ユニコーン
「トリプルユニコーンと言ってもこの程度か……案外、あっけないものだな」
アビスホースはゆっくりと、沼から遠ざりはじめた。
――待ちな。言ったことくらいは守りなよ
「……?」
アビスホースの表情は、何だ……と言いたそうに変わった。
――楽に……するんじゃなかったのかい?
彼が振り返ると、小生は顔だけを沼から出した。
「ば、バカな……そこは、底なし沼だぞ!? どうして浮かび上がって来られる!?」
「問題です。小生の守護属性は何でしょう?」
「……まさか」
小生はずぶ濡れのまま浮かび上がると、沼の水面を足場に立った。
「こういう沼にはさ、ヒルが多くて本当に困るよね」
まあ、正確には沼にいた無数の悪霊たちをうっとうしいと思っていたんだけど、小生の体について生命力を吸おうとしているのだから、ヒルみたいなものだ。
角を光らせると、まとわりついていた悪霊たちは残らず蒸発した。
「お待たせ。続けようか」
「こ、今度こそ……楽にしてやる!」
アビスホースは、体の周りに無数の亡霊を出してけしかけてきた。おまけに、沼の底からも亡者たちが手を出して小生の脚を引きずり込もうとしてくる。
本当にいっぱいいるんだなと思いながら、小生は角を光らせた。
「こうなったら根競べだ……お前と私……どちらが……!?」
アビスホースは、ここに来てようやく気付いたようだ。
彼の脚や体には、蔓性の植物が伸びて拘束しはじめている。
「なぜ、この植物はどうして……私の瘴気で朽ちない!?」
「小生たち生き物の命に限りがあるように、君たち怨霊にも限りがある」
「……それは、つまり!?」
小生は笑った。
「君の喉を貫いたとき、怨霊を半数は浄化させてもらった」
「……!」
蔓性植物は、まるで蛇のようにアビスホースの体をからめとった。
小生は正面から少しずつ近づき、角を光らせる。
「正直に言えば、あそこまで高密度な瘴気とは思わなかった。君が沼に叩きこんでくれなければ……視力が大幅に下がったかもしれない」
「う、うおおおおおおおおお!」
まるでやけくそになったかのように、アビスホースは次々と怨霊をけしかけてきたが、角を光らせることなく浄化できた。もはや、怨霊の中でも恨みの強い者は打ち止めとなっている。
「無数の魂を弄んだ邪悪な心よ……眠れッ!」
再び角で喉元を貫くと、アビスホースは表情を変え、断末魔を響かせた。
――おおっ、この仔……生まれながらに角が生えてる!
――か、神の仔だ。この仔は神様に祝福されているんだ!
これは、彼の記憶だろうか……?
――ほほう。生まれながらのユニコーンですか。それほどのウマを民草が持っているのはけしからん
――はい、侯爵様。この土地のものは全て侯爵様のものでございます
――徴収するぞ!
――貴族たちは、何でも私たちから奪う
――そうだ、革命だ! 民だけの国を作るぞ!!
そうか、彼が生まれてしまったがために、貴族が彼を欲しがり、農民たちは抵抗して……そして……
――た、助けてくれー! ぎゃあ!!
――村人はこれで全員始末しました!
――村人だけでは駄目だ。家畜も残らず奪え……壊せ……焼き尽くすのだ!
――は、ははっ!
小生は目を瞑ると、アビスホースの肉体は砂粒のように崩れ落ちた。
「君もまた……解き放たれたかったのか……」
静かに十字を切ると、辺りに漂っていた瘴気は太陽の光に溶けるようになくなった。




