癒しの術
止まっていた時計は再び動く事はあるが時間が戻る事はない。
ある1人の年老いた男が止まっていた時間に対峙するように決死の覚悟で森の遺跡へと向かっていた。
男の名前は、ザット・フォースト。
町の孤児院を妻と共に経営する者である。
孤児院の経営は領主の補助や町の者の寄付で賄われているが、それだけでは経営が厳しいのが現状である。
その為に夫婦共に使える治療の術を怪我人に施しながら足りない資金を得ていた。
今日は子供達に留守番を任せて少し離れた町の怪我人の治療へ出向いていた。
しかし、帰ってくると驚いた。
留守番を任せた年長者の子供達の姿が無いのだ。
「他の子達は何処へ行ったんだ?」
と、残っていた年少者の子供達に尋ねるとヴァルトが森の遺跡付近でいなくなった事を聞かされた。
まさか遺跡の洞窟に入ってしまったのではないのかと思ったザットはすぐに行動に移した。
「子供達を頼む」
共に行くと言った妻に子供達を任せ自身は森の遺跡へと向かった。
「どうか無事でいてくれ……」
急がなくてはいけないのに足取りは重く額には油汗を滲ませる。
それは年齢から来るものではない。30年前の自身の過去の過ちから来るものだった。
今でこそ孤児院を営んでいるが、かつては自分も若くして名を馳せた冒険者であった。
順風満帆に名を上げる自分達にある日、遺跡の調査の依頼が舞い込んだ。
誰も解き明かした事のない遺跡の調査も自分達なら出来るだろうと全員が意気込んでいたが、それが悲劇の始まりだった。
遺跡のモンスターを倒していき調査は順調に進んでいたが若気の至りか自分達は更に遺跡の遺跡奥へと進んだ。
チームワークは抜群だった。
例え強敵のモンスターでも多数で囲み倒してきた。
人間はモンスターに比べれば脆く弱い。武器を持ち、多数で挑んでようやく対等なのだ。
それが逆に仲間の1人、1人が多数のモンスターに囲まれ惨殺される状況に陥り壊滅した。
予想だにしなかったモンスターの行動に自分は仲間を助ける事も出来ずにモンスター達に食われる仲間を見捨てて逃げる事しか出来なかった。
1人で逃げ帰った自分を責める者はいなかった。しかし、それが今でも癒えない心の傷として残っている。
「戦友よ。あの時、助ける事も出来ずに逃げた俺を許してくれとは言わない……」
剣を帯刀するのも何年ぶりであろうか、亡き戦友より貰い受けた剣に触れる。
自分は支援タイプの術者であったが己の身を守れなくては意味がない、と亡き戦友より剣を貰い受け剣の稽古も付けてもらっていた。
元々、剣の素質も有ったためか剣士としても頭角を表し、いつしか獅子王と呼ばれるようになった。
若い頃に比べれば今の自分は体力も力も衰えた老人だ。獅子王と呼ばれた剣の腕も鈍ったが、それでも自分は子供を守る為なら闘える。
「ヴァルトは、お前の姉の孫だ。だからどうかあの子を守ってやってくれ……」
いつの時代も生命は無情に散っていく。
戦友の姉は男子を産み、その子供も大人となりヴァルトの母親と恋に落ちヴァルトを身籠ったが、母親はヴァルトを出産した後に亡くなってしまった。
父親と祖母でヴァルトを育ていたが父親は仕事の事故で亡くなり、戦友の姉である祖母も後を追うように亡くなってしまった。
ザットはせめてもの罪滅ぼしの為に身寄りの無いヴァルトを自身が営む孤児院で引き取った。
時計の針は進む事はあっても戻る事はない。
今度は逃げない決死の覚悟で進む途中で、ある一団と遭遇する。誰も寄り付かない森で人と遭遇するのも珍しいが、それは自分のよく知る顔ぶれだった。
「マーセル!それにお前達も……」
森の遺跡付近でいなくなったと聞いたヴァルトは孤児院の年長者の者に背負われてた。ヴァルトに声をかけるが返事はない。
「大丈夫ですよ。少し気を失っているだけです。もしかして貴男が、この子達の暮らす孤児院の院長さんですか?」
見慣れない大男にザットは身構えるが少し様子が変である。
男の顔は何とか愛想笑いを浮かべているが、体は苦痛を示し、歩くのも辛そうな状態に思われる。
「はい……。私と妻が孤児院でこの子達の世話をしております。貴男は?」
「私は迅と申します。こちらのマーセル君からヴァルト君を捜してほしいと依頼を受けまして……」
迅は事の経緯を説明する。
マーセルから依頼を受けて遺跡の洞窟に入った事。
子供が落石で足を怪我をしている事。
そして何とか遺跡の洞窟から帰還した事。
「ありがとうございます!ヴァルトを救出して頂き本当にありがとうございます!」
強く心のこもった感謝に迅は察する。
子供をほったらかし、いい加減な管理をしているような者なら一発ぶん殴ってやろうと思っていたが、目の前の老人は本当に心配してここに来たのだろうと表情から察した。
「ご満足頂ける謝礼は払えるか分かりませんが、是非お礼をさせて下さい」
「私はマーセル君に欲しいのは報酬ではないと言いました。なので受け取る訳にはいきません」
子供が無事ならそれでいいので受け取る気はない。
「でしたら、せめて怪我の治療だけでもさせて下さい!私達、夫婦は治療術の心得がありますので」
「本当ですか?」
治療術という言葉に迅は反応する。
確かに町でマーセルと玉髄の冒険者の会話に夫婦で治療に出掛けていると言っていたのを思い出す。
「それなら私より彼の足の怪我の治療を先にお願いします」
今は寝ているが、起きて足の痛みに耐えるのも酷である。
少年を地面に寝かせると院長は少年の足の怪我を確認する。
周りの者達は治療術を見慣れているかもれしないが、異世界の治療術を見るのは初めてなので興味津々である。
周りの者達が見守る中で院長は治療術を唱える。
「癒しの光よ、この者の傷を癒せ。小治療」
老人が治療術を詠唱すると、掌に淡い光が産まれ、怪我をした少年へと飛び移る。
その光が優しく対象者を包み、足の怪我を瞬時に癒していく。
(素晴らしい!)
術を間近で見た迅は感嘆の声を漏らす。
この世界でも自分達の技術には及ばないであろうが、傷を瞬時に治す治療術こそ人類が求めるものであろう。
「それでは迅さんの怪我の治療させて頂きます」
「お願いします……」
院長が治療術の詠唱を再び唱えると放たれた回復魔術の光が迅を覆う。
が、覆われた光は瞬時に飛び散り消えてゆく。
「……これは?」
院長が驚きの声を上げ、その場に者全てが不思議な表情を浮かべる。
治療術をかけられても自分には効果が無いが、それでも迅は驚く事はなかった。
想定通りだな……。
治療術が効かない答えは出ているが、それはデメリットでもありメリットでもある。
「もう一度やりますので」
再び院長が治療術である小治療を唱えるが効果はない。
「大丈夫ですか?」
治療術の使用には限度があるのであろうか、疲労感を見せる院長に迅は声をかける。
「治療が出来ず申し訳ありません……。私の妻も治療術の心得がありますので良ければ私の経営する孤児院にお越し頂けますか?」
「私は素性の知れない流れ者ですが、お邪魔してもよろしいのですか?」
「もちろんです!私の営む孤児院まで少し距離がありますが歩けますか?」
「ええ……まぁ、なんとか」
鬼の力を急激に流した為に体中に筋断裂を起こしているので、こんなところを襲われたら人溜まりもないのでモンスターや獣のいない人里の方へと孤児院の子供達と向かっていた。
「ご主人、私は流れ者故にこの地域の事を知りません。良かったら少々教えて頂けせんか?」
「ええ、私達でよければ全然構いませんよ」
「感謝致します」
その言葉は孤児院の院長と主君の閻魔へと述べる
迅は偶然という事は存在せず全ては必然であると考えている。
ならば、この者達の出会いも必然である。
それを必然的に仕組んでいるのは主君の閻魔である。
やはり、どの世界に行けと適当に選んでいる訳ではなく吉凶を選んで向かわせているのだろう。
相変わらず恐ろしい御方だと思いながら主君であり神でもある閻魔に感謝の意を示しながら共に孤児院へと向かう。
まだ夜の暗さは来ていない。時刻は昼間の明るさは失われた夕暮れ時。
先程、院長の奥さんにも対面し感謝を述べられ治療術を施してもらったが効果はなかった。
50半ばを過ぎていると思われたが年齢の推測は難しい。
昔は線の細い美女だったのかなという雰囲気はあるが、今は線の細い痩せぎみのおばさんだった。
立ち入り禁止区域に行った子供達を叱っていたが、そこに怒りはあまり感じなかった。怒りより子供達の無事を喜んでいた感じだった。
今は椅子に座り、孤児院の院長と共に対面し話をしているが、ふと視線をずらして孤児院を見渡す。
貧しい。
いや、清貧と言う言葉が相応しいのかもしれない。
下は5歳から上は15歳までくらいの子供達が10人以上でこの孤児院に暮らしているが経営状況は見る限りは良いとは言えない。
元の世界の児童福祉施設も駐車場経営等で足りない資金を得ていると聞くので孤児院の経営が大変なのはどこも一緒なのであろう。
「ご主人、あの子は……?」
孤児院の子供達の中で1人だけ気になっていた子供がいたので、迅は院長に尋ねる。
何処にでも浮いている人間はいるが少女は少し違う。
子供は遊びや、おしゃべりに夢中になるのに少女は仲間の和に入れず口を閉ざし黙っているのだ。
まるで自分だけ違う世界に存在しているかのように他の子供達を眺めているだけ。
「もしかしてあの子は耳が聞こえないのですか……?」
「はい……。元々は聞こえない訳ではなかったのですが、ある日、突然私達の言う事が分からなくなってしまいまして」
「ご主人、それは両耳共ですか?」
「ええ……。何とか耳が聴こえるようにと、あの子の為にも医師や治療術を研究している知り合いにも治療方法を探しているのですが原因は全く分からないのです……」
院長の奥さんのところ耳の聴こえない少女がやってくると甘えたい年頃なのか少女は奥さんに抱き付く。
「あらあら、どうしたの?スラダったら」
その少女の行動に対して、奥さんも少女を抱きしめ血は繋がらないが母親としての無償の愛情を示す。
抱きしめられた少女も安堵の笑みを浮かべている。
(これも巡り合わせだろう……)
迅は少女に近付き、己の為すべき事を実行する。
「この子の耳が聴こえない原因は血の巡りの悪さにあります」
「「え……?」」
長年連れ添った夫婦故に呼吸も考えもぴったりなのか同時に声を合わせる。
迅は院長の話から少女の難聴の病名を推測する。
おそらくは突発性難聴。
片耳が聴こえなくなる事が多いが両耳が聴こえなくなる事も多く、大人の方が発症率は高いが子供も発症する事例も報告されている。
(ちょうどいい……。この力が、この世界で何と呼ばれているか聞いてみるか……)
発症より時間がかなり経過している為に治療は困難だが血液の循環が悪いのなら何とかなる。
世の中に見える者と見えない者が存在するなら、迅達は見える者達に分類される。
見える者が故に少女の耳が聴こえなくなった原因も血の巡りの悪さだと分かった。
「ご主人、奥さん。実は私も少々治療術を使えます。あなた方の地方(世界)では私の術は何と呼ばれますか?」
迅は手に目には見えない気の力を集中させる。
気、オーラ、チャクラ、魔力、マナ、それを異世界人がなんと呼ぶかは分からない。
自分達も術者であるが為か、やはり迅の気の力を老夫婦達も感じとったようだった。
「私の住んでる地方(世界)では、これを……“気功術”と呼びます」
「……気功術……?」
魔術に詳しいと思えた老夫婦も東洋医術は知らないようだった。
「お嬢ちゃん、ちょっとゴメンよ」
少女の目線に合わせしゃがむと少女の耳の部分に触れる。
放たれた気は少女の体を巡り血液循環の悪くなった耳の部分へと伝わる。
少女と目線を合わせた迅は少女に問いかける。
「聴こえるか?お嬢ちゃん」
「……………え…………!?う……ん……」
少し、間が空いたが少女は迅の問いかけに答えた。
それを見ていた者達、全てが驚きの表情を浮かべた。
耳の聴こえくなり、常に黙っていた少女が問いかけに答えたのだ。
「スラダ……!あなた聞こえるの?」
「う…………ん。聞こえる……!」
再び、ゆっくりであるが少女は問いかけに返答した。
「まだ少し聞こえるようになっただけか……」
少女の話し具合から、まだ完全に聞こえている訳ではない。
「治るのですか!?スラダの耳は元通りに治るのですか!?」
「治療を続ければ治ると思いますが、ただ――」
ただ少々時間がかかると思います、と言おうとしたら2人は膝を着き、手を合わせて祈るように懇願する。
「ヴァルトを助けて頂き更にお願いをするのは厚かましいとは重々承知です。お金は一生かけても払います!ですから娘の治療をお願いします!」
タダという訳にはいかないと勘違いさせてしまったようだ。
ここにいる子供達全てと血の繋がりはなくても本当の子供のように思っているのだろう。
自身の利益ではなく子供達の為に生きる者から金銭を取るつもりなどない。
「奥さん、ご主人、頭を上げて下さい。実は私の方からも、お願いがあります」
欲しいのは金ではない。
人々を狂わす金も見方を変えれば紙屑に過ぎないし、人々を魅了する宝石も見方を変えれば石ころに過ぎない。
「私達に出来る事なら何でもします!」
目の前の老夫婦に迅は頭を下げる。
どうしても異世界転生者や転移者、そして自分に敵対するであろう異世界人について知っておかなければならない事がある。
その為に主君の閻魔は、この世界を選び自分を向かわせたのであろう。
「どうか私に魔術の事をご教授願えないでしょうか」




