彼女の作る熊鍋は美味かった
「妖精は、『サクラスミレ』の砂糖漬けが好物だからね。……これをあげて、迷わせないようにしてもらわないと、ずっと同じ場所をグルグル回ることになるの」
アルトが重たい重たいと思っていた荷物の半分程度は、サクラスミレと呼ばれる桃色の花の砂糖漬けだったようだ。
ジェイミーはその瓶の蓋を開けて空中に向けて何やら話しかけたり笑ったりしていたが、アルトには妖精らしきものの姿は見えなかった。
ミレイユには見えているのだろうかと視線で問いかけてみたが、すぐに首を振られたところを見ると彼女にも見えていないようだ。
妖精の姿は見えていないのだが、しかし、サクラスミレの砂糖漬けは明らかに減っていく。
「いつもは、こんなに沢山持ってこられないんだけど。今日は沢山あげられるね。……アルトが一緒で良かった」
アルトは鞄から5つ目の砂糖漬け入り瓶を出したところで、瓶を受け取ったジェイミーにふわりと微笑まれてた。
思わず赤面し、ミレイユに再度肘打ちを食らって慌てて頭を振る。
冒険者の間では、妖精と夢魔の血をひくジェイミーは常に魅了の魔法を纏っていると噂されている。
実際のところがどうなのかは知らないが、妙齢の女性のはずなのに妙に幼い仕草やら色素の薄い髪と瞳やら、浮世離れした美しさと放っておけなさを感じることは確かである。
探索中だというのにも関わらず、うっかりボーッとしてしまう程度には。
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「魔獣発見。ゼートの方向、距離200……あっ……、気付かれました!こちらへ突進中!」
ミレイユの声に、アルトは急いで荷物を置いた。
物理防御は役に立たないなどと言われはしたが、それこそアルトの最大の長所である。
ミレイユとジェイミーの防御力が低い以上、アルトがきっちり前衛を勤めなくてはならない。
斜め左に敵影を確認する。巨大な熊のような姿の獣だ。
魔獣の特徴である赤く光る瞳もすぐに見えた。
「あの巨大な腕……潰し熊だ!」
物理防御が役立たないなんてとんでもない。
あんな攻撃を盾無しで受けたら一撃で潰れてしまう。
アルトは大きく息を吸い込むと、巨熊の進路上へ盾を構えた。
「ミレイユ、先制しろ!」
「はい!」
「突進は俺が受ける!ーー『身体強化』!」
「『速射』!」
ミレイユが矢継ぎ早に射った3本の矢が熊の鼻面に1本、肩に2本当たる。
だが、鼻面に当たった矢は角度のせいか大きく弾かれ、肩は分厚い被毛に阻まれて恐らく浅い。
「外した……!」
「『雨の降る夜の話をしよう。……物理攻撃低下』」
ミレイユの声にジェイミーの甘い詠唱が重なる。
黒い魔力が紋様のように熊の周囲を取り囲み、阻害するように手足に絡む。
その動きの鈍った大きな足を、魔力で筋力補強したアルトが大楯で受け止める形となった。
だが、そのジェイミーの黒い魔力が絡みついたことで気付く。
「この熊、黒じゃない……!」
「しまっ……」
ーーオオォオオォッ!!
ジェイミーの声に被さるように、辺りを飲み込むような咆哮が響いた。
その時の感覚を、アルトは説明しきれない。
声とともに頭からザッと血の気が引き、視界がグニャリと歪み酷い吐き気がし、心臓がバクバクと空打ちして、そのくせまるで息ができなかった。
ただでさえ巨大な熊の姿が何倍も大きく見え、今すぐ盾と剣を投げ出して逃げ出したかった。
「あ゛ぁあぁあああっ!!」
しかしそれをせずにアルトは盾を構えて前へ突進した。
理由はもう分からない。
ただ、もはや全貌も分からぬ化け物に向かって盾を叩きつけ剣で斬りつけ、ガムシャラに立ち向かう。
「ミレイユ!射って!」
「はい!」
遠い遠い意識の彼方で鋭い声が響いた。
『其れは安寧、時の揺りかごに揺られて眠れ、ーー恐慌解除』
歌うような詠唱が流れ、黒い光がアルトを包む。
ぐらりと傾ぐ視界の隅で、赤い目を貫く矢を見た気がした。
ーーオオォオオォッ!!
新たな咆哮に頭を揺さぶられるが、黒い光に包まれたアルトは先程のようには視界が揺れない事に気付いた。
吠え声と共に振られた巨大な爪を、今度こそ正確に大楯で受け止める。
『荊棘の絨毯に客を招こう。くつろぐ足が前へ進まぬようにーー拘束』
黒い魔力の檻が編み上がり巨体の足を突き刺し縫い止める。
「ミレイユ!」
「ーー墜ちろ!破壊の矢!!」
足の止まった熊がアルトの腕を楯ごと噛み砕こうと大きな牙を剥いた。
その上顎めがけて魔力を込めたミレイユの矢が突き立ち、顎から上を吹き飛ばすほどの威力で爆発を起こし空の彼方へと散った。
「……や、やった、か?」
「戦闘中にそれを言う奴は大体反撃されるから、よく気を付けろ」
べろん、と真っ赤な舌を残した熊の残骸がどしゃりと音をたてて地面へ倒れた。
それを少し遠くから足先でちょんちょんとつつき確認するアルトと、それに呆れたように忠告するミレイユである。
「やっぱり、黒い毛並みに紫が混じってる……恐慌熊だ」
「……アルトのあの状態は、恐慌だったんだな」
「あの状態?」
「顔が真っ青で、視線は定まらないし口から泡は吹いてるし、今にも気絶するかと思った」
アルト自身にはミレイユが言うような客観的状況に覚えはないが、恐らく頭がグラグラしていた時の事だろうと思った。
「恐慌熊は、通常この辺りには出ないはず……。……もっと山奥の方に住んでるはずなのに」
状況を確認したジェイミーが、口元に手を当てて深く唸る。
「確か、A級に分類される魔獣ですよね」
ミレイユの言葉にジェイミーが頷く。
A級と言うと、安全に倒すのに白銀級冒険者5人以上のパーティが推奨される、または討伐に特殊な能力が必須の魔獣のことである。
恐慌熊の場合は、恐慌解除や精神防御が無ければ屈強なパーティでも容易に壊滅する特殊な魔獣である。
それだけでなく、防御力も攻撃力も高い。
おそらくジェイミー1人では遭遇しても倒せなかっただろう。
「精神防御が重要と聞いていたのに、身体防御を優先したばっかりに、皆を危険な目に合わせちまった……。本当に、すみませんでした」
あっさりと恐慌状態になってしまったことに不甲斐なさを感じるのだろう。ぐっと眉を寄せたアルトが大きく頭を下げた。
しかし、ミレイユもジェイミーもこれを責めはしなかった。
「それを言ったら、探知が遅くなったことも初撃を効果的な場所に入れられなかったことも、私のミスだ。……こちらこそすまなかった。」
「恐慌は、逃げるか動けなくなる状態異常。……恐慌にかかっても前衛に立ってくれたアルトのお陰で戦況を立て直せた。ありがとう。……ジェイミーこそ、精神強化、間に合わなかった……。魔道具の能力も足りなかった。……ごめんね」
「いえ、そんなこと言わないでください!」
しゅんとなっりながらお互いに謝りあい、それから三人で恐慌熊の皮を剥いで解体し、魔石を手に入れた。
「こいつの皮は防具を作るのに良いんだ。俺が貰っても良いだろうか」
「良いけど……持てる?」
「少しキツいが、持つ!」
そんな会話の末、討伐証明のための牙と魔石、恐慌熊の皮は持ち帰ることにした。
皮を欲しがったアルトの荷物があまりに嵩張る事になるので、空になった瓶などの重さは少なく邪魔になるものを、ミレイユとジェイミーが少し持つ事にした。
大量の肉は食べられるだけ調理して食べ、少し干して保存食にし、残りは少し離れた場所で地面に埋める。
そのままにすると別の魔獣を呼んでしまう可能性があるからだ。
「ミャルガさんの『夢見カバン』があれば、この肉も持って帰って街で売ったりできるんだろうなぁ」
「マケても金貨5000枚……」
「でもなぁ、ミレイユ。あの肉や革を持ち帰れるようになるなら、パーティで金を出し合って1つだけでも持ってれば、金貨5000枚だってすぐに稼げると思うんだ。むしろ、他のパーティがカバンを持ってない今のうちが稼ぎ時だろ」
「た、確かに……ツケとか分割払いの交渉してみるのも良いかしら……」
「……君達2人なら、ジェイミーからミャルガに口利きしてあげても良いよ。どうせ最初は、不具合が見つかる可能性もあるし……。……例えば、材料調達をする代わりに値下げするとかも、できるかもね……」
今までは捨てて来なければならなかった様々な素材を持ち帰って売れるというのは大きい。
魔獣の肉などは物によっては非常に美味いのだが、保存して手早く持ち帰れない問題上、市場には滅多に出回らない。
ごく稀に、冷凍魔法の得意な魔術師のいるパーティが肉の調達に特化して依頼を受けている事があるそうだが、恐慌熊などの危険な魔獣の肉は流石に狙って狩りに行くにはリスクが大きい。このような肉を持って帰れれば、一攫千金も夢ではない。
「っつーか、ジェイミーさんの、この大量の調理道具や砂糖菓子だって、『夢見カバン』があれば運び放題でしょ」
「やっぱり欲しいよねえ、鞄」
アルトとミレイユの言葉に、ジェイミーは目をパチパチさせる。
「……もしかして、またジェイミーと一緒に冒険してくれるの?」
少し慌てながら顔を見合わせた2人である。
今回の戦闘であまりにバランス良く戦えたため、つい今後も一緒に組む事前提で話をしていたような気がする。
しかし一般的に、自分より高等級の冒険者と組もうとする行為は寄生などと言われて嫌な顔をされるものである。
アルトとミレイユにそのつもりは無かったが、そう見える可能性があることは否定できない。
「……あー、その、……もしジェイミーさんが良ければ、ですよ。……その、俺は……やっぱり物理防御には自信がありますし。ジェイミーさんやミレイユの苦手なところを補えると思うんです」
「私も……、索敵の腕も弓の腕もまだまだ未熟だけど、……その、ジェイミーと組めれば嬉しいわ」
アルトとミレイユの代わる代わるの言葉に、銀色に虹を落としたような色素の薄いジェイミーの瞳がふわりと細まった。
「……ジェイミー、嬉しい。……ミャルガ以外のお友達、初めて」
それは後に『怪異狩り』の異名で呼ばれる、特殊能力系魔獣の討伐に特化したパーティ結成の瞬間だった。
なお、このパーティには当然のようにミャルガも加わり4人編成となるのだが、ミャルガは後々まで「ミャーのいない所で勝手にパーティが決まってたにゃ」と渋い顔で拗ねることになる。
呪文やら多くて詩的センスの無さが爆発して更新遅くなりましたがどうにか書きました。(笑)
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冒険者らしい戦闘も出てきましたので、今後もよろしくお願いします。




