掌中にて
きらきらと偏光色を閃かせる軟体動物をひとしきり眺めて、声をかける。
「取り敢えず、さっきの町に行く」
波打つ極彩色を通り越し、元来た道と思わしい荒野を戻る。背後の海産物が健気に追いかけながら、囁く。
「町はもう無いよ」
立ち止まり、振り向く。
「無い?」
「カケラぐらいならあるかもしれないけど、町としては残ってないよ。さっき魚の群れが通った時に、砕けちゃったから」
見覚えのある荒野で立ち尽くし絶句する。
「……住人は?」
「一緒に砕けちゃったか、どこかに跳ねていった」
「それって死」
「死ぬとか生きるじゃなくて、別の構成になっただけだよ」
波打つ襞が土を掻き集める。
「これ、ちょっとだけ町」
こんもりと積まれた土の山を眺める。返す言葉も思いつかない。あまりにも、少女の道理とはかけ離れていた。
「もしかして」
またもう一つ、不安が過った。
「他の街も無くなってる?あの海沿いのとか、城があったところとか」
「それは、わかんないや」
集めた土を満遍なく広げながら海産物は答える。安堵できるような答えではなかったが、指針の目安にはなった。
「それじゃあ、最初の町に行く。あそこなら顔を知ってる人もいるだろうし……様変わりしてるかもしれないけど」
少女の言葉に海産物は何も返さなかった。ただ、踵を返してそれに応じてついてくるような仕草を見せる。
「ついてくるの」
「ひとりがいい?」
「……」
抱え上げる。
灼けた森を目指し、荒野を行く。夜行とは違い、闇の見当たらない景色はどこか寒々しい。息づくような暗闇には、まだ紛れ込むだけの懐の深さがあった。
日の差す荒野では、世界の外を泳ぐ魚から少女の姿はよく見えるのだろう。
「さっきの魚は」
無言は神経をすり減らしてしまう気がして、口を開く。
「どういう存在、なの。よく知っているみたいだけど」
「うん、うん」
腕の中で体を弛ませ海産物は相槌をうつ。
「あんまり会いたくないんだ。ちょっと顔を合わせづらいことしちゃったから」
詳しく追求したいが、欲しい情報はそれではない。もう少し質問を詳細にする。
「えっと、そういう個性みたいなのではなく」
「ああ。生態、みたいな」
「そう」
うーん、とうねる。
「海を巡る魚の一尾だよ。世界を漉しとって食べるわけではないけど、一挙一動で世界が攪拌されるから、同じようなものだね。あの鰭が掠めるだけでいくつもの世界が砕けて、再編する。主食は他の魚なんだけど、追い立てるからその分被害も大きいんだろうね。特に今は怪我をしているから、血肉を求めて活発に動いている」
羽衣のような浮袋を思い出す。あれは怪我の範疇なのだろうか。
「あっ、今って、使い方あってるのかな」
「え?」
「今、昔、さっき、この後。ここに来て知ったけど、大丈夫?」
「まって。何の話かもうちょっと詳しく」
「今も昔も海には無いから。だから、見つかったのが厄介なのだけれど」
「今も昔も無いって、どういうこと」
「海には結果しかないんだ」
抑揚のない言葉が、意味を削ぎ落とす。理解もままならなず少女は生返事を返した。
「君が『遠い』と言ったあの姿も、本当は既に隣にいるのかもしれない。ここからは観測できないだけで」
「じゃあ、もうあの人魚の口の中にいてもおかしくないってこと?」
「そうだよ」
「……」
空を眺める。
変わりない青空だ。
「ミジンコも、本当は物凄くずれていたはずなんだ。虚像を捕まえたから干渉できた」
「よくわかんないけど、同じ事は魚にできる?」
「ダメかも。大きすぎる」
ミジンコは大丈夫で、魚が駄目という道理があるらしい。相対的な大きさの話なのだろうが、やはり少女には理解し難いものだ。あのミジンコだって十分に巨大だった。
もう一度空を仰ぐ。
ぽつんと一点、極彩色が青に滲む。
見覚えのある色々に顔を顰めて海産物に告げる。
「あの鳥だ。もう追って来たの?」
「鳥?」
どこにあるかもわからない目で海産物は空を仰ごうとしたのか伸び上がる。そのまま自重に耐えかねたように中折れした。
陽光を背に極彩色が舞い降りてくる。
思わず、少女は片手を差し伸ばした。
「ミツケタ、ミツケタ」
そう繰り返して、巨鳥だったかの鳥は少女の手の中に収まった。
「……」
どうしちゃったの、と聞くのも忘れて少女は鳥をしげしげと眺める。先程会った時の少女をゆうに超える大きさどころか、最初に見たコンゴウインコサイズからセキセイインコぐらいの大きさに縮んでいる。忙しなく首を傾げる小鳥は片足で器用に頭を掻いた。
「彼も先程の波に巻き込まれたんだね」
海産物が声を発すると、鳥はぶわりと首回りの毛を膨らませた。面白そうに海産物が笑ったような気がして少女は尋ねる。
「流出しちゃったの?この子も」
「補填したっていう事実が無くなっちゃったんだね。流出と変わりないよ」
なおも鳥は警戒する。集落で出会った時の悠然とした態度を思い返して、少女はため息をついた。
「どのくらい前までの事実が無くなっちゃったの?」
少なくとも「顔見知り」ではあるのだろう。最初に会った時のように馴れ馴れしく甲高く、小鳥は喋りかけてきた。




