

 しかし近づいてくるわけでもない。


 年長の子が、いつものように前に出た。


「また来た」


「来ました」


「今日も、来ただけか」


「今日は少し、変わったことがあります」


 ノエルは言った。


「昨日から、この辺りの夜の見回りが増えました」


 年長の子が、少し目を細めた。


「……気づいていた」


「そうですか」


「馬に乗った人間が、夜に二度通るようになった。白い服の連中が最近来ていない」


「しばらく続きます」


 ノエルは言った。


「私にできることの範囲で、続けます」


 子供は黙っていた。


 後ろから、少し年下の子が言った。


「なんで続けるんだ」


「約束したからです」


「誰に」


「自分に」


 子供たちが、少し静かになった。


 クラウスが、年長の子の横に自然な感じで近づいた。


「なあ、聞いていいか」


「何だ」


「白い服の連中って、どんな感じで来るんだ。昼か、夜か」


 年長の子が少し警戒した。


「なんで聞く」


「来るパターンを知っておきたい。見回りの時間を調整できるかもしれないから」


 子供が、クラウスを見た。

 少し考えてから、言った。


「……夜が多い。月が出ていない日に来ることが多い」


「そうか。ありがとう」


 クラウスはそれだけ言った。

 深追いしなかった。


 ノエルは年長の子を見た。


「また来ます」


「……止めはしない」


 今日もそれだけだった。

 しかし以前と少し違うことがあった。


 「止めはしない」という言葉の前に、子供が一瞬だけ迷った気がした。


(何か言おうとして、止めたのかもしれない)


 焦らなくていい。

 ノエルはそう思いながら、路地を出た。


 路地から通りに戻ってから、クラウスが言った。


「月が出ていない日に来ることが多い、か」


「はい。グラントさんに伝えて、その時期の見回りを増やせるか確認します」


「あの子、教えてくれましたね」


「はい」


「少しずつ、変わってきていると思います」


 クラウスは続けた。


「最初は俺たちのことを見もしなかったのに、今日はちゃんと答えてくれた」


「変わってきているのは、クラウスのおかげでもあります」


「俺は喋っただけですよ」


「それが大事なんです」


 クラウスが少し黙った。


「……ノエルさん、孤児院の案、いつ閣下に出すんですか」


「あと二、三日で整います。子供たちとの信頼の積み上げ方まで含めて、持っていきます」


「閣下、どんな反応しますかね」


「数字は揃っています。ただ、信頼の構築については、数字で出しにくい部分があります」


「数字で出しにくい部分を、閣下は理解できますか」


「……できるようになっていると思います。視察のあとの閣下は、少し変わりました」


「そうですね」


 クラウスは少し笑った。


「あの日の閣下は、ちょっと別人みたいでした」


「次も一緒に来てもらえますか」


「もちろんです」


 クラウスは言った。


「来ると言った以上、来ます」


 ノエルは少し、横を見た。


「本当に頼りにしています」


「それはよかったです」


 クラウスは照れたように前を向いた。


「役に立てているなら」


 ◇


 屋敷に戻ってから、ノエルは机に向かった。

 今日のことをメモに加えた。


「夜の見回りの変化に、子供たちが気づいていた。白い服の連中が来なくなったことも把握している。月の出ていない夜に来ることが多いという情報を得た。グラントさんへの共有が必要。」


 次の行に書いた。


「距離感が少し変化した。年長の子が、クラウスの質問に答えた。以前は質問自体を拒否していたことを考えると、前進と判断できる。」


 孤児院案の紙を引っ張り出した。

 信頼構築の項目に、一行書き足した。


「第二段階進行中。見回りによる安全の変化が信頼の起点になっている。引き続き繰り返し通うことを優先する。」


 紙をまとめた。


 今夜の観察日誌は、短く書いた。


「本日、未亡人の皆さんの職場見学と、スラムへの訪問を行った。職場見学後、子供の預かり部屋に案内したとき、泣いていた母親が何人かいた。子供が『たのしかった』と言っていた。その一言が、今日一番大事なことだったと思う。」


 一行空けて、書き足した。


「スラムの訪問も、少しずつ変化している。焦らず続ける。孤児院案の提出まで、あと少し。」


 さらに一行空けて、最後に書いた。


「本日も閣下との接触は短かった。ただ廊下ですれ違った際、閣下が書類を持ちながら歩いていた。その横顔が尊かった。書類を持って歩いているだけで尊いのは何故なのか。これは今夜分析する。孤児院案の提出まで、あと少し。閣下の反応が楽しみでもあり、怖くもある。」

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