足元にて
野太い叫び声を上げ、炎の灯る礼拝堂に転がり込む。吹き荒れる暴風と砂塵が、開け放たれた扉から雪崩れ込んだ。
巨体からは想像もつかないほど軽やかに、インコは地に降り立つ。殆ど恐竜と言っても良い脚だけが少女の視界に入る。
こつこつと音が響く。天井を伝う音に肝を冷やし、海産物を強く抱きしめた。
「ミツケタ」
もう一度、巨鳥は言葉を発する。建物の壁を突くような音はノック代わりなのか。応対する勇気もなく、少女は震える。
「デテキテ」
周囲が薄暗くなる。出入り口を巨鳥が覗き込んだのだ。
大きな嘴に露出した皮膚、哺乳類とは明らかに違う目。澄み切った感情の読めないそれと視線を交え、悟る。
逃げられない。
「デテキテ」
少女を見つめインコは再度告げる。
取り敢えず頷くと、インコもまた首を上下に傾げた。
「ン」
退く。明るくなった礼拝堂から、恐る恐る外に出る。
建物の側で佇む巨鳥はその極彩色の羽を繕い始めた。宴会の夜と同じくどこかマイペースな行動に、僅かに気が緩む。
「……捕まえにきたんですか?」
インコに問う。すぐには答える事なく、鳥は片翼を隅々まで整えた。
「ンー」
それだけ待って帰ってきた言葉は、どうも判然としないものだった。
「ドウシヨッカナ」
「ええ?」
「ツレテコイイワレタケド、ネエ」
ほぼ直角に鳥は首を曲げる。
「ツレテッタトコデ、トケルカバケルカ、ドッチカヨ」
鳥の舌ったらずな言葉にどきりとする。溶ける、膨れる。一体何を示しているのだろうか。
暫く考え、昨夜の出来事を思いだす。あの炎を操る少年は、溶けてしまった。城で見た壺の中身と同じように。
ではもう一方の「化ける」とは一体。
いやそもそも、人が溶けるという現象も一体。
「何か、知ってるんですか。ば、化けるって何?」
「ンーアー、コンナカンジ」
巨鳥は一歩引く。眩い羽を一望して、少女は首を傾げる。
「……でっかくなりましたね」
「バケタ」
少年や壺の中身達とは真逆の道を辿った結果が、目の前のインコらしい。
「正確ニハ、ギリギリコユイ系を保ッテル。拡散スル一歩手前、ダ」
急に難解な言葉が飛び出してくる。
「け、けい?」
「コユイノハ、ウスマル。逆モマタ然リ」
飽和水溶液の実験を思い出した。同時に、詰め込んだモルだのなんだのという言葉や数式も湧き出る。それらを使って何とか少女は鳥の言葉を噛み砕こうとして、より混乱した。
「えっと、薄いって何が?濃いって?」
「ンー、情報量ニ相当スルナンラカダッテサ」
「え……え?」
「シンイリガイッテタ。ソウトシカ説明ガツカナイッテ」
「新入り?」
「アノ、耳長イノ連レテルヤツ」
あの人か。
少女を見逃してくれた転移の同期の顔を思い浮かべる。少年は溶けてしまったが、一人と一匹はまだ元気そうで安堵した。
「ナンカ、コノ世界デハ変ナコトガデキル。火ダシタリ。加護ッテイワレタヤツ」
少女に備わっていなかったものだ。
「アレ、危険。ツカウトトケル。流出スル。ツカワナクテモ、ソコニアルダケデ少シズツ流出スル」
顔を近づけるように、鳥は身を伏せた。
「ダカラ、他ノデ補填スル。ソレニキヅイテ、ウマク補填デキタヤツダケガ、トケズニイラレル。デモソウスルト、元ノ姿ヲ失ウ」
じっと、鳥は少女を見つめる。
「オマエモ、補填デキテルカ?」
鳥の言葉をようやく理解して、身体を捻りながら見回す。どこもとろけてはいない。おそらく。
「大丈夫そう……?」
「ジャ、元カラ情報量薄々ダッタンダナ」
ものすごい罵倒をされたような気がして少女は言葉を失う。
「デモソレナラ膨ラム、ウーン」
腑に落ちないのか鳥は首を左右に傾げる。足を踏み出し、少女の周りを巡った。恐竜に周囲を彷徨かれるような感覚に萎縮する。
「ソレトモ、ソウイウノ全部知ッテテ、加護ナイフリシテタノカ?」
それはない。昨晩の燃える森のような危険な目にあってもなお、少女は他のイジンのような能力を使えずにいる。
その代わり、妙な力に「巻き込まれて」いるような気はする。
あの突如世界に沈むような、暗い海に翻るような、不思議な感覚。
あれはいったい、なんだったのだろうか。
「チガウッポイネ」
返事をする前に鳥の中で解決したようだ。ずいと嘴を近づける。
「ンデ、イク?ソレトモ、ニゲル?」
一瞬、不穏なものが胸をよぎった。
「……逃げます。戻っても、どうしようもないと思うので」
海産物を抱きしめ告げる。どんな感情を抱いているのかもわからない目を、一瞬瞬膜が覆った。
「ソ」
鳥は引き下がる。淡白な答えに、それでも少女は気をそらしたりはしなかった。
「ジャ、トリアエズ此処ニイタッテダケ報告シトクワ」
「えっ!見逃してくれないんですか!」
「見逃シテンジャン」
既にインコは空へと発つ体制に移っている。第二第三の追手が来るということか。
「ムコウニモ世話ニナッテルカラサ。補填トカデ」
鳥の目が窄まる。
「今日モココノ半分ハ支給スルッテイウカラ、モウ貰ッチャッタ。ソノブン、有益ナ報告グライハシトカナイト」
支給。
その言葉を聞いた途端、辺りの静寂が耳鳴りに変わった。静かな集落に、息を殺すような気配。
荒廃しているわけでもないのに、異様に人の気配が少ないのは何故なのか。
「……何したんですか」
「補填」
風が吹き荒れる。
顔を庇う。次に空を見上げた時には既に、鳥は高空の黒点と化していた。




