594話 堅物
「もちろん分かっているさ。だが、彼女は非常に優秀だ。引き抜くメリットは大きい」
エルカから王都までの道中で、何度か戦闘を見せてもらった。
素の実力としては、『悠久の風』の面々と比べても高い水準にある。
「でしょうな。しかし、だからこそ仕える相手には拘るでしょう。エウロス男爵は女性を口説くのがお得意のようですが、今回ばかりは相手が悪い。ナディア殿は堅物騎士としても有名なのです。これまで、浮いた話は一つも聞いたことがありません」
ギルマスの言葉に、思わず苦笑してしまう。
たしかに彼女は真面目だし、融通が利かない部分もあるが……それが良い方向に働いている面も多いのだ。
堅物なんて評価は、彼女に失礼だと思う。
「ギルマスは勘違いをしているな」
「と言いますと?」
「彼女は堅物なんかじゃない。むしろとても柔らかい子だよ」
「ほぅ……?」
ギルマスの目が光る。
彼は有能な冒険者を欲しているのだ。
そんな彼が、こんな目をするということは……そういうことなのだろう。
「ぜひ詳しく聞かせてもらいたいものですな……!」
「いいだろう」
俺は頷いた。
「あれは、エルカから王都に向かう途中のことだった。山岳部の村に泊めてもらって――」
俺はナディアとの夜について、事細かに語った。
「……ということがあったんだ」
「そ、そんなことが……! エウロス男爵は手が早いとの噂でしたが、まさか道中でナディア殿に手籠めにしていたとは……!」
「誤解を招くような言い方をするんじゃない!」
まったく!
人聞きの悪いことを言わないでほしい。
俺とナディアは、ちゃんと段階を踏んでいるんだからな。
ただ、そのスピードが少しだけ速かっただけだ。
「彼女の胸は、実に柔らかかったよ。堅物なんて、とんでもない話だ」
「なんとぉ!? あの甲冑の下には、そんな素晴らしいものが……?」
ギルドマスターが驚いている。
まぁ、気持ちは分からないでもない。
騎士として甲冑を着込んだナディアには、性的な魅力を感じにくい。
しかし、実はその下には夢のような肉体が存在していたのだ。
ギャップ萌えというやつだな。
「ま、見ているがいい。彼女の心はすでに俺のものだ。ウルゴ陛下と上手く交渉して、きっと引き抜いてみせるさ」
「なるほど……。冒険者ギルドとしては、優秀な冒険者が増えることはありがたい。応援しております」
俺たちは固い握手を交わす。
その瞬間だった。
「むっ!?」
ギルマスがさらに力強く手を握ってきた。
まるで万力のようにギリギリと音を立てて締め上げてくる。
一体何のつもりだ?




