遭遇する物と者
迅が転移したのは見渡す限り山ばかりの場所だった。
「ここからスタートなのか……。」
落胆する。一応道らしきものがあるが人っ子一人いない。
「さて……どうしたもんかな。」
そんな事を言いながら荷物の中から単眼鏡を取り出し覗いてみるが手がかりになりそうな物はない。
「高いところから見れば少しは分かるかな。」
山といっても小高い山だ。
登るのには苦労しそうにはなさそうだと思い道から外れ山を登ると単眼鏡で見渡す。
(……この世界にも磁界はあるのか)
方位磁針付きの腕時計で方角を確認する。
西方向に距離にして10キロくらいだろうか?少し開けた場所に小さな集落らしきものを発見する。
「とりあえず、あそこに向かうしかないか」
山を下り進路を西に進む。
個人差もあるが人間の歩く速度は時速4キロほどだ。ならば2時間半くらいで着くかもしれないが、ここは舗装などされていない山道で荷物を担ぎながらとなると体力の消費は増すだろう。
集落で人口の多い町を聞いて情報収集のため町に向かうとしても一日で行けるかどうかも分からない。何日も歩かなくてはならないかもしれない。
何日もかかるとすると問題は食料だ。水や保存食などは荷物に入っているが現地調達が好ましい。
しかしナヒヤの世界の知識がない以上食べられる植物すら分からない。ならば最低でも水が欲しいと思った。
2時間くらい歩いただろうか、どこからともなく水が流れる音がしたので向かうと幸運な事に川が流れていたので迅は川に近寄る。
「少し喉が渇いていたから助かったな。」
しかし、いきなり川の水を飲むのは危険である。
綺麗に見えても川の水に何か病原菌などが含まれているかも知れない。
荷物の中から携帯用浄水器を取り出す。
災害時に必要だろうと買った物がこんな形で使うとは思わなかったがサバイバルでもするなら安全な水の確保は必要だ。
携帯用浄水器に川の水を入れ、ろ過された水を飲む。
「うまいな。」
少し喉が渇いていた事もあって水を飲み干す。
よく見れば川には魚らしきものがいるが元の世界では見たこともない魚だった。
「よし!食ってみるか。」
荷物から網を取り出す。
網と言っても魚を取る専用の網ではない。
農作物や朝に出すゴミをカラスから守る網だ。
商店街で買いに求めたが無かったのだ。
代わりとしてあったのがこの網だ。
少々調整して投げ網用にした。
川の水面には20センチくらいの魚が3匹ほどいる。
魚に向かって網を投げ、そして魚を逃がさないように魚を網の中央に集め生け捕る。
川にある石を集め釜代わりにして燃えそうな枯れ木を石の真ん中に集めてライターで火を着火する。
ライター無しでも火をおこす方法はあるがやはりライターがあると便利だ。
腰のベルトに装着したサバイバルナイフで魚の内蔵を取り出し生木を魚に突き刺し持参した塩を振り火で焼く。
(加熱するば、殺菌も出来るだろう)
「1匹は食べて残りの2匹は保存食にするか。」
2匹を保存食として包むと残りの1匹を頬張る。
「意外と美味いな。」
異世界の魚を食べ少し休憩した後、迅は再び集落を目指し歩き始めた。
歩いていると道から外れた少し遠くの場所から聞こえる物音に思わず足を止める 。
迅は異常に聴力がいい。
これは与えられた『スキル』ではない。
仕事は耳でやれ!と常々教わってきた。
耳でやれ!。つまり物音を聴いて今どのような状況かそして何をやっているか音で判断しろと言うことだ。
うるさい工事現場では普通の人間は喋ってもなかなか聞き取れない。
こんな環境なら普通の人間なら聴力が落ちるかもしれないが何を言っているか理解出来ないと社長や先輩方に怒られるので常に耳に神経を集中して仕事をやってきた結果、聴力が異常によくなった。
ついでに話さなくても身振り手振りでも、だいたい何が言いたいか分かるようになった。
耳に神経を集中して聞くと人の声が聞こえてきたので迅は注意深く声の方向に進む。
友好的な人間ならいいが、そうとは限らない。
何せここは異世界。
世界一安全な国と言われる日本とは違うのだから。
道から外れた森に入ると迅は単眼鏡で確認する。
視界に入ったのは10代くらいの少年2人と少女が1人そして20代前半の女性1人だった。
「こんなところでピクニックって訳じゃなさそうだな……」
彼女達の身なりを見れば軽装備だが剣を握り鎧も装備している。
盗賊?密猟者?分からないので木に隠れ、遠くから様子を窺う。
声がはっきりと聞こえてくる。
「正面はあたしが受け持つ!お前達は後ろから攻めろ!。」
20代前半の女性が指示を出し叫んでいる。おそらく彼女が4人組のリーダー格なのだろうと思った。
そしてよく見れば全長1m50cmくらいだろうか、元の世界のイノシシ似た動物が彼女達に囲まれている。
イノシシはリーダーに向かい突進するが彼女はヒラリと突進をかわし、剣でイノシシを斬りつけた。
再びイノシシの正面に立った彼女はイノシシを突き刺す、突き刺され動きが止まったイノシシを背後に回っていた少年達がイノシシを後ろから斬りつけ、突き刺す。
斬られ突き刺さたイノシシは少し痙攣したあと絶命した。
見事な連携だと迅は感心する。
「繁殖期に増えたイノシシもこれで3頭目っスね。リーダー」
少年の1人がリーダーの女と話を始めた。
「あぁそうだな。奴らは畑は荒らすし好戦的で他の動物にも喧嘩をふっかけるから生態系が崩れてしまう。だからもう少し駆除しないとな。」
話を聞いた迅はもしかしてイノシシの駆除を受けた者達なのでは?と思った。
それなら話は通じるかもしれないが、しかしこんなところで盗み聞きしているのがバレたら確実に怪しまれるだろう。
出会うなら先程の道とかで偶然会ってしまったほうが自然だ。
バレないように道に戻ろうとした時に彼女達の後ろの草木がガサガサと動く。
何か黒い物体が出てくる。
よく見れば、それは先程倒されたイノシシと変わりないが違うのは大きさ……。
おそらく全長2m50㎝くらいはあるだろう体躯をしている。
リーダーの女はイノシシに背を向けた格好でまだ気付いていない。
大声で叫んで知らせようかと思ったが彼女達の内の1人が気付き全員がイノシシに振り向く。
「なんて大きさだ……。」
その大きさにリーダーの女は驚くが、彼女はすぐ仲間達に指示を出す。
「さっきと同じだ!囲んで倒すぞ!。」
リーダーの女の掛け声で全員武器を構える。
少年2人はそれぞれ左右に分かれつ背後に回り込もうとする。
「タリナは魔法で援護を頼む!」
女リーダーにタリナと呼ばれた少女は他の3人とは違い武器はナイフしかもっていなかった。
タリナは何やら呪文を唱えている。すると彼女の目の前に直径30㎝くらいの火の玉らしきものが現れる。
「なるほど……あの嬢ちゃんは魔法使いなのか」
迅はそうつぶやくと同時にこの世界にも厄介な魔法がある事を思い知らされる。
女リーダーとイノシシは睨み合っている。
イノシシは標的の女リーダーに突進しようとするが不意打ちのように火の玉が着弾する。
が……。イノシシがタフなのか少女の魔法が弱いのかイノシシは倒れない。
むしろ興奮し始め標的をリーダーの後方にいた少女に変更し少女目掛け突進する。
「タリナ!詠唱は中止して避けろ!」
間が悪い事に少女は2発目の呪文を唱えているところだった。
タリナは詠唱を即座に中止するが迫り来るイノシシに圧倒されて動けない。
「タリナ!!!」
女リーダーがタリナに向かって走り出しイノシシがタリナにぶつかる寸前に女リーダーがタリナを突き飛ばす形で少女を助けるが……。
ドガッッッ!!!!。
と鈍い音が響く。
イノシシの突進を左足に受けた彼女はまるで自動車と歩行者がぶつかったように吹き飛ばされる。
イノシシを舐めてはいけない。
イノシシの突進は危険で毎年死人すら出ている。
そしてその鼻は強靭で70キロの物体でも動かしてしまう。
「がっっっ!」
イノシシに吹き飛ばされた彼女は背中から木にぶつかる。
倒れまいと左足を地面につけようとするが挫いてしまう。
「くっっっ!くそ!」
幸いにも死んではいないようだが背中を木に強打し左足もケガをした彼女は動けないでいる。
「サリア姉さん!!」
少女が女リーダーの名を叫んでいる。
「くそが~~!!!」
少年達がイノシシに斬りかかろうとするがイノシシは声をあげる少年達振り向き突進する。
少年達は突進を避けるがイノシシの勢いは、凄まじく細い木にぶつかるが、お構い無しといわんばかりに木々をなぎ倒していく。
「ヒッッッ!」
少年達は恐怖を感じる。
仕方のない事である……。
目の前で人間が吹き飛ばされる突進を見れば誰だって恐怖する。
「お前達逃げろ!」
サリアと呼ばれたリーダーが叫んでいる。
リーダーは戦闘不能になり他の3人も恐怖で怯えている。
これではまるでチームとして機能しない。
(元の世界のイノシシは時速40キロで走るらしいから逃げろと言われても無理だろうな……。となると彼女のしようとしてる事は……)
「そんな事出来ねぇよ!」
少年の1人が叫ぶがサリアは言う。
「バカやろう!今のお前達じゃ絶対にあのイノシシに敵わない!あたしを見捨て逃げろ!」
そんな口喧嘩をしてる内にイノシシはUターンして標的を決めたのか突進しようとしてくる。
「逃げてくれサリア!!」
無理だと分かっていてもそう叫ばすにいられない少年達の悲鳴が木霊する。
イノシシは狡猾なのか一番弱った標的に狙いを定めた。
弱った標的はケガをして動けないリーダーのサリア。
サリアは眼を閉じ覚悟を決める……。
自分は殺す気で今まで害獣などを退治してきた……。
それは命がけの所作。
常に死も付きまとう……。
ならば自分も殺されるのも覚悟しなければならない。
イノシシがサリアに狙いを定め突進を始めたと同時に迅も荷物を放り出し走り出す。
彼女達が敵となる存在かは分からない。しかし目の前で死んでしまわれては目覚めが悪い。
(悟った様な顔しやがって!人間なら無様でも最後の最後まで足掻け!)
走り出すがこのままでは間に合わない。
迅は腰に装着した剣鉈を抜く。
剣鉈は草払い、ロープの切断、更には熊除けにといろいろな用途で使用される。
力を込め剣鉈を一直線に投げる。真っ直ぐに投げられた剣鉈はタイミングよくイノシシに突き刺さる。
僅かだがイノシシの動きが止まる。
「セイッッッ!!!。」
掛け声と共にイノシシの左半身にドロップキックをお見舞いする。
イノシシの体重は推定200キロ以上だろうか、迅の体重はその半分しかないが真正面に突っ込むイノシシに横から攻撃は効いたのかイノシシ醜い鳴き声をあげ吹き飛ぶ。
サリアは変な男の声と何かがぶつかる音に何事かと目をあける。
場にいる全ての者が状況を理解出来ない。
なぜなら風前の灯火のサリアに突進するイノシシを横から男がぶっ飛ばしたのだから。
イノシシは体勢を立て直しサリアにまた突進しようとするが。
それより早く迅はサリアを担ぎ上げ回避する。
「ちょ!っ何?誰だお前は?」
サリアは更に困惑する。
灰色の外套を着た男が自分を担ぎ上げている。
「ちょっとその盾借りるぞ。」
彼女をイノシシの攻撃の遮蔽物となりそうな大木の裏におろすと、迅はサリアの左手付いた盾を奪い取り右手に構えイノシシと対峙する。
「悪いなイノシシ野郎。お前が狙ってた女は美人だから、俺が横取りしちまった」
イノシシというのは雄に牙が生えている。
だからイノシシ相手にそんな事を言ってみる。
(……さてまさか獣と闘う事になるとは思わなかったな)
元の世界の常識が通用するとは思わない。何せここは異世界なのだからな。
迅はイノシシの怖さを知っている。
元の世界ではイノシシとはだいたいが豚が野生化したものだ。
豚はあんな体型だがかなりの筋肉質だ。
人間の体脂肪率は一般人がだいたい20%、少し鍛えている人間が15%、アスリートとなると1桁ぐらいとなる。
ちなみに犬猫の体脂肪率は人間と同じくらいだ。
では豚の体脂肪率は?。
よく太ってる人間が豚と言われるが豚の体脂肪率は10%から15%くらいなので、あの体型でその数値ならかなり筋肉質となる。
そして豚はとてもタフでもある。
牛を素手で殺した達人に憧れた格闘家が手始めに豚からと豚を素手で殺そうとしたが豚の顔面を殴ってみたが結果は豚は何食わない顔で平然としていたのだから。
この知識が役に立つとは限らないし、奴はもっとタフかもしれないと迅も思っている。
現に魔法で仕留める事は出来ず、人間を軽々ぶっ飛ばす力もある。
今度は迅に狙いを定めたイノシシは突進する。
体高は150㎝くらいかと思った迅は腰を下ろし拳を引いて構える。
「バカ!逃げろ!。」
サリアの声が響くがイノシシが迅にぶつかる寸前盾を右手に構えた迅は眉間をめがけて大振りパンチを繰り出す。
こんな大振りなパンチ、試合では絶対に当たらない。
しかし顔面を守る術もなく突進するだけのイノシシは違う。
金属と肉がぶつかる鈍い音が響き渡る。
迅のパンチは“カウンター”としてイノシシの顔面にヒットする。
打ち勝ったのは迅の右腕だった。
正面衝突したイノシシは後方へとぶっ飛ぶ。
迅の右腕には心地よい僅かな痺れが残るだけ。
突進するイノシシにカウンターパンチを喰らわす。
こんな馬鹿げた事は人間ならまずやらない。
やれば腕の骨が折れてその後イノシシに、ぶっ飛ばれて終わりだろう。
人間より頑丈な生物だったから出来た馬鹿げた芸等だった。
イノシシがぶっ飛んだのを好機とみた迅は追撃をかける。
身長差のせいでイノシシ相手には打ち落としのパンチになってしまうが脳天に何度もパンチやパウンドを叩き込む。
しかしイノシシに効いているのか分からない。
このままでは反撃の恐れもある。
「動きを封じるか。」
迅は背後に回り、後ろ脚を掴む。
人間には動物の牙や爪という武器もない。
だから人間は古来より狩猟の時武器を使用してきたが、迅には武器がある。
「私は握力だけには自信があるんだ。」
ゴリラの如き握力で相手の後ろ脚を強く握りだす。
イノシシは暴れるが後ろ脚を高く上げられたイノシシは前脚だけで立っている形となってしまう。
やがてミシ!ミシ!と骨が唸り声をあげる。
そして、イノシシの後ろ脚の骨は砕かれ粉砕する。
ブギィッッッと呻き声をあげたイノシシは上半身だけで暴れようとするが背後からしがみつき抑える。
イノシシにトドメをさすため先程投げ刺した剣鉈を抜きイノシシを剣鉈でメッタ刺しにして出血死を狙おうとする。
「ん……?」
……ふと少年達が視界にいるのが気付く。
少年達は迅とイノシシの格闘を固唾を飲んで見ている。
(彼等は狩人なのだろか?)
もし奴らがイノシシ駆除を受けた新米狩人ならこの先イノシシにトラウマを覚えてやっていけないだろう……。
イノシシの恐ろしさを理解しながら別の職業で生きていくのもいいだろうと思う。
しかし彼等はリーダーをやられイノシシに恐怖し自分達が無力なのは分かっただろう。
このまま何も出来ずに無様に終わる……。
それは男にとって恥ずかしい事だと迅は思った。
トラウマになっているならそれを払拭させる為には奴ら自身でトドメをささなければならない。
イノシシの胴体に足をクラッチして今度は前脚を両手で掴み関節と逆方向に曲げ一本ずつ折っていく。
鈍い音が響き渡る。
全ての脚を折られたイノシシは、もはや動けない。
(さて……。後は奴らに殺らせるか)
「兄ちゃん達!ちょっと手を貸してくれないか?」
迅は少年達に声をかける。
「え?」
2人の少年は同時に声をあげる。
「その剣でコイツにトドメをさしてくれ。」
突然の提案に少年2人は驚く。
「あ……はい」
2人は近寄ってくるが間近で見るイノシシにまだ腰が引けている。
そんな2人に対して迅は言う。
「1度だ!1度心を決めてぶっ刺せば後は簡単に出来る。この野郎があの美人な姉ちゃんに怪我をさせた時を思い出せ!兄ちゃん達はどう思った?」
この2人は確かに仲間を傷つけられ怒っていた。
「この野郎!よくもサリアを!。」
1人の少年がイノシシに剣を突き刺す。
それに影響されたのかもう1人の少年も剣を構える。
「サリアだけじゃない。お前だろ俺の爺ちゃんにも怪我させたのは!」
少年達は何度も何度も剣を突き刺す。
刺される度にイノシシは鳴き声を上げるがそれはやがて断末魔となる。
何度もメッタ刺しにされたイノシシはやがて痙攣し動かなくなった。
荒い息をする少年達に迅は声をかける。
「ありがとな。手伝ってくれて」




