『鉄壁』のアルトの受難
「頑張って」
「もう少しー」
白銅級冒険者、『鉄壁』のアルトは、そんな声をかけられながら歩いていた。
背中に大きな背嚢、左右に肩掛け鞄という出で立ちで。
なお、彼に声をかける『夢の防人』ジェイミーと『千里眼』ミレイユは、最低限の武器だけを持った身軽な格好である。
事のおこりは出立前の相談時に遡る。
「妖精の国リエテルクは、基本的に状態異常・精神攻撃の宝庫。物理防御はあんまり役に立たない」
ジェイミーとミャルガの家、アルテマ郊外の黒い塔の中で、ジェイミーお手製『ユキミベリー』のタルトを食べながらの事だった。
妖精の国とはどんな場所なのか、という問いに対するジェイミーの答えが前述の通りである。
ジェイミーとミレイユの視線が自然とアルトを向いた。
物理防御で冒険者随一を誇るのが、何を隠そう『鉄壁』のアルトなのである。
そしてその自慢の物理防御は、妖精の国ではあんまり役に立たないのだという。
「…………け、剣術も、一流と自負してます」
「剣も、あんまり役に立たない……」
取りつく島もない。
道理で2人が同行すると言った時にジェイミーがあまり喜ばなかったのだと、アルトは遅ればせながら思い至った。
しかし、ジェイミーとミレイユが探索に出掛ける間アルト一人で留守番などというのは、いくらなんでもアルトの矜恃が許さない。
「お、お二人よりも筋力があります!探索に必要な荷物は任せてください!」
破れかぶれにそう主張したところ。
「それは……良いわね。……ジェイミーは重いの苦手だし」
「あ、……うむ、ジェイミーさんがそう言うのなら……」
女性陣からの賛同が得られ。
状況は冒頭に戻るのである。
(いや、俺に持たせるからって荷物多過ぎねぇかな!?)
心の中で百万回は思ったが、未だに口には出せないアルトである。
一度自分から荷物を持つと言った手前、重過ぎると言い出せないというのもある。
心のどこかで、これはアルトを脱落させるためにわざと荷物を増やされているのではないか、いや、そんな事には屈しないぞと思っているから、というのもある。
「そこに拓けた場所がある。……ジェイミーは魔獣避けの結界を張れるよ」
「うむ。私は薪になる木を探してきましょう!アルトは荷物を置いたら休んでいてくれ。ここまでありがとうな!」
そんな風に二人に優しく言われただけで、これまでの重労働を(まあ、良っかな……)で流せてしまうあたり、アルトはなんだかんだ懐の広い男であった。
「背中に背負ってた荷物の中に、鍋があるから、出しておいて」
ジェイミーに言われて荷物を漁ると、なるほど、ひと抱えにもなる巨大な鍋が出てきた。
どうりで重いわけである。
「……いや、こんなデカい鍋、いるか?」
とうとう声に出してしまったアルトであった。
だが、それを聞いたジェイミーは機嫌を損ねるでもなく、「ふっふっふ」と言いながら指先を振った。
「君はこれから、その鍋に感謝感激する事になる」
そんな馬鹿な、と思ったアルトである。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「……マジで、美味ぇっす……」
「探索中に、こんな美味しいご飯が食べられるなんて」
熱々のスープを飲みながら感涙に咽ぶアルトとミレイユに、ジェイミーはえへんと胸を張った。
「……ふふ、……そうでしょ」
大きな鍋いっぱいにあったサリオと兎肉のスープは魔法のような早さで3人の腹の中へ消えていった。
大量の荷物の中に入っていた各種スパイスと調味料を使い、ジェイミーが味付けをしたものだった。
一般的に冒険者の探索中の食事というものは、日持ちのする非常食やその日の狩りの成果が主食で、それを塩などで味付けしたものを食べられれば良い方である。
しかしジェイミーの作る食事は違う。
兎肉に塩とハーブを揉み込み臭みを取り、細かく切って入れたスープには塩だけでなく香辛料をきかせ、さらに家から持ってきていたらしい魚の塩漬けを薄切りしたパンに挟んでスープと一緒に食べるのである。
単品では味の濃い塩漬けが、パンとスープと共に食べると急に美味い。
長時間の移動で水分と塩分を消費した身体にはひとしおだった。
なお、瓶に入れられた魚の塩漬けを見たアルトは「どうりで重いと思った!」と再度叫んだ。
叫んだが、それを食べた今となっては重かろうともこれは必要なものだったのだと認識を新たにしていた。
「今居る場所がここ。……アリアンテの森のはじまり」
残り少なくなった食事を楽しみながら、ジェイミーが折り畳まれた地図を出して場所を指差した。
「ロルフが言っていたのはここ。……森の中の、泉の辺り」
言われてミレイユとアルトも頷く。
「ここから先は、妖精が沢山いる。……妖精はイタズラが好きだから、幻覚や混乱で頭をおかしくされたりする」
真顔で言われる内容に、ゾッとするアルトである。
「アルトもミレイユも、特殊防御はあまり高くない。……ジェイミーの魔法と魔道具の精神防御を二重にして、どうにか耐えて」
言いながら渡されたのは、滴型の魔石に銀のツタのような装飾がついた首飾り。
「首に巻くと、鎖は頭を、魔石は心臓をそれぞれ守れる」
促されるままそれを首に下げてシャツの中へしまう。
『白銀の霧を纏い、悪夢を跳ね除けよ。其は道標す一条の光となる』
ジェイミーの詠唱により彼女の耳飾りが輝きアルトとミレイユを黒い光が包み込む。
その光の暗さにぎくりと体を強張らせた2人だったが、ジェイミーを信じて祈るようにその場に留まって耐えた。
黒い光は、2人の表面に紋様のように広がり張り付いて、染み込むように消えた。
「……は、白銀の霧って言うより、黒い霧って感じでしたけど……」
自分の体をぱたぱたと触りながら言ったアルトは、ミレイユの肘鉄とジェイミーの氷点下の視線を浴びて沈黙した。
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