酒呑み仲間と魔法の腕輪
場所は街の大通りからやや外れた裏道の先。
看板も何も無い民家のような『ミョルニルの鍛冶屋』の中で、鑿を叩き金属を削る音が響いていた。
もっともそれは、家の中のさらに分厚い扉で閉ざされた鍛冶場の中での事であり、裏通りにはさほど音が届いていなかったのだが。
「みゃあん……。デカい手で細かい仕事するにゃあ」
「綺麗ねぇ〜……」
珍しい事にその場には『魔法要塞』ミャルガと『夢の防人』ジェイミーが居た。
鍛冶場で作られた物理装備などに用の無さそうな二人だが、目的はミョルニルの手の中にある銀の装飾品であるらしかった。
「ふん、無駄口叩くな。手元が狂う」
ミョルニルの言葉を分かりやすく翻訳するならば、照れて緊張するから作業中に褒めるなということである。
装飾品は幅広な腕輪の形をしており、中央に大きくツヤのある赤い魔石が入っている。
この魔石は三葉がその眼で見れば、最上等級の青色をしているように見えるはずだ。
ミョルニルが革手袋のような手で持つ彫金専用の鑿は、持ち手は彼の手に合わせて太いが先は針のように細く、筋骨隆々としたこの鍛治師はその鑿を専用の金槌で細やかに叩いて唐草のような紋様を刻んでいるのだ。
魔術と精霊術の知識を持つ者が見れば、その紋様全てに意味があり魔術と精霊術が丁寧に織り合わさって魔石を囲んでいる事が分かるだろう。
それがつまり、ジェイミーやミャルガのような人間なのだが。
「それにしても……、こんな装飾、何に使うのかにゃ……?」
「逆の効果の腕輪だったら、大金を払っても欲しい人が多いだろうけど……」
「逆の効果にする場合、使用者が干からびないための術式が追加で必要だにゃ?」
「あら、それは……難しいわね……」
先ほどの翻訳が間違っていなかった事を示すように、気難しげな鍛治師は今度の無駄口にはなんの文句も言わなかった。
ただ、彫金の様子を片目で確認しながら、事も無げに言うだけだった。
「俺ぁ、頼まれた仕事をするだけだ。あんたらもそうだろう」
言われた二人の魔術師は、机に肘をついて気だるげに彼の作業を見学しながら、それはそうだけど、と頷く。
「いくらロルフがお金に無頓着でも、金貨3000枚も払って無駄な仕事頼むとは思わにゃいし、にゃ」
「あら、あの子別に無頓着じゃないじゃない?」
「にゃ?ミャーの『夢見カバン』とか、金貨5000枚に悩みもしなかったにゃ?」
「それは、悩む必要が無いくらい欲しかったんだと思うわ?」
「みゃみゃ……?」
とぼけた会話に鑿を打ち損ねそうになって、一瞬だけ動きを止めたミョルニルは、黙ってまた作業を再開した。
装飾の細部の曲線を少しだけ直して、あちこちの角度から腕輪を確かめたミョルニルは小さく頷いた。
今度は彫金から研磨の作業に移る。
「腕輪と言えば、タカニャリの腕輪もミョルニルが作ったにゃ?」
「タカ……?……ああ、あの坊主か。新しいやつは、そうだ。俺が作った」
特殊な複数の研磨布で腕輪の彫刻面を磨いていたミョルニルは少し考えるように視線を上げ、納得したように頷いた。
「あらぁ……。タクもミョルニルからすると、まだ『坊主』なのねぇ……」
「ジェイミーがロルフを『あの子』って言うのと同じようなもんにゃ?」
「それはまぁ……そう、かしら?」
腕輪を研磨しながらミョルニルは肩をすくめた。
右も左も分からないような顔でロルフの後をちょこちょこついて歩いていた、好奇心旺盛なヒヨコのような男を思い出す。
いかにも『坊主』という呼び名が相応しかった。
なお、鉱人のミョルニルは既にロルフやミャルガの5倍程度の時を生きているわけだが、まるで若者側のような顔をしているジェイミーも、ミョルニルが出会った時には既に今の見た目だった。
夢魔と妖精の血を引く彼女が何歳なのかは、ミョルニルも知らない。
「それにしても、必要とはいえ腕輪を買ってあげて、少し前には家まで買ってあげたんでしょう?……あの子って、本当にタクが好きねぇ……」
「ちょっとお金持ちなだけにゃ。ミャーの方がタカニャリ好きにゃ」
「ミャルガは……、タクに撫でてもらうのが好きなんじゃなくて?」
「……それも好きだにゃあ〜」
流れるように始まった恋話に片眉を上げたミョルニルだった。
ロルフが三葉を気に入っているのは初対面で分かったが、こんな猫まであれに熱を上げているとは恐れ入る。
「お前さんもそろそろ、遊んでねぇで落ち着く相手を探しゃあ良いもんを」
腕輪をまた光に当てて、今度は研磨の完成度を確認しながらミョルニルはため息をつく。
昔からよく聞こえてくる数寄物の噂の黒猫が、この黒猫と同一人物だと知ったのは最近だが、ともかく彼が来るもの拒まず派手に遊んでいた事と、恋する相手に限って手に入らないような相手である事は間違えようもない事らしかった。
「みゃぁ……、ミョルニルに言われると、悪いことしてるような気ににゃるにゃ……」
「人間と添い遂げちゃって、50年以上経っても未だに毎年お墓参りしてる男に言われちゃうとねぇ……」
「……。それぁ別に、良いだろうが。俺ぁ一生分満足できる相手に会えたってだけで、誰も彼もがそうとは思っちゃいねぇ」
酒を飲むついでにこぼした話をしみじみと言われてしまうと、なんだか据わりが悪い。
「サラッと惚気られたにゃ」
「そういうところ、ロルフに似てるわ……」
「馬鹿言うな。あっちが似たんだ」
惚気たことと似ていることは、否定しないらしかった。
さて、とひと息ついたミョルニルは、ピカピカに磨かれた腕輪をミャルガとジェイミーの目の前ーー机の真ん中に置いた。
「俺の仕事ぁ終わりだ。あとはお前さんらの仕事だろ」
その装飾の出来映えに目を輝かせながら、二人は頷く。
「ええ、そうね。……ああ、楽しみだわ」
「綺麗な魔術を込めてやるにゃ〜」
二人して歌い踊るように机を覆うような羊皮紙を広げる。
その真ん中には、ビッシリと魔法文字の書き込まれた大きな魔法陣が描かれていた。
魔法陣の中心に腕輪を置いて、二人共が短杖を構える。
「ーー『川の流れに水を還して、涙に濡れた目を閉じて』……」
「ーー『光の海を遠くへ仕舞って、木々の囀りに目を覚ます』……」
二人共が声も軽やかに涼やかに呪文を詠唱すると、魔法陣から銀の光と黒の光が広がり、糸のように編み込まれて腕輪を囲み、魔石の内側へ織り込まれるようにして消えていった。
「ーー『精霊力認知阻害』」
二人の声が重なり。
光が消えゆく様子を三人で見届けて、それから互いに視線を交わし合う。
「ちゃんと、完成した……わよね……?」
「俺の目にも、正常に動いているように見えるな」
ふう、とそれぞれに息を吐いたところで、ミャルガがピンクの肉球のついたフワフワの手で腕輪をチョンチョンと触った。
「んむ……、変な魔術反発も無いにゃ?」
「……良かったわぁ……」
見守っていたミョルニルも、その二人の様子を見てようやく彫金道具を仕舞う。
魔道具というものは魔術の定着が一つでも狂っていれば一から作り直しなのだから、大変な事なのである。
ジェイミーとミャルガが魔術の織り込みを失敗する事は滅多に無いが、それでも絶対とは言い切れない。
今度は一面に魔法文字の書き込まれた紫の布を取り出したミャルガは、その布に出来上がったばかりの腕輪を丁寧に包み、腰にベルトでつけてある小さなポーチへ大事に仕舞った。
「ここからは、配達依頼だにゃあ」
「……どこへ?ギルドへ?」
腰のポーチから依頼書を取り出したミャルガは、配達先の書かれた部分を読みながら目を細める。
「……『ロルフへ』、……だにゃ?」
その時点では、三人共、ロルフの居場所を把握していなかった。
それで。
「ひとまず、タカニャリのところに行くにゃ?」
ミャルガとジェイミーは、必ず彼が帰って来る場所へ向かうことにした。
ミョルニルはロルフの曾々々祖父……とか思っていたけどロルフに首都圏の貴族名字があるので、正確には曾々々祖父の妹が嫁いだ先がミョルニル(ロルフとは直接血が繋がってないけど遠い親戚のお爺さん)とかになるな。
ミョルニルはロルフに多少のお嫁さんの面影を見ているかも知れない。
ロルフの頑丈さは持ち前だったのか。
ミョルニルの既婚者BLとかは始まりません。多分。
ミョルニルが最近までミャルガの名前を認識してなかったの忘れてました。修正しました。
『迷宮攻略編』がひとまずこれにて終章となります。
更新数日空くかと思いますが、数日で戻ります。よろしくお願いします




