居場所を求める男 転位者 宮橋了
朝というのは非常に憂鬱だと誰もが思うだろう。
学校に行きたくない、仕事に行きたくないと思いながら誰しも学校に行き会社に行く。
「今日も異世界か……」
目覚まし時計に起こされた迅は身支度を整え、車に乗り込み鈴香瑠衣の事務所兼住居に向かう。
瑠衣の住居は昨日は暗くてわからなかったがよく見れば綺麗で立派なマンションだ。
瑠衣は朝早くから外で待っている。律儀な事だ。
車を駐車場に止め、車から降りると瑠衣は出迎える。
「おはようございます。滝崎さん」
「おはよう」
瑠衣の挨拶に迅も答える。
「昨日の戦闘の傷の方はどうですか?」
「人間状態でも自分自身の生命力の強さに驚かされたよ……」
傷は完全ではないが治りかけている。幸か不幸かそのせいで休む間もなく仕事をさせられる。
「昨日の転移者の件はどうなったの?」
迅は尋ねてみる。
「あの後やはり家に帰り、叔母や単身赴任先からいなくなった息子のため戻った父親に何度も問い詰められたそうですが……」
「誰も異世界に行っていたなんて信じないだろう……おおかた家出していたと片付けられたのかい?」
「はい…」
「まぁ良かったじゃないか……。心配していた家族にもまた会えたんだ」
この世界の人間はこの世界の人間だ。異世界に関わるべきではないと迅も思う。
「そうですね、この世界の人間はこの世界で生きて暮らすべきですから」
瑠衣も答える。
しかしそれならば自分達は異質な存在だろうと2人は考えを同じくする。
「資料は、お読みになられましたか?」
瑠衣は話題を変える。
「確か名前は“宮橋了”で市内のアパートに住む23歳の独身男性で2ヶ月前に派遣先の工場を解雇されそこから行方知れずだと」
迅は標的を思い出す。
「それで調べてみたところ“ナヒヤ”と言う神の世界に転移してしまったみたいです」
「“ナヒヤ”の世界か……」
どんな世界かは分からない…昨日は早く標的が見つかったが広い世界で人間1人を見つけるなど途方もない事だ。
「ナヒヤの世界に行って探すしかないのだから行くとするよ」
迅と瑠衣は事務所に入る。
昨日は周りに人がいなくなったから良かったが異世界に行くところを見られたらマズいだろう。もし見られても目の錯覚で方付けられるかもしれないが極力避けるべきだろう。
「それではナヒヤの世界の入口を開けます」
瑠衣は昨日と同じように赤い『結び石』をかざし入口を作る。
「昨日も見たけど空間が歪むなんてやはり気味が悪いな」
その内慣れますよと瑠衣は言うが、まだ不可思議の現象とはやはり受け入れがたい。
「それでは滝崎さん、お気をつけて」
「あぁ行ってきます」
迅はそう言いながらナヒヤの世界に進んでいく。
「なんだッ!私の世界に変な奴が来やがった!。」
迅の存在を感知した者がいた。
ーー遡る事2ヶ月前ーー
男の名前は宮橋了高校を卒業後定職に付かず派遣社員と働きながら生計をたてている。
別にやりたい事があるからアルバイトをしながら働いている訳ではない……定職につきたいと思いつつも就職出来ずにいる。
勤務態度が悪い訳ではない、生真面目な性格だ。
しかし生真面目過ぎるが故に周りと上手にコミュニケーションが取れないのだ。周りからは根暗と思われている。
挨拶もキチンとするし、仕事もこなす、受け答えが出来ない訳ではない。
しかしどの職場でも男は孤独で浮いてしまう。
結局は仕事が出来る彼よりも周りからの受けのいい人間が好まれる。
男も自分が周りから快く思われていないことは分かっている……それでも宮橋了は仕事をしてきた。
しかしある日事件は起きた……正社員が起こしたミスを宮橋了のせいにされた。
自分はしていないと工場の工場長に弁明したがその工場長は了より正社員の事を信用した。
自分のせいだと周りの人間に思われ彼は嘘つき呼ばれされ彼は居場所を失った。
どこにも自分の居場所はない……怒りと喪失感が彼を覆う。
……いや元々居場所などなかったのだ。
そんな事を考えながら家に帰る途中“声”が聞こえた。
「浮かない顔をされてどうしたのですか?お兄さん。」
帰り道に声をどこからともなく声をかけられ彼は周りを見渡すが誰もいない。
……気のせいかと思い前を見ると先ほどまではいなかった少女がいた。
ビクッ!と男は驚く。
「こんにちは!お兄さん。」
と少女は声をかけてくる。
「あぁ……こんにちは。」
了も返事を返すがまだ驚きは隠せない。
少女の見た目は10歳くらいだろうか日本人ではなく西洋人のような顔立ちをしている、ハーフだろうか?
そう考えている了に彼女は声をかける。
「私はナヒヤと申します。お兄さんのお名前は?」
ナヒヤ?ミドルネームだろうか?と考える。
「俺は宮橋了と言います。」
名前を聞かれたのだから了も名前を名乗る。
「了さんですか。ところでお兄さんまるで死んだような魚の目をしてますよ。」
「死んだような魚の目……。」
まぁ確かに今の自分はそうだろう。
周りとも上手くいかず嘘つき呼ばわれされ職場で居場所のない自分はこの環境が嫌で嫌でしょうがない。
「お兄さんは仕事で疲れるといつもこんな感じなんだ。だから今日は早く帰って休もうと思ってる。もう暗くなってきたから君も早く帰った方がいいよ。」
了は歩き出し少女の横を通り抜けようとする。
「……つまらない仕事……」
横を通り抜けようとした時少女はつぶやく。
「……え?……」
少女の言葉に了は足を止めてしまう。
更に少女はつぶやく。
「つまらない生活、つまらない過去、つまらない自分、つまらない、つまらない、つまらない。」
(何を言っているんだこの子は?)
「……ねぇお兄さん、居場所がないんでしょ?。」
「……な!。」
「可哀想なお兄さん。何も悪くないのにお兄さんのせいにされて嘘つき扱いされて。」
「………………。」
まるで少女は全て知っているように話す。
「お兄さんには居場所がない……でも私はお兄さんを必要としてる居場所があるの」
「……居場所?」
「そう明るい職場で楽しい仲間もいる、そしてそこは常に人手不足でお兄さんのような若い人を求めてるの」
(俺のような奴でも必要とされているのか?)
「……俺は何のない取り柄もない男だ。優秀な人間じゃないよ」
彼は誘いを断り再び歩き出す。
「もし全てが嫌になったら私の名前“ナヒヤ”と強く念じてみて下さい。私はいつでも待っています」
少女は最後にそう言った。
変な子供だったなと思いながら彼は家に帰る。
翌日もそのまた翌日も彼は会社に出勤する。
すれ違う人々に挨拶をするが返事は返ってこない。
もう慣れた事だ。
黙々と仕事をこなす、それは誰も彼を相手にしないからだ。
ここにいる全ての人間が彼を否定している。
ミスを押し付けた正社員も自分が悪いなど微塵にも思っていないだろう。
何故ならもう正社員も彼のせいだと思っているからだ。
昼休み中の誰もいないロッカールームで彼は思った。
(クソみたいな会社にはクソしか居ない)
彼は自問自答する。
ならばクソに見下されている自分は?。
「……俺もクソなのか……?。」
もはやこんな場所はどうでもいい。
もしこんな自分が必要としている場所なら喜んでいこう。
彼はあの少女の事を思い出す。
必要ならあの少女は自分の名前を強く念じてくれと言った。
“ナヒヤ”と心の中で念じてみる。
何も起きない。
「……そんな事ある訳ないよな。」
すがろうとする自分がバカバカしいと彼は思った。
頭の中に“声”が聞こえてきた。
『もっと強く念じて!。』
「…………!?。」
『私の名前を強く念じて。』
頭の中に聞こえる声に彼は戸惑うが強く念じるしかないだろう。
“ナヒヤ!”とより一層強く念じる。
空間が歪み、歪んだ空間からあの少女が現れる。
「ご機嫌よう!お兄さん!」
「何なんだ……これは?」
何もない空間が歪む。
そしてそこから少女が現れる非常に不気味な現象。
夢でも見ているのかと彼は疑う。
「何って、お兄さんが呼んだから私は来たの」
「空間から現れるなんて何者なんだ君は……?」
「前に名乗ったとおり私の名前はナヒヤ。そして異世界の仕事の紹介者と言ったところかしら」
(異世界の仕事の紹介者?この子は空間から現れた。確かに普通の人間に出来る芸当じゃない……)
「君は……本当に異世界の人なんだね?。」
「ええ、そうよ。」
ナヒヤは答える。
「お兄さん!私の名前を呼んだって事は今の環境が嫌になったのね?新しい環境に行きたいって事?」
「……あぁそうだな、ここにいても仕方ないしな。」
今の彼がそうなように人間と言うのは不安な時や落ち込んでいる時に何かにすがってしまう。
「それじゃ行きましょう!」
少女は歪んだ空間に再び入り歩き出す。そんな少女の後を付いていく。
「ここは……?。」
「ようこそ異世界へ!。」
空間を抜けると大きな町が目の前にうつり込む。
「ここは商業都市ルミタナ。お兄さんの新たなスタート地点ってとこかな。」
「ルミタナ……。ここが新たなスタート地点になるのか……」
「ねぇお兄さん。何かやりたい仕事とかあるの?」
仕事と言われてもどんな仕事があるか分からない。
「いやこの都市はどんな仕事があるの?」
「お兄さんのいた世界と変わらないよ、職人業、サービス業、製造業などいろいろあるけど」
「就業するのに身分証は必要じゃないの?」
元の世界では必ず必要な物だが。
「この世界では必要ないんだよ」
「へぇ……しかし俺は無一文で今日食べる物さえ危ういんだが日払いの仕事はあるのかい?」
来たのはいいが衣食住に事欠く有り様だ。
「それならいい仕事があるの、元の世界の派遣業みたいな仕事だけど……」
正社員じゃないのかと了は少し気を落とす。派遣社員としてしか働いた事のない彼は例え違う世界でも正社員に執着してしまう。
「ギルドという場所で仕事の斡旋をしているんだけど、お兄さん働いてみない?人手が足りない職場への人の派遣からからモンスター退治といろいろあるけど、その内自分に合った仕事があれば就職すればいいから」
「そのギルドは登録料とか必要なのか?」
「サービスで私がやっておいたから必要ないわ、そこに行けば仕事を紹介してくれるから、お兄さんは選ぶだけ」
(この子は初めからそうするつもりだったのだろうか?)
しかし働くなら自分に何が合っているか分からない。
ならばいろいろな職業体験と思えばいいかと思った。
「そうだな、いろいろやってみるよ」
ナヒヤの問い掛けに彼は答える。
「それじゃ私から、お兄さんにプレゼント!『スキル』をあげちゃう。」
ナヒヤが何か言葉をつぶやくと了は不思議な事に何でも出来るような感じが起きる。
「何をしたんだ?『スキル』って一体?」
「それはいずれ気付くから、お楽しみ」
そう彼女は言い微笑む。
「さて私は案内人だからもう行かないと、ゴメンね!お兄さん」
「行くって、もう少し、この世界について教えてくれないのか?ん?」
「気が付いた?」
何故だろう?この世界の事は何も分からなかったのに今は分かる。
「私があげたスキル名は『知識』ギルドの場所だって分かるよね?」
「分かる……分かる!」
「
「それじゃあねお兄さん!いい就職先が見つかるといいね」
ナヒヤはそう言うと歪んだ空間の中に入り消えた。
「……とりあえず働かないとな」
1人残された彼は知らない土地のはずなのに迷うことなくギルドに向かう。
ギルドに入り受け付けの人に聞くと。
「宮橋了様ですね。登録は済ませてありますので希望の仕事があれば、お申し付け下さい」
ナヒヤが言っていた通り登録は済ましてあった。
日雇いで出来るのは現場の作業員や隣町のお使いや職人業の手伝いなどいろいろある。
とにかく稼がなくてはならないから一番報酬のいい仕事をする事にした。
どの仕事でも知識のある彼は仕事をこなしていく、何も言わなくても知識があるので雇い主が言うより早く動き出す。
しかし異世界で働き始めて幾日か過ぎたが彼はこれだ!と思う仕事に就業出来ずにいる、いろいろな仕事も問題なくこなしているが元来の人付き合いの下手さが災いする。
「さて今日も働くか……」
彼は居場所を求めながら今日も働きだす。




