『賢者の落とし物』
「ここの泉のはずなんだけど……」
「何かあります……?ミレイユは?」
「ううん、気配は無い……」
アルト、ミレイユ、ジェイミーの3人は、地図上の目的地まで辿り着いていた。
しかし、泉に近づくにつれて妖精の姿は減り、魔獣の姿も無く、また肉眼でも透き通った泉があるばかりで何かを見つけるというのはできそうにない。
「あの子が見つけたってことは……、『精霊力』の偏りのはず、なんだけどぉ……」
ごそごそと荷物を漁ったジェイミーが、ちゃきりと音を立てて顔にかけたのは、丸いレンズを使った両眼鏡だった。
アルトとミレイユは聞くのも怖くて黙殺したが、あの子とはもしや『金色狼』ロルフの事だろうか。
「それ、どうしたんですか?」
「んふふ、ミツバさんの『精霊鏡』を見て、似たのを作ってみたの。……両手を離してても付けていられるのって、良いなあって、思って。……それに、左右で見える位相をズラすことで、『精霊力』の偏りや鑑定が詳細に見えるの」
大きな丸眼鏡は上からわずかに赤紫のグラデーションがかかっており、元々小さなジェイミーの顔がさらに小顔に見える。
ノンフレームのそれは顔の造詣を邪魔しないのにアクセントとして映えており、魔道具としてだけでなく一つの装飾品として有能だった。
「ジェイミーは精霊は見えないけど、魔道具なら魔力を流せば作動するはずだから……」
口元に指先を当てながら、長い睫毛に縁取られた瞼がぱちりと閉じる。
そうして片側ずつ交互に開け閉めして、時折眼鏡をかけたり外したりしながら泉を眺める。
「んん、そぉね……、泉の真ん中に何かある、……はずなんだけど、目では見えないのね」
「それは、水底の土に埋まっている、とかではなく?」
「……んん、多分、霊的な現象だと思うなぁ……」
アルトとミレイユは無言で視線を交わす。
つまり探し物を見つけ出すにはなんらかの儀式を完成しなければいけないということだろう。
しかし、精霊術や魔術の儀式について2人はあまりにも知識が乏しかった。
ここはどうやらジェイミーに任せる他無いと思った。
「二人とも、精霊と泉に関する逸話は何か知ってる?」
だが、ジェイミーはそうでも無かったようだ。二人に相談するように話を持ちかけてくる。
再度視線を見交わしたアルトとミレイユである。
彼女に頼られては頑張る他、無い。
二人とも頭を押さえて唸り、なけなしの『精霊に関する逸話』を必死に記憶の底から掘り起こした。
「……俺がよく聞いたのは、『勇者と精霊の異界』ですね」
「勇者様が泉に剣を落としたら水底が割れて、精霊の国への扉が開いた話、ね……」
アルトの言葉にジェイミーがうんうんと頷く。
「私は『賢者の落とし物』の話を覚えている」
「それは……どんな話?」
ミレイユの出した逸話はジェイミーも知らないらしく、首を傾げてミレイユを見る。
「賢者が泉に物を落とすと、泉の精霊が出てきて謎かけをするんです。その謎かけに答えると、落とした物を返してもらえるだけでなく旅に必要な道具を渡してもらえるというお話です」
「……謎かけ?」
「話によって何種類かあるんですが、『この世に真実はあるか』とか『人間の数を数える方法を答えよ』とか……」
それはもはや謎かけというより哲学の域である。
「……そんなのが出てきたら、ジェイミーは無理だよ……」
偉大な魔術師であるはずの彼女はしおしおと身体を小さくして眉を下げている。
なんだか庇護欲のそそられてしまうアルトとミレイユである。
「私もアルトも無理ですから、失敗しても生きて帰れそうな物を落としましょう!」
ミレイユが何故か、アルトの事までついでに断じてグッと拳を握る。
「……いや、確かに俺も無理だけどよ……」
勝手に能力が無い事を断言されて、ちょっと釈然としないアルトである。
「……うーん、でも、大体の御伽話では、賢者の真似をしていらない物を投げ込んだやつは失敗するんだよな」
「うっ、確かに……、精霊さん怒っちゃうかなぁ……」
それはお話の展開と教訓としての都合かも知れないが、賢者の話を聞いて真似をしようとした村人は欲しいものも得られずに罰を受けるのである。
「それなら、これはどうだろう」
言いながらアルトが出したのは、胸に下げていた精神防御の魔道具だった。
「これが無ければ俺の帰路は危険になる。ジェイミーさんの技術と魔力の詰まった逸品でもある。要らない物を投げるわけではないから、精霊の怒りも買わないはずだと思わないか?」
アルトは言葉にしなかったが、これには続きがある。
つまり、重要ではあるものの、例え失敗して失ったとしても、即座に命に関わるほどではないということだ。
「……うん、やってみよう」
その魔道具を作り出すのにどれほどの手間が掛かっているのかを一番良く分かっているジェイミーが、真っ先に頷いた。
そうとなればミレイユも大人しく頷くのみである。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
加工された滴型の魔石に美しい銀の装飾を施されたペンダントを、アルトが泉の中心を狙って投げ込んだ。
やがて風もないのにさわさわと泉に波がたち、ざわりと水が持ち上がってアルトの投げ込んだペンダントともう一つ、何か装飾具のようなものを水の上に現した。
それはアルトの投げ込んだ物に似たような、細い鎖の付いた銀のペンダントに見えた。
ペンダントトップの装飾はアルトのものとは違い、親指大の丸いカメオだろうか。
「……う、受け取れってことか……?」
「待って!」
不思議そうにしながらも、その見知らぬ装飾具に思わず手を伸ばそうとしたアルトを、ミレイユが止める。
「分からないけど、謎かけになってるはずよ。……きっと単純な交換なら、2つとも出してくるはずが無いわ」
「……」
アルトとミレイユはジェイミーを見た。
しかし『精霊鏡』をかけたジェイミーにも謎かけの詳細は分からない。
分かるのは、その持ち上がる水が精霊の力で動いていることくらいだ。
例えば謎かけの文字が浮かんで見えるとか何かが聞こえるといったような事は起きなかった。
しかし、ミレイユはこれをどこかで聞いたと思った。
昔話でも英雄の逸話でもない。
「……ミツバさんに、聞いた。『金の斧と銀の斧』のお話……」
ミツバ、と名前を出した途端、『精霊鏡』の向こうで精霊の光が脈動するように大きく揺らいだのが見えた。
やはり。何故かは分からないが、この精霊はミツバと関わりがあるのだ。
「ど、どんな話なんですか!?」
アルトとミレイユが身を乗り出してくる。
彼等は聞いたことが無い話らしい。
「『賢者の落とし物』と同じ、謎かけをされるの。でもその内容はいつも同じ。『あなたの落としたのはどちら?』」
「それなら、こっちだ!!」
聞いた瞬間、アルトが躊躇いなく自分の落としたペンダントを掴み取った。
ジェイミーはそのアルトの素早さに肝を冷やした。
何しろこれは、同じ問いかけをされてもなお嘘をついて自分の求めるものを受け取ろうとする人間が罰される話だからだ。
先にその種明かしをしないで正答を選び取ったことに驚いた。
さらに言うのであれば、まだ泉の問いかけが『金の斧と銀の斧』に即しているという確証は無かったと言うのに躊躇なく選んでしまう行動力にもだ。
迂闊と言えばそうだが、おそらく彼は現在の状況とミツバからの逸話に類似点を読み取ったジェイミーを信頼してくれたのだろう。
シャン……、
鈴の鳴るような音がして、ペンダントを掴み取ったアルトの手元まで、もう一つの装飾品が宙を舞って落ちてきた。
「……お、両方くれるのか?」
逸話の顛末を知らないアルトが少し驚いたように首を傾げた。
『水の精霊』は、ぱちゃりぱちゃりと挨拶でもするように水音を鳴らし、そのうち波もたたなくなった。
「話を最後まで聞かずに答えを決める奴があるか!間違えていたらどうする気だ!」
ふたつの装飾品を手に茫然とするアルトの脇腹を、ミレイユが思いきり小突いた。
「痛っ、……良いじゃねえか、正解だったみたいなんだし……」
「……ジェイミーも、ちょっとドキッとした……アルトが正直者じゃなかったら、危なかった」
文句を言うアルトの頬を、今度はジェイミーがぎゅっと摘む。
見ると小さな頬をぷくりと膨らませて怒り顔である。
「もっと言ってやってください。……と言うか、最初は間違えた方を取ろうとしたんだから本当に危険でしたよ。考え無しなのもほどほどにして貰わなくては」
「うっ、それは……すみませんでした……」
べしべしとアルトの脇腹辺りを小突くミレイユの手が止まらない。何故か先ほどよりも更に不機嫌そうである。
「でも、ともかくこれで安心して帰れ……ーーあれ、」
言いながら新しく受け取った方の装飾具をいじっていたアルトが首を傾げた。
それは、直近で見てもやはり、細い鎖に銀のヘッドのついたペンダントに見えた。
「なっ、ままままさか壊したのか!?」
「いやっ、違う!違う!多分……」
ミレイユが挙動不審なアルトに不安を煽られてガバリと覗き込むと、アルトの手元で銀のペンダントヘッドが2つに割れていた。
「こっ、ここ壊してるじゃないか!」
「ち、違う!違うって!元々ここが外れる仕掛けなんだ!」
アルトを指差して糾弾するミレイユに、アルトは焦って割れたペンダントヘッドを指差した。
「見ろ!ここに絵が入ってる!肖像画だ!」
ミレイユとジェイミーはアルトの両側から手元を覗き込んだ。
すると確かに、その親指の頭程度の大きさの場所に精巧な肖像画が嵌め込まれているのだった。
「……これ、ミツバさん、じゃない?」
今よりもずっと若い。青年のようにも、少年のようにも見える。
照れたような笑みを浮かべるミツバと一緒に、同じくらいの年頃の、1人の女性が描かれていた。
少し短いですが更新とさせていただきます
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