1433話 コウタ vs ”海賊姫”マリナ -1
先に動いたのは、向こうだった。
大きな曲刀が唸りを上げる。
見た目に反して軌道は軽い。
横薙ぎに見せかけ、途中で刃筋を変えてくる。
「っ!」
俺は一歩踏み込み、半身になってそれを外した。
頬のすぐ横を銀の刃が走り、髪を数本さらっていく。
返す手で拳を打ち込むが、マリナは外套を翻し、するりと距離を切った。
「へえ、今のを見切るか。やるじゃないか」
「お前こそ、海賊にしちゃ基本がしっかりしてる。上品な剣筋だ」
「海賊に上品も下品もあるもんかよ」
言いながら、マリナは笑う。
けれど、その目に油断はない。
俺をまっすぐ測っている。
さっきまで有象無象を率いていた時とは違う。
今のこいつは、俺だけを倒すことに集中していた。
砂を蹴る音。
次の瞬間、マリナの姿がぶれた。
――低い。
曲刀を引きずるように懐へ潜り込み、下から斬り上げてきた。
俺は剣で受ける。
甲高い音。
火花が散った。
「ほら、どうした伯爵様! さっきまでの余裕は!!」
「雑魚とお前を一緒にするほど、俺は馬鹿じゃない」
受け流した勢いのまま、俺は肩から体当たりを仕掛けた。
だが、マリナはそれすら読んでいたらしい。
肘で衝撃を殺しながら横へ滑る。
着地と同時に、今度は足払い。
ためらいがない。
攻防の切り替えがあまりにも早い。
俺は飛び退いてそれを避けるが、砂の上に浅く刻まれた軌跡が、相手の反応の鋭さを雄弁に物語っていた。
観客席が沸く。
さっきまでの乱戦とは違う熱だった。
一撃ごとに息を呑み、紙一重の攻防に悲鳴じみた歓声が混じる。
「想定以上の動きだ。海賊にしておくには、もったいない」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
短く言葉を交わしながら、俺たちは何度も打ち合った。
曲刀と剣がぶつかるたび、痺れるような衝撃が腕を走る。
硬い。
速い。
その上で、合わせる角度が巧い。
真正面からの膂力で押してくるのではなく、こちらの力をずらし、間合いの有利だけを拾っていく。
海賊が野良の喧嘩だけで身につけた剣――とてもそうは思えない。
その違和感は、口調にもあった。
荒っぽく崩してはいるが、言葉の端に消えない癖がある。
命令口調が板についているというか、人の上に立つのが当たり前だった人間の響きだ。
「その剣筋……軍式か、それに近いな」
俺が言うと、マリナの眉がぴくりと動いた。
ほんのわずか。
普通なら見落とす程度の変化。
けれど、剣を交えていれば十分すぎる揺らぎだった。
次の一撃が、わずかに鋭くなる。
「何の話だい?」
「惚けるな。海賊上がりの剣じゃない。誰かに叩き込まれた型がある。しかも、かなり小さい頃からだ」
斬り結びながら言葉を重ねる。
揺さぶりだ。
だが、それだけじゃない。
こいつの正体に触れかけているという感覚が、確かにあった。
「だったら何だ」
「それに、その言葉遣い。無理に崩してるが、素が消しきれてない。言葉の節々に、妙な格式を感じる」
俺は斬撃を受け流し、逆に鍔元を狙って打ち込む。
マリナは舌打ちし、飛び退いた。
だが、それは悪手だ。
思考に余裕ができたことで、頭の中の点と点が急速に繋がっていく。
「島国の軍人か、貴族か……いや」
旧来の部下に加え、この場限りのチンピラたちも束ねる統率力。
裏切りには即座に見せしめを考える冷酷さ。
自分一人になっても折れない胆力。
――生まれつき、上に立つ者の資質。
「小国の……王族ってところか? 海賊なんて通り名を持つぐらいだ。何らかの理由で滅びたか……」
一瞬。
本当に一瞬だけ、マリナの目が凍った。
怒りでも、殺気でもない。
もっと深い場所を、いきなり抉られた人間の目だった。
その隙を、俺は見逃さない。
一気に踏み込み、剣の腹で曲刀を弾く。
体勢が崩れたところへ肘を叩き込み、さらに膝を腹へめり込ませた。
「がっ……!」
マリナが数歩たたらを踏む。
それでも倒れない。
口元の血を拭い、ぎらりと睨み返してくる。
「……よく回る頭だね、伯爵様」
「図星か」
「だったら何だってんだ。国が滅びりゃ、姫も海賊も大差ないだろ」
吐き捨てる声は、怒りより諦めに近かった。
だが、その奥にはまだ燃え残っているものがある。
灰を被って見えにくくなっているだけで、芯の火は死んでいない。
奪われたものへの執着か。
喪った場所への未練か。
それとも、自分が自分であるためにどうしても手放せない最後の誇りか。
「聞いたことがある。かつてここらの海域に、小さな島国があったと」
「……」
「あいにく、俺は余所者でね。詳しい地理や政情は知らん。この国に呑まれたか、天災に飲み込まれたか。生き残ったお前は海へ落ちて、名を変えて、今は”海賊姫”マリナを名乗っている。違うか?」
「……違わないさ」
今度は隠さなかった。
マリナは曲刀を持ち直し、乾いた笑みを浮かべる。
その笑みは勝気だった頃の名残を引きずりながら、ひどく寂しいものにも見えた。
「オレの国は小さかった。綺麗な海と、痩せた土地しかないような島だ。けど、あそこはオレたちの国だった。……それが、ある日まとめて奪われた」
観客席から飛ぶ野次も歓声も、遠い波音みたいにしか聞こえなかった。
視界には、目の前のマリナしか映っていない。
俺はマリナの話に耳を傾ける。




