1431話 乱戦式特別予選-3
俺を中心に、即席の隊列がゆっくりと形を成していく。
ついさっきまで俺を囲み、どさくさに紛れて一撃でも入れようとしていた連中のうち、何人かが武器の向きを変えていた。
剣先が、棍棒が、投げナイフが、もう俺には向いていない。
向けられる先は、さっきまで同じ側にいたはずの有象無象どもだ。
盤面は、思った以上に綺麗にひっくり返った。
「な、何をしてる!? そいつはコウタ・エウロスだぞ!!」
裏返った怒鳴り声が響く。
焦りと苛立ち。
そして、状況をまだ理解したくないという浅ましい願望。
それらがひどく分かりやすく混じった声だった。
「だから何だってんだ」
「へへっ! あいにく、俺はあんたの部下じゃないんでね」
「より金払いの良い方につく。それが俺たちの流儀さ」
寝返った男たちが口々に言う。
下卑た笑み、打算丸出しの声色。
だが、それでいい。
元から義だの忠誠だので動く連中じゃない。
だからこそ切り崩しやすかった。
俺の『パーティメンバー設定』は、ざっくり言えば『一定以上に親しい者をシステム上のパーティに組み込むことで様々な恩恵を得る』というスキルだ。
この場にいる者で条件を満たすほど親しい者は、当然いない。
だから、このスキルは今は役立たず。
――というわけではない。
親しさの測り方として、『システム画面上の名前表示の濃淡』がある。
親しい者なら黒に近く、敵対的な相手や無関係な者は白。
この場に集まった連中は、俺を潰すために寄せられただけあって、ほとんどが真っ白だった。
だが、その中にわずかに混じっていた。
真っ白というには、ほんの少しだけくすんで見える名が。
金で動く。
情勢で動く。
強い方へ寄る。
仕事だから『コウタ・エウロス』を始末するため動いているが、場合によっては逆に『コウタ・エウロス』に取り入ることも考慮に入れている。
そういう連中なのだろう。
戦いの最中、俺はそいつらに優先して接触した。
適度に手加減して押し返し、味方の攻撃に巻き込まれそうなら安全圏へさり気なく蹴り飛ばし、耳元で報酬を囁いた。
結果がこれだ。
「ちっ……! 寄せ集めのゴミどもが!!」
外套姿の曲刀女が吐き捨てる。
あの女の周囲にいた連中のうち、何人かは明らかに顔色を変えていた。
最初から統率なんて大したものじゃなかったのだろう。
急ごしらえの寄せ集めを、恐怖と金で縛っていただけだ。
「ゴミの扱いが雑すぎたんじゃないか?」
「面白いことを言うね、伯爵様」
俺の言葉を受け、女は小さく笑った。
だが、その笑みの奥で、目だけは笑っていなかった。
濁りのない殺意が、静かな水底みたいに沈んでいる。
あの女はまだ折れていない。
この程度の混乱で崩れる相手じゃない。
だからこそ、ここで畳みかける必要があった。
「まだまだ行くぜ」
俺は呟き、前へ出た。
寝返った連中も一斉に動く。
十人、いやそれ以上。
数は力だ。
敵陣に乱れが生じる。
誰を狙えばいいのか。
誰を信じればいいのか。
その一瞬の迷いが、乱戦では致命傷になる。
俺は真正面から敵陣へ突っ込んだ。
先頭の槍使いが慌てて穂先を向ける。
遅い。
半歩で間合いを潰し、柄を掴んで引き寄せ、その顔面へ頭突きを叩き込む。
鼻骨の砕ける感触。
ぐらついた身体をそのまま横へ投げ捨てると、後ろから来た斧持ちにぶつかって二人まとめて転がった。
「ぐあっ!」
「邪魔だ」
右からの斬撃を肘で逸らし、剣を握る手首へ拳を落とす。
武器が砂の上を跳ねた。
そのまま踏み込んで鳩尾へ一撃。
男の身体がくの字に折れる。
左では、寝返った連中が俺の作った隙へ食らいついていた。
押し返し、囲み、場外へ追い立てる。
悪くない動きだ。
少なくとも、怖気づいて足を止めるよりははるかにいい。
「押せ押せぇ!」
「そっちへ逃がすな!」
威勢のいい声が飛ぶ。
観客席も沸いている。
さっきまで俺一人を包囲していた構図が、今は逆だ。
見世物としては十分すぎる。
だが俺は浮かれない。
数で有利になったとはいえ、連中の実力は高くない。
手駒として使うには十分でも、背中を任せるには脆い。
だからこそ、削っていく主役は最後まで俺だ。
前へ。
さらに前へ。
短剣使いが低く飛び込んでくる。
膝狙い。
俺は足首だけで軌道を外し、そのまま踵を落とした。
肩口へ直撃。
男が悲鳴を上げて沈む。
その上を跳び越えるようにして、今度は大盾持ちへ突っ込む。
「ここまでだっ!」
「その程度で止まるかよ」
盾の縁を掴み、力任せに捻る。
踏ん張り切れなかった大盾持ちの身体が泳いだ。
そこへ膝。
さらに肩。
最後は場外へ押し出す。
落ちる悲鳴も見ず、俺はすぐ次へ視線を走らせた。
残っている敵の数は、もうかなり少ない。
つい先ほどまで密集していた人影が、今は穴の空いた布みたいに疎らになっている。
有象無象だけでなく、”本命級”の奴らも失格に追い込んできた。
この調子だ。
ただ、良いことばかりでもない。
俺に寝返った連中も、乱戦の中でずいぶん削れていっている。
最初は十人以上いたはずなのに、今も立っているのはもう数えるほどしかいない。
戦いは終わりへと近づいていく――。




