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【連載版】推しの氷結公爵に事務能力で雇われたので、今日も平静を装って尊死しています  作者: 江合 花果
第一章 公爵領の改革

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約束の積み重ね(ノエル視点)

【ノエル視点】


 孤児院案の設計を始めてから、三日が経った。


 机の上に、紙が積まれている。


 建物の候補地。

 概算の費用。

 管理体制の草案。


 数字は出てきた。

 仕組みの骨格も見えてきた。


 しかしノエルは、一番大事なことがまだ足りないとわかっていた。


(子供たちのことが、わかっていない)


 何人いるのか、正確には知らない。

 どんな子がいるのか、年長の子しか顔を見ていない。

 何を怖がっていて、何をされてきたのか、表面しか見えていない。


 孤児院を作るのは、制度の話だ。

 しかし子供たちと信頼を作るのは、全く別の話だ。


(制度と信頼は、別物だ)


 良くできた制度でも、入ってくる人間が信頼できなければ、子供たちには意味がない。


 ノエルは紙を横に置いた。


「クラウス」


「はい!」


 扉の向こうから、すぐに返事が来た。


「今日の午後、空いていますか」


「空けます」


「スラムに行きます」


 少し間があった。


「……また行くんですね」


「はい。何度も行きます」


「わかりました」


 クラウスが言った。


「俺も行きます」


「ありがとうございます」


「ノエルさんが行くと言ったら、止めても行くのは知ってるんで」


「賢いですね、クラウス」


「褒められてる気がしないんですけど」


 ノエルは少し笑った。


 午後、二人でスラムに向かった。


 今日は見回りの騎士が一名、少し離れた距離からついてきている。

 ライアスが手配してくれた見回り強化の一環だ。


 目立たないように、しかし確実にそこにいる形で動いている。


(ありがたい。でも子供たちが警戒するといけないので、今日は距離を取ってもらっている)


 路地に入った。


 子供たちがいた。

 ノエルたちを見た瞬間、やはり距離を取った。


 しかし前回と少し違うことがあった。

 逃げなかった。

 警戒しながら、しかし、その場に留まっていた。


(前回来たとき、何も悪いことは起きなかった。それは覚えていてくれた、ということか)


 年長の子が前に出た。


「また来たのか」


「来ました」


「何しに来た」


「この間の続きを話したかったので」


「この間の続き」


 年長の子が繰り返した。


「何の続きだ」


「字の話です。読めると、できることが増えると言いましたよね」


「言った」


「今日もそれを言いに来たわけじゃないです」


 ノエルは続けた。


「ただ、来ると言ったので来ました」


 子供が、少しだけ、何かを測るような目でノエルを見た。


「……それだけか」


「今日はそれだけです」


 子供は何も言わなかった。


 その沈黙を、ノエルはつぶさなかった。


 隣でクラウスが少し、体の向きを変えた。

 緊張を解くような、さりげない動きだった。


「あー……俺、前に似たようなとこにいたことあってさ」


 クラウスが言った。


 ぼそっとした口調だった。


 年長の子が、少しクラウスを見た。


「似たようなとこ、って」


「似たような路地。似たような感じの仲間が何人かいた。ガキの頃の話だけど」


「……そうか」


「お前ら、ここで何人いる」


 子供が少し警戒した。


「なんで聞く」


「別に、何かするわけじゃない。ただ気になっただけ」


 クラウスはあっさり言った。


「答えたくなければ答えなくていい」


 子供は少し間を置いた。


「……十一人だ」


「そうか」


 それだけだった。


 クラウスはそれ以上聞かなかった。

 子供も、それ以上話さなかった。


 しかしその間は、最初よりは少し、柔らかかった。


(クラウスがいてくれて、よかった)


 ノエルは静かにそう思った。


 少しの間、その場に立っていた。


 子供たちはまだ距離を取っていたが、逃げようとはしなかった。


 一番小さい子が、年長の子の後ろから少しだけ顔を出して、ノエルを見た。


 ノエルは目が合っても、何もしなかった。

 じっと見ている子を、じっと見返した。


 子供が少し、引っ込んだ。


(怖がらせたか、と思ったが、少し顔を出したままだった)


 まだここにいていい、と判断してくれているのかもしれなかった。


「また来てもいいですか」


 ノエルは年長の子に言った。


「……来るのを止める力はない」


「止めたければ言ってください。来ません」


 子供が、少し黙った。


「……別に、来るなとは言っていない」


「わかりました」


 それだけで、今日はその場を離れた。


 路地を出て、通りに戻ってから、クラウスが言った。


「十一人、か」


「はい」


「思ったより、少ないですね」


「でも、全員ではないかもしれません。どこかに散っている子もいるかもしれない」


「そうですね」


 クラウスは少し考えた。


「さっきの年長の子、俺たちのこと、ちゃんと見てましたよ。何者か、測ってる感じで」


「わかっていると思います。その子が認めてくれないと、他の子は動かないです」


「あの子、いくつぐらいですかね」


「十三か、十四か。でも、目が大人みたいでした」


「……そうですね」


 クラウスは少し、遠くを見た。


「ガキの頃から、ああいう目をしてる子、いましたよ。早く大人みたいな目になっちゃう」


 ノエルは何も言わなかった。

 クラウスも、それ以上言わなかった。


 二人でしばらく、並んで歩いた。


「また明後日来ますか」


 クラウスが聞いた。


「来ます」


「じゃあ俺も行きます」


「ありがとうございます」


「来ると言った以上、行くのは当たり前ですよ」


 クラウスは少し笑った。


「ノエルさんがいつもそう言ってるじゃないですか」


 ノエルは少し、横を見た。


「クラウス、本当に助かっています」


「今日は俺が喋っただけですけどね」


 クラウスは照れたように言った。


「あの子たち、俺が昔いた場所の子たちと少し重なって。なんか、他人事じゃなくて」


「それが伝わっていると思います。今日、少し距離が縮まりました」


「そうですかね」


「あの子が十一人と答えてくれたのは、クラウスが聞いたからだと思います」


 クラウスが少し黙った。


「……俺でよければ、何回でも来ます」


「よろしくお願いします」


 屋敷に戻ってから、ノエルは机に向かった。


 今日のことをメモした。


 人数:確認分十一名。全員かは不明。

 年長の子:十三〜十四歳と思われる。代表格。警戒強いが話せる。

 小さい子:五歳前後が数名。年長の子の後ろに隠れている。

 今日の変化:逃げなかった。「来るなとは言っていない」の言葉あり。


 メモを書き終えてから、少し考えた。


(今日の一番大事なことは、行ったことだ)


 何かをしたわけではない。

 信頼を勝ち取ったわけでもない。

 ただ、来ると言って、来た。

 それだけだ。


(でも、それだけでいい。今日は)


 孤児院案の紙を引っ張り出した。

 一行、書き足した。


「信頼の構築:現在進行中。第一段階。繰り返し通うことが先決。」


 それだけ書いて、紙をまとめた。


 今夜の観察日誌には、短く書いた。


「本日、クラウスとスラムを訪問。十一名の孤児を確認。年長の子が代表格。今日は来ると言って来ただけだが、それが今日やるべきことだったと思う。クラウスが自分の過去の話をしてくれたことで、少しだけ場の空気が変わった。クラウスは本当に頼りになる。」


 一行空けて、書き足した。


「なお本日は閣下との接触がなかった。これは非常に残念だが、来週の孤児院案の提出時に補填できると考えている。今日の閣下の横顔は執務室ですれ違った一瞬だけだったが、それはそれで保存済みである。」

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