手伝い
「さて、捻挫した左足も時間も経ったし、そろそろいいだろう。足を上げてくれ」
「あ、あぁ……」
そう言われサリアは川から捻挫した左足を川からあげる。
「さてと……」
荷物の中からタオルとテーピングを取り出しタオルで水分を拭いていく。
捻挫は具合は軽度だった。教わった処置でテーピングで少しきつめに圧迫する。
ケガの治療も知り合いの医者の先生に教わったやり方だ。
専門的ではないが軽い針ツボ治療、整体術や少々奇怪な治療も出来る。
異世界の人間といえど根本的には身体の構造は同じだと先程確信した。
あまり異世界人と関わらないようにするつもりだったが関わってしまった。
しかし彼女達は自分には無害だろう。
自分に害を加えないのなら友好的に接するべきだと考えている。
「さて応急措置はしたから君達の村に向かおう。」
荷物を背中に背負い立ち上がり、サリアを横抱きに慎重に丁寧に抱き上げる。
横抱きとは世間でいうお姫様抱っこの事だ。
森から川までそして今もサリアをお姫様抱っこしている。
男に間違えられるサリアも女なので恥ずかしいそうに迅に言う。
「あたしを気遣ってくれるのは、ありがたいんだが、やはりこの格好は恥ずかしいのだが……」
「仕方ないだろ。後ろに荷物を背負ってるから空いているのは前しかないんだ」
「頼むこの格好は恥ずかしい……。ルジーかラナンに荷物を持たせて、おんぶにしてくれ」
「訳があるんだよ」
捻挫をした場合内出血を防ぐために足を心臓より高く上げる。
お姫様抱っこといっても少々違う。
右腕はサリアの上半身を抱えているが上半身は水平にして左腕は足を抱えているが内出血しないように心臓より高い位置にしている。
「ラナン君。網と寝袋と外套を軽く洗って運んでくれ。
ルジー君はサリアの防具一式を持ってくれ。タリナちゃんはサリアの剣をもって道案内を頼む」
「あいよ!」
「はい」
「了解っス」
迅が3人に指示を出したのには理由がある。
働いている人間なら分かると思うがやる事がないというのは本当に暇でつまらない。
中には苦痛に感じる人間だっている。
仕事が出来る人間は自分で何をすべきか考えて仕事をするし仕事でやる事がないなら自分でやる事を探して仕事をするだろう。
だが彼等はまだ15歳前後だから、まだ分かる訳がないと思い迅は指示を出してお願いした。
先程は荷物を持ち運ぶようにお願いしたがハッキリいってかなりの重量だ。
水や食料、携帯用浄水器、救急箱、寝袋、投げ網、異世界で金が必要になった場合の換金物、その他諸々ザックに20キロ近く入っている。
サリアを抱えているとなると全体に80キロ前後の重量だが問題はない。
30キロ近い装備をして山や道を20km以上歩いたり走ったりする部隊もいる。
50キロの荷物を持ち山を登る人間もいる。
80キロの物を持ち走る人間だっている。
だから人間だって恐ろしいと迅は常々思う。
「よし。行こう。」
と、それぞれが荷物や人を持ち進む。
迅に横抱きされたサリアは迅の顔を見て考えていた。
自分でシルバーバックなんて言っていたが精悍を表す逞しい顔立ちだ。
だが、イノシシと格闘していたこの男の眼は猛禽類のような鋭い目つきをしていた。
気になる事もある。
(何故この男は自分達と違い潰れた耳や鼻をしているのだ?鼻は殴られたのか?それとも自分の知らない遠い国の人間は、こんな耳や鼻をしているのだろうか)
そしてさっきからこの男は自分や荷物を持っているのに顔色一つ変えていない事に気付く。
「なぁ……。あたしは重いだろ?無理しなくてもいいぞ」
鎧が重いなんて言ったが自分は妹のタリナと比べて身長がある分重いだろうと思っている。
「そうだな。川へ運ぶ時は重たかったが今は軽い。やはり防具が重たかったのだろう」
防具といっても軽装備だ。そんなに重たくはない。
(この男は、あたしの事を気遣っているのだろうか?)
ルジーやラナンもそうだが男の知り合いはまるで男友達のように気兼ねなく自分に接してきた。
こんな自分が男にこんな横抱きをされたのはいつ以来だったか思い出してみる。
子供の頃に近くの林で遊び疲れたサリアは今は亡き父親に抱き上げられた事を思い出す。
妹のタリナは年相応に平均的な身長だ。自分より20㎝くらい低い。
妹と同じくらいの歳に自分はいつの間にか背が伸びた……男と同じくらいに。
町に行けば男とはいつも肩を抱いて酒を飲んでいた。
(この男は身体は筋肉質で本当に背が高い奴だな。この男と並んで歩けば、あたしも女に見られるだろうか?)
そんな事を考えていると妹が口を開く。
「どうしたの姉さん?黙りこんで?」
「い、いや何でもない。」
「分かった!小便だろ?」
「もう少しだから我慢スよ。」
「違う!」
サリアは怒り出す。
おそらくサリアはトイレではないと迅も察している。
そして少年達に思った。
(……ルジーにラナンよ……。サリアと付き合いが長いから気兼ねなく言ったつもりだろうがお前達もいずれ女の子と付き合うと思うから後で教えておいてやろう。今のこいつらだとデートの時女の子にトイレに行ってこい、なんて言いそうだが付き合いの短い女にそんな事は言うなよ……)
女には、さりげない気配りをしなくてならないと、迅は思っている。
いろいろな会話をしていると小さな村が見えてきた。
「サリアも嫌でキツイかもしれないがもう少し我慢してくれ」
「そんな事は……ないぞ」
「抱っこされるのは恥ずかしかったんじゃないのか?」
「姉さんは男の人にそんな事された事ないから、嬉しいんですよ」
「タリナッッ!!」
妹に指摘されたタリナは声を荒げる。
「ほう……。ゴリラではなく男として見ていてくれていたのか。そいつは嬉しいかぎりだな」
からかう様に迅も言う。
そんな雑談をしている内に村の入口に到着する。
40世帯くらいだろうかサリアの言葉通り村人は農耕や牧畜に勤しんでいる。
「タリナちゃん。サリアを早く寝かせたいから親御さんに事情を説明してきてくれ。」
驚くと思うが事前に話しておかないといけないだろう。
やがて家から大慌てでサリアとタリナの母親らしき人物が出てくる。
「サリアッッ!!!」
年齢は40前後くらいだろうかサリアやタリナの面影のある、背の低くて髪の長い若干口元や目元に皺のある女性。
娘のサリアを見るなり近寄ってくる。
「サリア!あなた大丈夫なの!?」
「少しケガをしたが生きてるよ、母さん」
「サリアもタリナもルジーもラナンも今朝からいなくなったと思ったら、あんた達は本当に無茶ばかりして……」
母親は今にも泣きそうだが、このままでは仕方ないので切りだす。
「奥さん。お嬢さんは腰と足をケガしています。寝かせてあげたいのですが、お邪魔してもよろしいですか?」
背の低い母親はサリアを抱えた迅に圧倒される。
「えぇ……どうぞ」
「お邪魔します」
サリア達の母親に案内され家に入る。
「……こちらです。」
部屋に入ると女の部屋にしては殺風景な部屋だなと思いつつサリアを慎重に丁寧にベッドに寝かす。
「……すまない」
「気にするな」
「あ、あのぉ……」
母親が話しかけてくる。
「はい。何でしょうか?」
「迅さんでしたか?。娘達を助けていただいたようで、お礼が遅れて申し訳ありません。本当にありがとうございました」
母親は迅に頭を下げる。
「頭を上げて下さい。私はそんなたいそうな人間ではありません」
あれは自分が勝手にやってしまった事だ。
「奥さん。聞きたい事があるのですがイノシシの肉は食べれますか?」
「えぇ……。イノシシ肉は美味でおいしいですが」
(イノシシが美味なのはこちらも同じらしいな)
「イノシシの肉はすぐに調理して食べますか?それとも何日か川に浸してそれから食べますか?。」
文化や風習が違うから聞いておかなければならない。
「私達の地方ではすぐに解体して食べますがそれが何か?」
この地方の人間はそうするらしい。
「森に放置してありますので持ってこようと思います。ザルと……この村にはロバがいました。お借りしても?」
「そんな事をして頂かなくても……」
命を無駄にしてはいけませんと迅は主張する。
「それなら交換条件といきましょう。私はイノシシを持ってきますので調理をお願いします。食べれるのならこの村の食糧にしましょう」
「母さん。この人は勝手にイノシシの駆除に割り込んだり、あたしのケガ治療してくる男だ。おそらくロバを貸さないと森からイノシシを引きずってくるぞ」
迅の言葉を聞いた母親も感じていた。
この男はやると言ったらやるタイプの男だ。
「……分かりました。他の者にロバを貸すように言います。料理は腕を振るいますのでよろしくお願いします」
家を出て迅はロバを眺め思う。
馬は貴族や騎士の乗り物で馬は速さや力強さが強い。
故に戦争などでも古来より利用されてきた。
しかし馬はグルメだから餌代がかかる。
対してロバは粗食で適応力があるし乗馬しやすい。
かのナポレオンも馬ではなくロバに乗っていたとの記述もある。
更にロバのミルクは栄養が高い。
ロバはいいとロバを見ながら笑う。
ロバは大陸より日本に渡ってきた記録もあるが、なぜ古来より馬ではなくロバが日本で飼育されなかったのか不思議がられるほどだ。
村の外でルジーとラナンを見つけたので声をかける。
「今からロバを借りて倒したイノシシをこの村に運ぶ。3頭目と言っていたので残りの2頭は分からないから案内と手伝いをして欲しい。」
迅の提案に2人は快く引き受けてくれる。
2頭のロバを引き連れ2人の案内で迅と会う前に倒したイノシシ2頭のところに進む。
最初に迅が見たイノシシより小さく、体重は70~80キロぐらいか、両肩に2頭担いで持って行く。
「すげえ怪力だな」
と2人に言われたが古来では戦で馬を担いだ人間だっているのだから恐ろしいと思っている。
「村に運ぶ前に川で解体する。他の2頭も川に運ぶから先にこの2頭を川で洗っておいてくれ。」
2頭を川まで担いで運び残りの2頭も1頭ずつ背負って川まで運ぶ。
川で洗われたイノシシを素人なので下手だが解体をやってみる。
洗い終わった後は解体をする前に血抜きをしなければならない。
血抜きを上手くやらないと臭味が出てしまうからだ。
倒してから少し時間が絶っているが仕方ない。
川の流れる方向に頭を向けナイフで心臓あたりをナイフで刺し血を抜く。
血を抜くまで少し時間があるので2人の少年にどうして冒険者になりたいか聞いてみる。
今後標的が若い冒険者なら歳の近い少年達の意見を参考にした方がいい。
「そりゃ強くてカッコイいいし、金も稼げるからさ」
牧畜や農耕では、やはり大変なのだろうか?と思っていると違う返答が返ってきた。
「あと有名になれば女にモテるしな!。街には綺麗でスタイルのいい子ばっかりだしな」
(……おそらくこれが本音じゃないか?……まぁ男なら誰だってそうだ。15前後の年齢など女の事しか頭にないだろう)
それは過去の自分を見ているようだった。
男というのは年齢を重ね過去を振り返り思う事がある。
男は若い時はバカをやる。
そして若い頃は馬鹿だった、未熟だなと思い返し反省しながら成長していく。
(……少しこいつらに教えてやるか)
「女にモテたいんじゃなくて、ただ女と、やりたいだけなんじゃないのか?」
迅の問い掛けに2人の少年は黙る。
「別にそれは悪くはない。年頃の男なんて皆そうだ。だけど今のおまえ達は絶対に女に相手にされないぞ」
「どうしてだよ?」
少年達の問い掛けに30年生きた男は答える。
「女ってのは、おまえ達が考えている以上に大人なんだよ。大人が子供に惚れると思うか?」
男は子供のままじゃ、いつまで経っても女に相手にされない。
「女にモテたいのなら、いろいろと経験して時には失敗して学んで大人にならなきゃならない。」
男が大人になるのは難しい事だ。
だからこそ大人になるには学んで考え成長しなければならない。
「勘違いするなよ。男は童貞を捨てたからって大人になれるって訳じゃないぞ」
他にも少年達に少し教育(?)した後血抜きされたイノシシを捌く。
「君達の地方の人間はイノシシの内蔵は食べるのか?」
「燻製にしたり煮物にして食べるけど」
「そうか分かった」
イノシシの内蔵は穴を掘って埋めるという人もいる。
「解体は出来るか?」
「俺達は山育ちだから問題ないっス。」
全てのイノシシを仰向けにして内蔵を傷つけないように腹を切っていく。
そして剣で傷が付いていない内蔵の部分をよく洗いザルに入れる。
「内蔵だけ先に運んでおいてくれ。」
そうお願いしてロバの背に固定したザルを少年達を運ばせる。
先程、皮や骨や牙も生活品として使用するのか?と聞くと全て使うらしい。
「さて……皮を剥いで骨を外して解体するとなると、もの凄い労力と時間がかかるな」
(今は時計で昼前だが夕暮れまでに終わるだろうか……)
汚れた上着を脱いで洗い日に当てて干しておく。
1人で捌いていると少年達が村人を連れて戻ってくる。
どうやら昼飯の差し入れと手伝いに来てくれたらしい。
村人の年齢40以上の人々ばかりで本当に若い奴がいないな……と過疎化だなと村人を眺める。
人数が増えたおかげで村人と協力しながら何とか夕暮れまでに解体を終わらし村に運ぶ。
村では女や老人衆が調理をしていたので迅も調理に加わる。
持参した調味料と野菜を使わしてもらいイノシシ料理を作る。
「それがオッチャンの国の料理か?」
「そうだ」
村人も迅の作る料理に興味津々で不思議がっている。
迅が作ったのは【豚汁】と【味噌煮】だ。味噌は臭味を抑える効果もある。
おそるおそる村人も迅の料理を食べる。
「美味いな!」
と、あちこちで賞賛の声を聞き迅も口に合わなかったらどうしようかと思ったが「美味い」……と聞き安心した。
迅の作った料理は異世界人にも思いのほか好評だった。
村人全員にイノシシ料理は行き渡ったが迅は皿に盛った味噌煮と豚汁を動けないサリアに持って行く。
母親に介抱されながらサリアもイノシシ料理の食事を取っていた。
「口に合うか分からないが作ってみました。奥さんも良かったら食べてみて下さい」
「これは、あんたが作ったのか?」
「そうだ。【味噌煮】と【豚汁】と言う」
やはり初めて見る料理には戸惑いを隠せないようだが、おそるおそる彼女達も料理を口に運ぶ。
「これは不思議な味ですが美味しいですね」
「初めて食べる味だが美味いな」
1人暮らしの男は外食ばかりではない。
迅だってキチンと自炊している。
「迅さんも外で私達が作った料理を召し上がって下さい」
「はい。それでは、ご馳走になりますので失礼します」
迅が部屋を出た後、母と娘が迅について話し出す。
「サリア。迅さんて身体も大きくて強面だから怖かったけど紳士的で良い人じゃない」
「そうだな。イノシシを殴り飛ばしたり他人のケガの治療をしたり、村まで運んでくれたりイノシシの解体をしたり、料理までするし、むしろ変な人だな」
「サリアがケガしたと聞いて驚いたけど、あんたが抱っこされながら男の人を連れて来たのも、母さんは驚いたわ」
「そ、そうか?」
「そうよ。あんたは冒険者の男と酒の飲み比べしただの。家計の為に働いてくれる気持ちは嬉しいけど、土産に酒ばっかり持って来て村の人に配ったり、もう20でそろそろ嫁入りの歳なんだから相手見つけて欲しいのよ。迅さんも独身なら腕力もあって解体も料理も出来て、よく働いてくれそうじゃない?」
「……母さんにその気があっても、あの人は無理だと思うよ」
「どうしてよ?」
「あの人は都市に用事があるんだ。同じ国の人間を連れ戻すと言っていた。明日には旅立つだろう」
「はぁ……。せっかく、あんたにも良い人が見つかったと思ったのに……」
母親は残念そうにつぶやく。
村人の郷土料理を食べ終えた後、再びサリア一家に呼ばれたので家に入る。
「ご馳走様でした。イノシシ料理とても美味しかったです」
母親にお礼を述べる。
「迅さんの味噌煮や豚汁と言う料理も美味しかったです。お料理、お上手なんですね」
「30で独り者ですので多少料理が出来るだけです」
「まぁ!その年齢で独り身なんて勿体ない。そろそろ身を固められては?」
「そう思うのですが、私自身も片付けなくてはならない仕事が多いで……」
物語の数だけ転移者や転生者はいるだろう。
だから片付けなくてはならない仕事は山程ある。
「お忙しい身なのですね。ところで迅さん」
「はい。何でしょうか?」
「娘達が大変お世話になりました。今晩は是非、我が家に泊まっていって下さい」
「女性ばかりの、お宅に私のような男が泊まるなど、とんでもないです」
料理を食べている時にタリナから聞いたが、この家は父親が亡くなっており女性だけの一家なので、それは遠慮したい。
「なんだ。あたしの事も女として見てくれていたのか、そいつは嬉しいかぎりだな」
先程、からかわれた仕返しとばかりにサリアが口を挟む。
「それなら女として見ているから喜んでいいぞ」
軽く受け流す。
「ご遠慮なさらず。空いてる部屋がありますので、そちらにどうぞ」
別室ならいいか。
「ありがとうございます。それでは今夜一晩、お世話になります。」
母親に案内された部屋に入り荷物をおろす。
「奥さん。こちらの地方はあまり詳しくないので、お尋ねしたい事がありますがよろしいでしょうか?」
「はい。私でよければ」
居間に通され椅子に座り母親と会話し、この世界の情報を聞き出す。
「この地方の事を教えて頂き、ありがとうございます」
1時間くらい話したところで、お礼を述べる。
「迅さんの国も興味深いところですね。お話が出来て面白かったです。もう夜になりましたので、お休みなさい迅さん」
「ええ。お休みなさい」
電気など無いので暗くなれば寝てしまう。
貸してくれた部屋戻ると来客用の為なのかベッドがあるがベッドに横になり寝たりはしない。
寝袋は持ってきたが野宿などすれば、寝込みを獣や野盗に襲われる可能性もある。
横に寝れば熟睡してしまいそうなので、腰を下ろして壁に背を傾けて座って寝る。
「物音で起きられるように訓練をしておくか……。油断は出来ないな。いついかなる時でも……」
心地良い風を受けながらも、異世界では安心して寝られなどしなかった。




