1432話 乱戦式特別予選-4
「くっ……この程度の連中――」
本命の一人が舌打ちする。
吐き捨てるようなその声には、苛立ちが隠しきれていなかった。
ついさっきまで、数で押し潰せると信じていたのだろう。
寄せ集めでも駒は駒。
数が揃っているうちは、盤面を支配しているつもりでいられる。
だが、その駒が剥がれ落ちていけば、余裕なんてものはすぐに化けの皮を脱ぐ。
こいつもまさに今、その瞬間を味わっている最中だった。
「おっと、余所見厳禁だぜ?」
言葉を投げた時には、もう足は動いていた。
相手の意識が俺ではなく、崩れていく周囲へ向いた一瞬。
そのわずかな気の緩みは、乱戦では致命的だ。
俺は距離を詰める。
迷わず、まっすぐに。
さすがに本命級。
反応はした。
完全に棒立ちになるほど甘くはない。
だが遅い。
半歩遅れた迎撃なんて、踏み込んだ側からすれば置物と大差ない。
肘を抑え、体勢を崩し、反撃の軸を奪ったところへ叩き込む。
鈍い衝突音が響き、そいつの身体がぐらりと揺れた。
膝が折れる。
目から光が抜ける。
最後に軽く押しただけで、もう抵抗らしい抵抗もなかった。
「所詮はこの程度だよな」
崩れ始めたら、脆いものだ。
強敵というのは、単に腕が立つだけじゃない。
不利になっても持ち直せるかどうかだ。
その点で言えば、こいつは所詮、寄せ集めの上澄みにすぎなかった。
「調子に乗るなよ、エウロス!」
「もう勝った気でいるのか!?」
残党どもが俺の周囲へ押し寄せる。
俺はそれを片っ端から処理していく。
殴り、投げ、払い、崩す。
寝返った連中はその流れに便乗し、倒れた相手を場外へ蹴り出す。
「――さて。お前らの頑張りのおかげで、敵はあの曲刀女だけになった。まあ、こっちも俺以外には三人しか残っていないけどな」
「十分ですぜ、頭領!」
「この調子で行きやしょう!」
「頭領を本戦に! へへっ、報酬も忘れずに頼みますぜ」
三人が笑う。
棍棒使い、投げナイフ使い、片手剣の若い男。
乱戦の中で生き残っただけあって、他の連中よりは幾分ましだ。
そして、名前の表示も変わっていた。
最初はくすんだ白にすぎなかったものが、今ははっきり灰色になっている。
戦いの中で、俺への打算と信頼が濃くなったのだろう。
この男についていけば生き残れる。
この男に恩を売っておけば得をする。
そんな損得勘定の先に、ほんの少しだけ実感の伴った信が混ざる。
命のやり取りをくぐった後の感情というのは、案外そういう形で育つ。
――だから、こそ。
「おらぁあああっ!!」
「「「ぎゃああああっ!?」」」
俺は三人をまとめて蹴り飛ばした。
横合いから一気に薙ぎ払うような蹴り。
三人とも目を剥いたまま宙を舞い、そのまま外縁を越えて落ちていく。
場外。
失格。
観客席が一瞬、静まり返った。
誰もが目の前の光景を呑み込みきれず、息を飲んだのが分かった。
敵を倒すのではなく、味方側の生き残りを自分の手で蹴り落とす。
見世物としては上等だが、素直に理解できる行動ではないということだろう。
「ど、どうして……!」
「頭領!?」
「コウタ・エウロス! てめぇ、裏切りやがったな!!」
下から怒鳴り声が飛ぶ。
砂まみれの顔を上げて、信じられないものを見る目でこちらを睨んでいる。
俺は肩越しに軽く言った。
「安心しろ、クズども! 報酬は後でちゃんと渡してやる!!」
俺は言う。
三人がぽかんとする。
その隙に、曲刀女がくつくつと喉を鳴らした。
「おやおや。ひどいもんだね」
「ひどいのはどっちだ」
俺は女を真正面から見据える。
もう周囲に余計な視線はいらない。
見据える先は、あの女ただ一人でいい。
「お前、あいつらを殺すつもりだっただろ」
「どうだろうね?」
「惚けるな。さっきから視線がずっとそっちに向いてた。俺を削る前に、周りを潰すつもりだった。違うか?」
「……ふん」
「図星か」
俺が言うと、女の笑みがわずかに深くなった。
隠し通す気はないらしい。
あるいは、隠す必要もないと思っているのか。
「あいつらは、オレの配下じゃない。とはいえ、この場はオレ――”海賊姫”マリナ様が統率してたんだ。これは明確な裏切り。放置してたら、オレの面子が潰れるだろ?」
口にする内容は筋が通っている。
だが、その実態はただの見せしめだ。
自分に従った駒が、別の強者になびいた。
それを許せば軽く見られる。
だから潰す。
こいつにとってはそれだけの話なのだ。
「なるほど。……やっぱり、お前みたいな手合いは嫌いだよ」
もう、盤面は整理された。
余計な駒はいない。
闘技場の上に立っているのは、俺と曲刀女――マリナだけだ。
観客席の熱が、ここにきてさらに上がる。
乱戦の終盤としては、これ以上ない形だろう。
途中の混沌も裏切りも、全部まとめてこの一騎打ちのための前座。
そう見えるくらいには、舞台が整ってしまっている。
「伯爵様は、情に厚いんだね」
「買い被るな。ただ、俺の使った駒を勝手に壊されるのが気に入らなかっただけだ」
「くくっ! そういうことにしておこうか」
「お前、笑っていられるのは今のうちだぞ」
曲刀が低く構えられる。
構えは無駄がない。
力みもない。
俺も重心を落とす。
呼吸はまだ乱れていない。
視界も澄んでいる。
「来い」
「言われずとも」
俺とマリナの視線が交差する――。




