エネルギー
親は子供に口うるさく勉強しろと言うが勉強しろと言われても子供は勉強しない。
近所の奥様方と談話でそんな事があった。
そんな勉強しない子供に迅は家庭教師をした事があるが子供が勉強しない理由は簡単だ。
まず第一に目的が分かっていない。
何故、勉強するかの理由が分かっていないのだ。
大人なら仕事や趣味の為に勉強する理由があるが子供はこの理由が分かっていないのだ。
まずは理由を聞く。例えば将来何になりたいのか?と問いかける。
その為に勉強が必要なのだと教える。
ある子供は言う。
なりたい将来なてんてない。勉強しなくてもどうにかなると。
確かに勉強しなくても案外どうにかなるが、あまり良い人生を歩める事は少ない。
最近は便利な世の中なので勉強しない人間がどうなるかは簡単に分かる。
ある子供は言う。
自分は勉強は嫌いだが、工作が好きで手先が器用だから建築関係に就きたいと。
そんな子供には建築関係に就くには数学の勉強が必要だと説く。
目的が分かっているのなら勉強は捗るものなので、今は孤児院の院長から魔術の事を学んでいる。
自分は1知って10知るような優秀な人間ではない。せいぜい10知って2から3が分かる凡人である。
異世界の魔術の事を聞いていても分かるのかは10の内の2~3。
まず分かったのは、やはり身体の構造が違うという事だ。
生物の体を分解すると「臓器」「器官」「細胞」になる。
更に細かく分解すると「分子」「原子」「原子核」「陽子」「中性子」に分解される。ここまでが学校で習う古典物理学。
更に陽子、中性子を細かく見ると光の粒が見える。これが「素粒子」となる。
全ての物は素粒子の集合体で出来ている。
素粒子もエネルギーなので物質も動植物も全てエネルギー体である。
これが量子力学の分野で目に見えない世界だが、この目に見えない世界で世界は樹立している。
「ご主人、質問をよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「言葉にも魔力は宿りますか?」
院長は考え込む。そんな事は聞かれた事がないといった表情だ。
「人は怒られると萎縮してしまう事もあると思います。私の住む住む地域では古くより言葉にも魔力が宿ると信じられています」
日本には古来より言葉にも霊力が宿りそれを言霊と読んだ。迅はその事を勉学の師であるトゥルダクより言葉にもエネルギーが宿ると教わった。
獄卒時代に師のトゥルダクに自分にはよく分かりませんと言ったら師のトゥルダクは分かりやすく教えてくれた。
「豚も煽てりゃ木に登るという諺がある。誰だって褒められたら嬉しいし、悪口を言われれば悲しくなるものであろう」
会話の何気ない一言が人生を左右する事も有るので、師のトゥルダクは言葉にもエネルギーは宿ると言っていた。
その言葉のエネルギーと魔術を組み合わせてみる。
「例えば術者の精神状態で術の威力は変わるのでしょうか?」
「ええ、術を使用する時は集中力が必要です。ですから精神を乱されれば上手く術が発動しません」
「なるほど、やはりそうですか……」
それは想定の範囲内の答えだったので問題はない。
「では例えば感情の起伏により術の威力が上がった、もしくは普段使えない力が使えたなんて事例はありますか?」
術者は常に冷静でなくてはならないらしいが術者も感情の存在する者達である。
魔術は言葉を発する。だから術を唱える術者が「ぶっ殺してやる!」と思いながら術を唱えると怒りの力で術の威力が上がるかどうかである。
「そういえば昔、自我を失った者が強大な魔術を発動したという事例は聞いた事があります」
漫画等で怒りの力で覚醒するシーンはあるがそれを科学的に考えてみる。
人間というものは普段は脳の制御により筋肉の20~30%しか能力を引き出せない。これは100%の能力を引き出すと筋肉が破壊されるからである。
心霊スポットに来た男女グループの1人の女性が取り付かれたように狂い、女性を止めようとした70キロ以上はある成人男性を、体重が50キロしかない女性が成人男性を片腕だけで持ち上げた事例もある。
これは女性が錯乱状態になり脳の制御が外れた事で起きた事だと思っている。
異世界転生者や転移者の仲間で怒りで我を忘れ秘めたる力が覚醒して強大な術を使ってくる者がいたらそれはとても恐ろしい事だ。
「その者はやはりその後は……」
「はい……命を落としたり、後遺症が残ったと伝え聞いています」
この院長の経歴も聞いた。
自身の償いの為に孤児院を経営すると言った時でも妻は反対もせずに自分に付いてきてくれ常に自分を支えてくれた。だから奥さんには頭が上がらないそうだ。
異世界転生者や転移者はハーレムパーティーばかり作っているから自分の相手は取り巻きの女も当然含まれる。
同胞の瑠衣の情報で今回の抹殺対象の異世界転生者も男1人に女3人のハーレムパーティーで常に一緒に行動しているので男1人だけを抹殺するのは難しい。
「ご主人、ご主人は回復術だけではなく剣術も相当の腕前と存じます。そのように剣術や魔術に秀でた方は珍しいと思います」
「いやいや、私など年老いた老人ですよ」
そう言うが少年を遺跡の洞窟から救出した時に回復術は勿論だか自分達に接近してくる時の剣を携えた足運びも相当の物だった。
魔術だけに頼れば自身に隙が生まれる。剣術だけに頼れば相手に翻弄される。
だから若い時は魔術と剣術を両方使えるように鍛練したと語ってくれたがそれは才能のある者だけが出来る事だ。
この院長は剣術や魔術そして回復術も使うオールラウンダーである。
次に気功術の事を聞いてみたがこの世界の小治療とは似て非なる物であった。
確かに傷を治すという意味では同じたが気功術は小治療のように傷を一瞬で治せないし、この世界で、ごく僅か者だけが使用出来る病気を取り除く術にも遥かに劣る。
しかし、話を聞けば気功術も完全下位互換の術ではない。
風邪を治す特効薬は今だに開発させていない。
飽くまでも風邪の症状を弱らせて人間の持つ免疫能力で治すのだ。
自分の使う気功術は体内の気の巡りを良くしたり人間の持つ免疫能力を上げる事だから差別化は出来る。
いくら治療術で病魔を取り除いても再び病魔に掛かっては意味はない。
その点、気功術なら免疫能力を上げる事が出来るので病気に掛かりにくくする事が出来る。
小治療が怪我の治療なら、さしずめ気功術は病気の治療である。
その自分の考えを述べ術に詳しい院長に気功術の事を聞いてみても返答は「分からない」だった。
(いや、分からないが答えなのだろうな……)
地域や国により呼び方は変わる。ましてや別世界なら尚更であろう。
思考を切り替えて分からないというのが答えなのだろうと迅は答えを出し納得した。
「蘇生術を扱る者はどれくらいいるのでしょうか?」
「そうですね……。私の知る限りでは高位の神官でもごく僅かですね」
蘇生術が出来る事を聞くには意味がある。
蘇生されてチートスキルを貰っていても、その強さは与えた者の力に起因する。
「大量の死者を生き返らせる為に魔王になったなんて伝承はありますか?」
「魔王にですか?」
配下を蘇らせる為に最弱と呼ばれる魔物が紆余曲折を経て魔王になった物語も少し読んだ。
そのお伽話を院長に話し出す。
「私が思うにそれは神の御技に思えますが……」
「そうですよね。大量の死者を蘇らせるなんて、まるで神ですよね」
確かにあの魔物は配下から神のように崇められていた。
自分の王国を作ったが他国の侵略を受けて怒り狂って魔王になれば配下を蘇らせるそんなお伽噺話を実践した。
そんな魔物ともこれから戦わなくてはならないかもしれない。
「最弱と呼ばれる魔物が全ての種族の頂点に立つなんて面白いお話ですね」
「私もその物語はとても面白いと思っています」
これは自信の本心を吐露した嘘偽りのない答え。
「ご主人は配下を蘇らせる為に兵士1万を殺したこの魔王の諸行をどう思いますか?」
「私は自分の国に理不尽な侵略を受けて憤怒するのは当然だと思いますが……」
「私も侵略を企んだ王と側近に恨みを晴らすのはともかく王の命令で動いた兵士の命を奪うまでしません」
(あの魔王も地獄行きだろうか?)
「その魔王の配下には人語話す鬼の種族がいるのですが、この地方にも鬼たる魔物はおりますか?」
「鬼ですか?確か鬼や魔物は人里離れた場所にいると聞いていますが……」
話しを聞けば、この世界では人間と魔物は生活環境が被る事がないので互いに不干渉を貫いているらしい。
一応この世界にも同種たる鬼も存在するらしいが知性や知能は自分達より遥かに劣る存在だった。
「私の知るお伽噺話でも人語を話す魔物の存在は語られていますが、本当に人語話す魔物が存在するとすれば面白い存在ではありますが脅威でもありますね……」
「ははは、本当ですね」
人間は魔物に比べて体力や力は遥かに魔物に劣るが知能や知性は魔物を凌駕する
。
その知性と知能があったからこそあらゆる種の中で人間が生き残った理由を意味する。
目の前の老人は分かっているのだ。自分達と同じ言葉を話すということは高い知能を有する存在であり、それがどんな恐ろしい存在である事を。
まぁ目の前にも人語話す鬼はいるがなと迅は心の中でほくそ笑む。
あの配下の大鬼達と自身と比べてみる。知能、知性は同程度であろう。
異世界転生して魔王になった主を殺すと言えば配下の大鬼達は自分の抹殺に躊躇う事なく動くであろう。
そんな精強な大鬼達に迅は心の中で問い掛ける。
大鬼共よ。お前達は私に勝てるか?お前達は地上の猛者共と戦ってきたらしいが、私はそんな地上とは比べ程にならない過酷な地獄の環境で生存している地獄の生物と戦って生き残ってきたぞ……。
人間の状態なら瞬殺されるであろう。鬼の状態なら自分達に出来て彼等に出来ない圧倒的な違いがある。
「く、くく……」
「どうかされましたか……迅さん?」
陽気に笑ったと思ったら今度は静かに笑う迅に院長は不思議そうに尋ねる。
「いや、何でもありません。失礼しました」
今思えば自分が鬼の時に出来る蘇生術はとても恐ろしいものだ。
院長は死んで蘇った人間にはデスペナルティなるものが存在するらしいと言うがが自分の術にはそんなペナルティはない。
チート能力を与える事は出来ないが敵対する異世界神にように異世界転生者や異世界転移者に対して身体能力の強化する事も出来るように地獄の獄卒達も罪人を強化する事が出来る。
この理由は何よりも恐ろしくおぞましい。
下層の地獄に落ちた罪人の人間は地獄の環境や刑罰に耐えきる事が出来ずにすぐに死んでしまう。
それでは意味が無い。
だから、地獄の環境や刑罰ですぐに死ねないように罪人を強くして、より苦しめる為に強くする事が出来る。
欠点といえば強くする事は出来ても弱くする事が出来ない事と、死者の蘇生として使用出来るのが地獄の罪人と本来死ぬ筈では無かった生物のみという制約がある。
出来れば魔王の配下達とは戦いたくはない。洞窟のモンスター同様に格の違い知って萎縮して欲しいと思うが無理だろうなと結論付けた。
あの魔王と呼ばれた魔物と戦えばどうなるかそんなシミュレーションを頭の中で思い描く。
(人間状態なら触れる事はおろか配下の誰かに殺されるだろうな……)
保有するスキルの量ではあちらに分がある。
魔王はあの程度の死者を生き返らせる為にかなりの魔力を消費していたから魔力をエネルギーと置き換えるならエネルギー量でいえば自分の方が桁違いに多い。
魔王は様々な魔術を使うのに対して自分は物理攻撃しかないが攻撃手段が物理攻撃しかないと油断してくれなら結構。こちらも殺す為の対策や対抗手段はある。
(まぁ、あれはフィクションだし世界も違うから自分達とぶつかる事もないだろう……)
それでも、おそらくは似たような世界もあるからいずれ似たような者達とぶつかるだろう。
そんな事を思いながら今は知識が必要であろうと目の前の勉学に集中する。
「死者を蘇えさせるには、やはり身体が損傷していると不可能ですか?」
「はい……。私の知るかぎりの事では死者の蘇生の条件として身体に損傷が無い事が条件の1つです」
院長はこの世界の蘇生術をリザレクションと教えてくれたが、この世界の蘇生術は魂の降霊術なのでは?と疑問に思う。
地獄の蘇生術なら拷問で身体がバラバラだろうが、細切れの肉片だろが、魂さえあれば肉体を完全に消滅していても一瞬で蘇生出来る。
(地獄の蘇生術……。これは恐ろしくは細胞の蘇生術だ……)
地上の人間も細胞から臓器を再生したり、プリンターで臓器が蘇生する段階まできたが地獄の獄卒は遥か古の時代から先祖達が使用してきた。
獄卒の時は罪人を蘇生させても何にも不思議に思わなかったが人間になり蘇生術が出来なくなると分かる事もある。
それは人間の全細胞を蘇生させる為には莫大なエネルギーが必要となるので、それを簡単にやってしまう地獄の同胞の獄卒達は恐ろしいと感じる。
しかし自分達は魂を捕まえる事は出来ても魂を呼び寄せる事は出来ない。
降霊術が出来る事に関しては人間の勝ちである。
「ご主人、興味深い事をいろいろと教えて頂きありがとうございました」
隠した時計で時間を見ると話始めて2時間程度経過している。
「いえ、とんでもありません。むしろ私の方が勉強になったくらいです」
迅は長時間の勉強はしない。
そんなに長時間勉強しても頭に入らないと分かっているし、教える方も疲れてしまうからだ。
「ご主人、明日以降で構わないのですが少々考えている事があります。今度は特訓に付き合って頂けないでしょうか?」
自分は攻撃的な魔術を使う事は出来ないと理解しているし分かっている。
ならばどうするか?
習得出来ればそれでいいのだが自分では不可能である。
社会に出れば出来なくても自分でやらなければならない事もある。ならば出来ないなら出来ないなり結果を出さなくてはならない。
魔術を使うであろう異世界転生者や転移者、そして敵意を向けてくるであろうその取り巻きの女達には対抗策を既に考えている。
「私でよければ構いませんが……迅さん、身体の具合は大丈夫なのですか?」
元々の治癒力の高さと自身の気功術により回復はしているがそれでも完全に治るまでは1週間はかかるだろうと推測する。
「まぁ大丈夫ですよ、ここの子供達にもお話をせがまれていますし」
「子供達が迷惑をかけて申し訳ありません……」
「構いませんよ。私も子供好きなんで」
本当は一緒に遊んであげたいが身体がまだ上手く動かないので、今は自分の住んでる地上の話や伝承や民話等を子供達に話している。
「遊び盛りの子供の世話なんて1人でも大変なのに、ご主人と奥さんは10人以上の子供達の面倒を見ているじゃないですか、私には到底出来ませんよ」
そんな話をしている外では、元の世界でも異世界でも変わらない元気の源でもある子供達が外ではしゃぎながら遊んでいた。




