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第二の集落にて

 焦げ臭さが嗅ぎ取れなくなったことに気付いて、少女は足を止めた。鳥や獣の鳴き声に風の音すら聞こえない、静寂と森の香りに満たされた世界で息をつく。

 どこまで歩いて来たのか。朦朧とした意識で少女は空を見上げる。


 木々の伸ばした枝が触れ合わないように距離を取るために生まれた紋様……複雑なひび割れから覗く空は、青のグラデーションに星の輝きを散りばめていた。


 海からも街からも離れたのか。地理のわからない世界で孤独を噛み締める暇も今はない。


「今どこなんだろ」


 森の真ん中で方角を知る術など知らない。取り敢えず天の川や北極星と行った星々が無いことはわかっている。


 そもそも方角を知ったところで、行く当てを決められるわけでもない。


「別の街とかに着いたら、何か変わるかね」


 ねえ、と海産物に問う。こんにゃくか何かのように力なくくねる海産物は、当然何も返さない。


 思えば、何かとこの海産物には助けられている。その目的もまだ知らないままだ。


 目的。


 ため息をつく。


 海産物を擬人化して、何か気を紛らわそうとしているようだ。海産物としては、ただ逃げ回る先に少女がついて来ているだけのようなものかもしれない。


 それにしては当然のように持ち運ばれているような気もするが。


「まあいっか」


 またひとりごちる。


 一度海産物を下ろして、肩を大きく回す。少しだけ脱力して、再び気合を入れた。


 取り敢えずどこかに行こう。


 海産物を抱え直して歩き始める。不思議と、歩けなくなるほどに疲れてはいなかった。


 森を進む。木々の隙間から、段々と白んだ光が差し込んできた。夜の闇に紛れることが出来なくなったのを恐れる気持ちが、朝の訪れを安堵する気持ちに勝った。


 深部に行こう。そう考えても、どこが深みかもわからない。結局、何処かへと歩き続ける他はなかった。


 無我のまま、時間が過ぎた。


 ふと周囲を見渡す。木々の間隔が広がっているような気がした。同時に随分と歩き易い地面になっていることに気付く。一度人の手が入って敷きならされたような状態だ。


 村が近いのだろうか。


 海産物を抱く腕に力を込める。もしや最初に辿り着いた村に戻ってはいないだろうか。だとしたら、それほど都からの距離を稼げずに、ただ森を右往左往していただけだったのかもしれない。一方で楽観的な考えもあった。誰も少女を知らない村なら、少しの間隠れることが出来る。何か情報も手に入るかもしれない。


 逡巡した後、意を決する。


 村へ行こう。それにはまず、森を抜けなければならない。


 当てずっぽうに木々のより開けた場所へと足を運ぶ。いつのまにか朝日が昇り、靄に光の道筋を残した。


 途中、何かが嘶いた。元来た道を振り返り見回しても声の主のようなものは見当たらない。それではと、早足で先を進んだ。


 森が終わった。


 集落のような影を遠目に確認して、すぐさま木に隠れる。人の声が聞こえたからだ。そろりと顔を覗かせてもう一度家々を観察する。


 最初に訪れた集落と同じような作りの家だった。集落の規模は幾分か小さい。最初の村に辿り着いたということは無いようだった。先程の嘶きは、納屋の軒下で草を食んでいる「ウマ」と呼称されていた生き物のものだった。


「どうしよ」


 人の声も、再び微かに聞こえてきた。眉間に皺を寄せ、木の影から姿をあらわす。


 息をついて、村へと向かった。


 人の気配はするのに姿は見えない路地を歩く。程なく共同井戸のようなものが現れた。井戸のそばへ近づき、辺りを見回す。


「……あの、誰かいますか」


 声を張る。返事はない。


 ぬるりと海産物が腕から滑り落ちた。周囲を注意深く見る少女の足元で、海産物は井戸へと這いずる。


「落ちたら助けられないよ」


 念のためそう告げるも、海産物は聞く耳持たずという風だった。


 暫く少女は立ち尽くす。時折感じる視線が不気味だった。


 まさか、すでに兵が回り込んでいて潜伏しているのだろうか。冷や汗が頬を伝う。釣瓶から水を補給する海産物を横目に、人影を探した。


 人影の代わりに、一軒の建物が目についた。少女が最初に連れて行かれた建物と同じように入り口が開け放され、青い炎が揺れている。次に目を引いたのは、その建物の壁に打ち付けられた板だった。


 近付く。


 モンタージュのような少女の似顔絵と、妙に写実的な海産物の全身像、生死問わずの文言。


「うええ?」


 驚きとも呆れともつかない声が溢れる。同時に、突き刺さる視線がより鋭いものになった。


 やっぱり、先回りされている。


 しかし一向に相手が動く気配はない。もう一度板を目に焼き付け、海産物の元へ駆け戻る。


 それにしても、何故日本語なんだ。


 記された文字を思い返しつつ少女は海産物を抱き上げる。あの予言書とか言ってた本も日本語で記されていた。勝手に脳内で翻訳でもされているのだろうか。


 訝しむ少女の顔に、影がかかる。


 反射的に空を見上げた。


 太陽を背に、黒い何かが飛んでいる。それは段々と大きく、色濃く、少女の目に写った。


「ミツケタ」


 巨大なそれは、神殿で少女に食事を分けてくれたインコと同じ声で喋った。

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