外縁にて
肩の上で鳥は膨れたまま戻らない。なかなか可愛らしい姿だが、いつまでも可愛がる余裕もない。鳥を肩に、腕に海産物を抱えながら少女は歩く。
遠くに黒々とした森の外縁を見つけて、声を弾ませる。
「良かった。あれは消えてない」
いわば目印だ。あの森を抜ければ、きっと最初の集落や砦にたどり着く。
ふと、赤い炎を思い出した。
「あの子、逆に元に戻ってたりするかな」
相手も明らかに敵意を持っていたし、少女もけして好ましくは思っていないが、彼もまたどこからか否応なく此処にやって来たイジンだ。少女と同じように帰る場所がある。
あの森で溶け落ちてそのままだなんて、悲しい。
「元には戻ってないね」
海産物が告げる。
「彼は変わりない。溶けて、壺に詰められて、そのままだ」
「……なんでそんなことわかるの」
黙る。何かてきとうなことを言ったとも思えない。ただそんな悲しいことを、しれっと言わないで欲しかった。
「とける、つぼ」
代わってインコが言葉の端々を復唱する。しっかりと記憶は残っているのか、それとも曖昧なのか。小さくなったのは身体だけで、中身はあのインコそのままであるような気がした。
「回収、回収」
「回収して何に使うんだろう。元々の住人も溶けるのかな」
「ここの在来種は最適化しているから、勝手に溶けたりはしないよ。外からの影響を受けさえしなければ」
不意に海産物が少女の腕を滑り、地面に滴る。
「僕らイジンを他のことに利用できないか、研究してるんじゃないかな。だから回収している」
「利用って……」
「ここ本来の生物である彼らが吸収することは難しいと思うけどね」
「共食い」という言葉が浮かび上がる。海産物の言う吸収なるものを少女なりに解釈するならそんな言葉になる。もっとも、イジンには人でないものも大勢いるのだけれど。
「君も逆に焼き鳥にされちゃうかもよ」
大勢の人を補填に使ったらしい鳥に告げる。膨れた羽が、真逆の細身にボリュームダウンした。その補填にしたという人々も、今は更に姿を変えてしまったのだろう。
会話が途切れ、少女は彼方を見つめる。黒々とした森が近付き、針葉樹の幹が見えて来た。
木陰が見えた途端、どっと汗が噴き出た。考えてみれば、どのくらいの時間炎天下を歩いていたのだろうか。小走りで森を目指す。
かさりと、足元で何かが音を立てた。
立ち止まって見下ろす。薄く砂に埋もれた紙を踏んでいた。一歩後退りしゃがむ。
集落の名残だろうか。人々は居なくなっても生活の後は残っている歪さに悲しみを覚える。
砂を払う。
多分、集落でも見た少女を探す手配書だ。
多分というのは、見覚えのある似顔絵があるという点のみ、少女の記憶と合致していたからだ。
線の塊で埋め尽くされた紙面を見て、瞼が痙攣する。
「何これ」
紙を再び砂に埋める。言葉のように見えた。けれどもそれは少女の知るどの言語でもなかった。視界に入れた途端、怖気が走るような違和感。
言葉が変わった。
先程まで、日本語だったはずなのに。
「かき混ぜられたんだね」
海産物が呟く。
「あるいは、あるべき姿に戻ったのかも」
「戻った?」
「君が紛れたことで、異なる宇宙の情報が入り混じった。その結果、ここの言葉は君の知る言葉置き換わったんだ。それが元の言葉に戻ったか、更に違う言葉になったか」
冷や汗が出る。変わったものが、文字だけとは限らない。言語体系がごっそり変わっている可能性だってある。
これまでは何故か通じていた言葉が意味をなさなくなる。心細くなって、少女は黙したまま立ち尽くした。
「怖くなった?」
海産物は首を傾げるようにうねる。気遣うわけでもない声音から察するに、海産物は少女の気持ちはわかっても配慮はしてくれないのだろう。
「そりゃ怖いし不安だよ。ずっとそうだけど」
「そっか。そうだよね」
案の定、それきり海産物は興味を失ったように口を閉ざした。
少し呆れて少女は歩き出す。結果として、気は紛れた。
「君も不安じゃないの」
鳥に聞く。器用に脚を使って頭を掻いた後、とぼけるように一声鳴いた。その姿を見て、かつて砦で出会った他のイジン達の様子を思い出す。彼らはこの世界にそれなりに適応しているように見えた。その奥底で、少女のように不安や寂しさを湛えていたのだろうか。
あの少年の言動も、半ばやけっぱちのようなものだったのかもしれない。知らない世界で、女騎士を拠り所としたのだろう。
無論、全て少女の妄想だ。息が詰まりそうになりながらこの世界を彷徨いているのが自分一人だけではないと言う、願望。
歩みが止まりそうになる。
脳裏を過ったのは、放送禁止用語の書かれたシャツだった。
そうだ。
彼は元気だろうか。何かと少女に気を遣ってくれた、同時期のイジン。少女の身元を引き受けた海産物が喋るなんて知ったら、きっと驚くだろう。
もしかしたら、真面目に話を聞いてくれるのは彼だけかもしれない。
そんなことを考えながら、少女は再び森へと脚を踏み入れた。
森の匂いには、火気の名残は含まれていなかった。




