【番外編】想いを甘く煮詰めて
凍る月第二週末のことだった。
その日ロルフが討伐を終えてギルドへ寄ると、珍しくもミツバは先に帰ったのだという。
また何か事件でもあったのかと疑ったが、普段ミツバの隣にいるジェシカと先輩面しているタニアは顔を見合わせて笑うだけであった。
「あ、そうそう。私からロルフさんにも、渡すものがあるんだったわ」
タニアがポンと手を打って、今思いついたとでも言うように制服のポケットから箱を出してロルフに渡してくる。
ちなみにこの制服というのも、ミツバがガルドルフと相談して作ったものらしい。
デザインのどこまで関わっているのかは知らないが、白いシャツに紺の上着というキッチリとした服装にはミツバの発案が入っているだろう。
下は数種類のズボンとスカートから好きに選べるらしいが、どれもデザインは違っても色は紺で揃えているのでバラバラの服を着ている印象はあまり無い。
そのあたりの緩い構造はガルドルフの声も入っていそうである。
ともあれ、貰えるものは害でなければ貰うロルフである。
見るとタニアの渡してきた箱には桃色の薄い布がピッチリと巻かれ、真っ赤なリボンが結ばれている。
こんな風に渡される箱が更に上から包装してあるというのは、初めて見る。
「これ、巻いたのミツバだろ」
ロルフが初めて見るようなものを持ち込むのはミツバという印象があるのと、これほど丁寧な仕事ができるのはミツバだけだろうという先入観からの言葉だった。
「な、な、な、タクから教えてもらって練習したんだから!」
ぴゃっと肩を跳ねさせたタニアが視線をオロオロ泳がせながらも必死に反論する。
「ん、そうか、悪かったな」
乙女の努力を否定してしまったかとロルフは頭を掻いた。
しかし実は、練習はしたけれども上手くは巻けなかったので、最終的に包装をしたのはタクだった。
タニアはその事実は墓場まで持って行こうと心に決めた。今決めた。
ふふっと横で笑ったジェシカが、ふわふわした白い垂れ耳を揺らしながら大きめの袋を渡す。
「私からは、二人にね。本命はルキオだから」
袋の中にはお菓子の詰め合わせのようなものが入っているらしい。
本命というのはよく分からないが受け取っておいたロルフである。
「あんた、あんなのとまだ付き合ってるの?」
「あの、本当にいい子なの、ちょっと暴走しちゃうところもあるけど、根は良い子で……」
「『根は良い子』なんて、全体見れば嫌なやつって事じゃない」
「うっ……」
背後に乙女の姦しい言い合いを聞きながら、ロルフは一人『猫の目屋』へ帰る事にした。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「あ、おかえりなさい。」
ロルフを出迎えたミツバが顔を出したのは、何故か宿の厨房からだった。
「僕もすぐに上がりますから、手を洗って部屋で待っててください」
宿の主人に借りたのだろう、赤白チェックのバンダナを頭につけ、何やら頬を煤で汚している。
少し汗ばんだ顔でにこりと笑って迎えられ、突然の動悸に胸を押さえるロルフである。
*****
「はぁ、竃ってあんなに熱いんですね」
言いながら部屋へ戻ってきたミツバの両手にはお盆が乗せられ、その上には焦茶色の何かとお茶が乗せられていた。
「チョコレート、貰えました?」
テーブルにその焦茶色の何かとお茶を置きながら、ミツバが訊いてくる。
「ちょこれーと?」
聞き覚えの無い単語だが、貰うと言えば受付で貰った箱だろうかと鞄の中から箱と袋を出す。
「ああ、ジェシカさんとタニアさんのですね。他の子は渡し損ねちゃったのかなぁ……」
箱を見た男は訳知り顔でそんな事を言う。
他にも渡したがっている人が居たとは気付かなかった。
「なんだ、今日は記念日かなんかだったか?」
こんな風に大勢から物を渡されるなど、覚えがないロルフは、大きく首を傾げた。
その様子が本当に大きな犬みたいだなあと思われている事などロルフは知らない。
「日本……僕の国では女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日なんです。……あ、僕がこっちに来る頃には『世話チョコ』とか『友チョコ』なんて言って、男女関係無くチョコレートを渡す文化に変わってたみたいですけど。……それを少し前に言ったら女の子達が盛り上がっちゃって、ギルドの開発部も巻き込んでチョコレートを開発する事になりまして……」
「開発……」
それはもはや無から有を生み出す作業なのでは、と思ったが。
「『ニガミヤシ』って知ってます?あの、硬くて中身も苦い木の実」
「ああ、気つけになるのは分かってても苦過ぎて人気の無いやつな」
「あれを砕いて蜂蜜や『アマミユキシダ』から作った砂糖と混ぜてみて……途中からは開発部の方に丸投げだったんですけど、無事に美味しいものが作れたと数日前に連絡がありまして。……一応、今日から一週間くらいは『バレンタイン』の名前でチョコレートを売り出すらしいです」
日本だとバレンタインの前数週間に売り出してバレンタインは渡す日だったのだが、開発がギリギリになったせいもあって今日から1週間ほどのお祭り扱いになりそうだ。
「ほぉん……」
言いながらタニアのくれた箱を開けると、中には花やハートの形の茶色いものが一粒ずつ並んでいた
「へえ、洒落たもんだな」
おそらくひとつひとつ型にはめて作るのだろう。造詣も細かい。
一方、現代日本のチョコレートを見慣れた三葉からすると、そのチョコレートは少し粉っぽく見えた。
改めて、日本のツヤッとしたチョコレートは高い技術の上に成り立っていたのだなと感心してしまう。
しかし材料も同じではないので、作り込んだところで日本のものと同じツヤツヤで蕩けるようなチョコレートが生み出せるのかどうかは謎である。
三葉自身も、以前見たテレビでチョコレートの作り方はふんわりと知っているが、本職のパティシエというわけでもない。
ついでに言えば美味しいチョコレートをどうしても食べたいと熱を燃やすほどのチョコレート好きでもないため、細かい作り込みは他の人に任せたいのが本音である。
などと言いつつ、美味しいチョコレートを食べたい女性陣と良いものを売りたい開発陣とに嘆願されて覚えている限りのチョコレート知識の提供を求められるのはこの後の事なのだが、三葉には知る由も無かった。
「食べてあげたらどうです?ロルフのためにタニアが選んだものですし」
声をかけながらお茶を差し出すと、見慣れぬものをしげしげと眺めていたロルフはふむと頷いてウサギの形のチョコレートをひとつ、ぽいと口に放り込んだ。
ボリ、ゴキン。
口の中で思い切り噛み砕いた音がして、三葉は彼の容赦の無さに心の中でそっと手を合わせた。
もっと大事に食べてあげてくださいよ……。
最初はなかなか派手な音がしたチョコレートだったが、その後は体温で無事に溶けたのだろう。
もっもっと咀嚼する仕草のロルフの口から固そうな音は聞こえてこなかった。
「ふぅん、面白いな。溶けて消えた。かなり甘いが、疲れた時には良さそうだ」
「そういえば、元は非常食でもあったと聞きましたね」
溶けないように工夫さえすれば、冒険者達に非常食として売る事もできるのでは……などと頭を働かせてしまうあたり、三葉もすっかりギルド職員である。
ジェシカから貰った包みの方は、開けると中にクッキーやチョコレートの入ったアソートタイプのお菓子の包みだった。
ちなみにクッキーは元々こちらの世界にもあるお菓子である。
名称は頑張ると『テフカ』と聞こえる気がするが、脳内の翻訳機能が強くクッキーという名称を押してくるので、もうクッキーとして認識している。
「これはお前と二人にって言ってたぞ。ルキオ?とかが本命?なんだと」
「ああー、なるほど……」
ロルフは名前など忘れているかも知れないが、ルキオはミツバを倉庫に閉じ込めてくれた男である。
大きな騒動の根本的な原因となったわけだが、確か謹慎処分で反省を促すに留まったはずだ。
三葉の分もあるとのことで、二人でクッキーとチョコを摘む。
どちらも少しパサパサしているので、合間にお茶を飲むとちょうど良かった。
このお茶も元々この世界にあったもので、紅茶と中国茶の間のような風味がするのである。
「……で?これは?」
テーブルに置いていた皿の上から、ロルフが茶色の塊をひょいと取る。
チョコレートに似ているが、何やらもっと甘い匂いがする。
「あ、それはキャラメルと言ってですね。……えーと、砂糖とバターを混ぜて煮固めたものです」
今部屋に持ってきている分は、帰ってすぐに作ったのだが、それを見た宿の主人が作り方を教えてくれと言うのでロルフが帰るギリギリまで同じものを作っていた次第である。
日本の普通のキッチンとは違い、竃の火は熱くて厨房はサウナのようで、少しいただけでも汗だくになってしまった。
「あんた、こんなの作れたんだな」
ロルフは感心しながら一つ取って口の中へ入れた。
少し硬い感触のそれは、舐めるうちに次第に柔らかくなり、歯を立てると不思議な感触がする。
「娘がお菓子作りにハマっていた頃があってね。火の前に一人で立たせるのは怖いから、手伝ってたんです」
言いながら三葉も自分で作ったキャラメルをヒョイと取って口に入れた。
練乳などは無いので素朴な味になったが、これはこれで悪くない。
お茶がよく合った。
「それにしたって、なんで急にキャラメルなんか作ったんだ?」
ロルフの知る限り、三葉が料理などしていたことは無いはずだ。
このキャラメルを見ればできないわけではないのは分かるが、それにしても突然である。
「えっ、いえ、その……」
それほどおかしな質問をしたつもりは無かったが、ぴゃっと肩を跳ねさせた三葉は指先をいじいじさせて視線を泳がせた。
ひと休みして引いていたはずの紅潮と汗がまた顔に出ている。
「……いや、僕は男ですから、チョコレートをあげるのもおかしいかなと思って……」
新しいキャラメルを咥えていたロルフは、ポカンとしたあまりそれをウッカリ落としそうになった。
慌てて口を閉じる。
つまり、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる祭典に。
男だからチョコレートをあげるのはおかしいかなと思って、キャラメルを作ったのだと。
「誰に?」
「へ?」
「このキャラメル、誰にやりたくて作ったんだ?」
ロルフの頭の中は真っ白で、上手く情報が入って来なかった。
自分の口の中にあるキャラメルの味を認識しつつも、大事な情報を本人の口から聞かずに早合点するわけにはいかないのだ。
「えっ、そっ……、……、……」
それはもちろん、と、三葉は言おうとしたのだと思う。
しかし、その焦茶色の綺麗な目がロルフの視線とかち合って数秒。
じわわわ、と朱の上った顔で勢いよく立ち上がると、テーブルの上にあった皿をガバリと抱えてしまった。
「ち、違いますから!これはただ、チョコレートばかり食べるのも飽きるかと思って、自分のために作っただけですから!」
甘いものばかりで飽きるのならば、通常は作るのは塩っぱいものや味の薄いものだろう。
それを手間暇かけてより甘い菓子を作ってしまった自分の心理を、三葉はまだよく分かっていないらしかった。
「なんだ、あんたも貰ってんのかよ」
「そりゃあ貰いますよ。僕は開発部の人とも仲良しですし、職員には女性が多いんですから」
「な、仲良しってお前、まさか」
「何言ってるんですか、こんなオジサンに本気でくれる人なんかいるわけないでしょう。全部義理チョコです。お歳暮みたいなもんですよ」
「分かんねぇだろ、そんな事」
そしてお歳暮とは何なのか。
「ロルフこそどうするんですか、タニアさん。あんなに綺麗なチョコで、本命でしょう、これ」
「そんなのはどうでも良いんだよ!おい、いつまで皿かかえてんだ、俺にも寄越せ。そっちが良い」
「だ、ダメです!自分用に作ったんです!」
「もう食ってんだから2つも3つも変わらねえだろ!こんな美味いもん食わせといて取り上げてんじゃねぇよ!」
部屋の真下にある宿の管理室で。宿屋の主人セルゼルは、今日は一段と騒がしいなーと思いながら新聞を読んでいた。
新しい祭典『聖バレンタインの一週間』は、男性の告白を待つばかりだった女性達に勇気を与えるイベントとして、初日から大盛り上がりであるそうだ。
バレンタインディ番外編です。
時系列は三葉さんが遭難して帰ってきた後だと思ってください。
糖度が上がって(?)いますが、未来の話ということでよろしくお願いします。
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