投げ打つ覚悟
金属の鎧に身を包んだ戦士、弓を携えた狩人、魔術師など行き交う場所に1人似つかわしくない小さな客が訪れていた。
「お願いします!友達を捜して下さい」
その言葉に対応する彼女は困り果てていた。
対応した彼女の仕事は冒険者ギルドの受付嬢。
この仕事はストレスの溜まる仕事だ。依頼の請け負いから冒険者と呼ばれる者の支援や後処理等、やる事が多い。
だからこそ、やりがいも感じる仕事である。
今、困り果てているのは小さな少年からの依頼で、森の遺跡ではぐれた友達を捜して欲しいとの依頼。
「申し訳ありません……。お客様の依頼を請け負う事は出来ません」
例え子供であっても対応は丁寧に行う。それが仕事の規則である。
人探しの依頼は珍しい事ではないが問題が2つある。
1つ目は少年の言っている森の遺跡である。
それは誰が何の為に建設した不明の遺跡。
古代の王が己の権力を示す為に作っただとか、精霊達の神聖な場所であったなどの説があるが真相は誰にも分かっていない。
遺跡には洞窟があり地下へと続く回廊がある。
過去には遺跡の洞窟に、何度も冒険者達が探索や調査に乗り出したが、洞窟内部に潜むモンスター達に襲われ何人もの死傷者を出している。
ろくな成果を挙げる事も出来ず損失ばかりなので30年前の探索を最後に探索は打ち切られ、以降は立ち入り禁止区域となった。
どういう訳か内部のモンスターは外部の地上へ出たとの報告は一度も無い。
一説にはモンスターの出られない結界が張られているだとか、地下内部にはモンスターの餌になる食料や水脈から溢れる水が豊富にある為に、モンスター為に過ごしやすい環境が整っている為に地上には出てこないだの囁かれている。
こちらからモンスター達に干渉しなければ、襲われる事も無いので不干渉を貫いている。
2つ目の問題は依頼金額である。
最悪の場合、洞窟内部のモンスターとの戦闘の可能性がある。そうなれば人探しの依頼料だけでは冒険者達は納得しないのである。
しかし、少年の提示した金額は子供のお小遣い程度。人探しの料金にすら満たなかったのである。
「町の兵士に頼めばいかがでしょうか?」
提案と名ばかりの丸投げ案を受付嬢は話す。
少年は町の兵士に言ったら子供の嘘と受け流されたと言う。そこで冒険者組合に来たという。
ここならどんな依頼も問題も解決してくれると。
確かに問題事の解決は出来る。しかし、それは報酬の払える者が行える事である。
冒険者は英雄なのではなく現実主義者なだけだ。任務が危険な程、それに似合う報酬があるからこそ依頼を請けるのだ。
なので誰もタダ働きなどしたくないのだ。ましてや自分の命を投げ打ってまで働く者など尚更だ。
「申し訳ごさいません……」
依頼料の払えない少年は冒険者組合より門前払いを受ける。
酷い対応かもしれないが、これが金の無い者への普通の対応なのだ。
追い出された少年は途方に暮れる。
彼に親はいない……。少年は赤ん坊の頃に親に捨てられた孤児である。
友達というのも同じ孤児院で育った仲間である。
近付いてはいけないと言われても、誰も近付かない森は子供達には好奇心をくすぐる格好の遊び場だった。
そして遺跡で、かくれんぼをしていたら友達がいなくなった。
飽きて1人で帰ったのかと思って、孤児院に帰っても友は帰っていなかった……。
この少年の報告を受けた歳上の孤児院の者達は総出で森へと向かった。
今日は運悪く、孤児院を経営する夫婦も治療の依頼で遠くの町へと出かけている。
少年は他の幼い子供達と留守番として残るように言われたがいてもたってもいられなかったのだ。
途方に暮れて孤児院へ戻ろうとすると、長期間の任務から帰還してきたのであろう一団を発見した。
〈玉髄〉。
その二つ名で呼ばれる冒険者を知らない者はこの町にはいない。彼等の武勇、功績は遥か遠くの王都にまで響き渡っている。
町の子供達からしてみれば英雄であった。
僅かな望みを持って少年は玉髄と呼ばれた冒険者へと向かう。
「あのっ!すいません」
少年は勇気をもって玉髄を呼び止める。
「何だ?坊主。俺達に何か用か?」
少し気だるげに玉髄のメンバーの1人が対応する。
「僕の友達が森の遺跡でいなくなっちゃったんです!捜してもらえませんか?」
突然の少年の申し出に唖然とするが、少年を知っていたメンバーが口を開く。
「この子はザットさん夫婦の営む孤児院の子じゃないか?坊や、ザットさんには言わなかったのか?」
少年は説明する。
ザットと呼ばれた自分達の育て親も今日は治療の依頼で出掛けている為に孤児院にいない事。
今、総出で友を捜している事。
「まさか……遺跡の洞窟に迷いこんだか?」
一向の顔色が曇り始める。かくれんぼをしていたのなら遺跡の洞窟は隠れるには打ってつけであろう。
「おいおい……。あそこにいるっていうモンスターは外には出てこねえが、侵入者には容赦しないって聞いたが……」
「だが30年も前の話だろ?今もモンスター達が生きてるとは限らないだろ」
玉髄のメンバーは仲間内で話し始める。
「いや……モンスター達は洞窟内で今も生きているぞ」
歳は40代を越えたぐらいであろうか、それでも肉体の衰えを感じさせない男の言葉にメンバーは耳を傾ける。
「それは本当ですか?リーダー?」
「あぁ……。今も定期的に外に出てこないか見張ってる奴がいるんだが、そいつの【透視】能力で外から内部を見たらモンスター達は洞窟内で生きているそうだ」
リーダーと呼ばれるだけあって、情報収集は決して怠る事ない。彼等が成功してこれたのも、このリーダーと呼ばれた男の情報があったお陰である。
「坊主。俺達に依頼するとなると指名料もかかるが、出せるか?」
玉髄の中でも1番若い男は少年に尋ねる。
少年は自分の持っている全財産を差し出す。
「おい、からかってるのか?」
子供のお小遣い程度の金額に仲間の1人であろう女も冗談でしょ?と笑う。
「大人を舐めるな!坊主!」
若い男が少年が示した報酬を地面に叩き付ける。 少年の、全財産は地面へと散らばった。
「ちょっと!セルド!」
仲間の女が若い冒険者を叱咤するが、若い男も引かない。
「だったら姉さん達は、こんな端金〈はしたがね〉で請け負うって言うんですか?」
「それは……無理だげど……」
彼等も無償で働く正義の英雄〈ヒーロー〉ではないのだ。提示された金額で仕事請け負い成功させ続けていたら英雄扱いされただけだ。
「お願いします!足りない分は将来働いて返しますから!」
少年は必死に懇願する。
少年の食い下がらない姿勢に、若い冒険者の男は、追い払うように少年を突き飛ばそうとした。
しかし、少年を突き飛ばそうとした腕は何者かの凄まじい力に捕まれ止まる。
「!?」
振り向くと見慣れない大男が自分を睨み腕を止めている。
「今……何をしようとした?」
男は静かに問い掛ける。
「何だ!?てめえは!?」
「今……何をしようとした?」
今度は怒りのこもった声で再び問い掛ける。
「離しやがれ!この野郎!」
若い冒険者は男に対して叫ぶが男は腕を離さない。
若い男は空いた手で男の顔面を殴りかかる。
迫りくる拳を男は避けようともしない。目を見開いたまま、若い男の拳を顔面に受けた。
意思の強さと言うべきか、鉄の塊を殴ったかのように男の顔はびくともしない。
「とっとと失せろ!このチンピラがっ!!」
顔面を殴れられた怒りではなく、年端もいかない子供に手をあげようとした事に怒り、若い冒険者を一喝する。
「玉髄〈カルセドニー〉の俺にチンピラ……だと?死にてえのか!」
握られた腕はようやく解放された。チンピラ呼ばわりされプライドを傷付けられた為か剣に手をかける。
「玉髄〈カルセドニー〉だか何だか知らねえし、チンピラとやり合う気もない。お前達も冒険者なら報告して仕事を済ませてこい!」
既に周りは、ざわつき始めている。
報告をしてこいと言ったものの男は玉髄達に、この場から失せろ!と眼力だけで語りかけている。
「行くぞ……。セルド」
この場にいるのはマズイと判断した玉髄のリーダーは若いチームメイトに呼び掛けた。
玉髄のリーダーは男に謝ろうと顔を向けるが男の目は自分達に敵意を向け睨んだままだった。
目は口程に物を言う。
自分達の強さがチームワークの団結力の強さなら、自分達を追い払った男からは何か別の強い意思と強さを感じ取った。
「仲間のセルドが失礼しました……」
他の玉髄のメンバーが立ち去る中で紅一点の玉髄のメンバーの女性が男に頭を下げる。
「………………」
女といえど男が彼女に向ける視線は変わらない。とっとと失せろ!と目で語っている。
「きっと長期間の任務を終えたばかりで彼も苛立っていたんだと思います……。本当に失礼しました」
「あんた達に興味は無いし、あんたが私に謝る必要も無い。だが、仲間の非礼謝る気があるなら、私より、その子供に謝ってくれ」
男の尤もな意見に彼女は子供の方に向き直る。
「ごめんなさいね、坊や……。それと……やっぱり、その金額じゃ私達は依頼を請け負えないの……」
玉髄のメンバー1人の女性が少年に謝ると、冒険者の玉髄一向は、その場を立ち去った。
「う……うぅ……」
突き付けられた現実に少年は涙ぐむ。
男は少年へと歩み寄る。
「坊や……大丈夫か?」
男は少年に駆け寄り声をかける。
「うん……」
安否を確認すると男は身を屈め、玉髄の冒険者によって地面に投げ付けられた少年のお金を拾い集め少年へと渡す。
「坊や、さっきの話は本当かい?」
男は長身の為に子供を怖がらせないように身を屈めて、少年と視線を合わす。
「うん……。遺跡で遊んでいたら友達がいなくなちゃったんだ……」
男は、これはマズイな……と表情を変えた。本当なら、時は一刻を争う事態だ。
彼は人間ではない。
彼は主君の命で人間になっているが、彼の過去に少し触れるなら人間を恨んでも仕方ないと思える人生を歩んでいる。
人間から酷い屈辱を受けた事もあり、何より親を亡くした頃に親身になってくれた同胞の餓鬼達や、自分の身内の兄も人間に殺されている。
彼には先に人間になった歳の離れた兄がいた……。
兄は医学の進んだドイツで医学の研究をして、人々を救いたいと主君に願い出てドイツ人となっていた。
非常に優秀な医師でもあり人格者でもあった。そんな兄を彼は尊敬していた。
しかし、兄は人間に殺されてる……。
殺された理由は強盗目的で自宅に侵入した強盗から自分の妻子を守った為と聞かされた。
兄も人間の義姉も人間に殺されたが、それでも彼は人間全てを怨みなどしていない。
人間に助けられた事や学ばされた事も多くあり、人間全てを悪だと思っていないからだ。
更に自分の主君は、かつて高き地位に有りながら全てを投げ捨て、六道全ての人間達を救おうとした存在である。
「坊や。その森の遺跡まで案内してくれないか?友達捜しの依頼、おじさんが受けよう」
「……おじさんは冒険者なの……?」
不思議そうに少年は男に尋ねる。
「違う。おじさんはな……」
言いかけた言葉を男は詰まらす。自分は一体何者なのだろうか……?
人間として生きているつもりだが、この世界には異世界転生者の魂を回収する為にやってきた。自分は異世界転生者を殺す殺人鬼だ。
あの世の自分達は地上では親より先に死んだ子供達を虐める存在として伝わっている。
確かに親より先に死んだ子供達に地獄で苦痛を与える役目もあるが、それは地獄では少年法など存在しない平等な世界だからだ。
悪行を犯した者は、女、子供でも容赦しない。しかし、罪の無い子供を苦しめなどしない。
もし今の状況を主君が視ているのなら、異世界の事には関わらなくてもいい……と言いたいかもしれないが本心は子供が心配で仕方ないだろう。
自分の主君は全ての生命を愛している。それは例え異世界の生命でも同じだ。更に言うなれば自分の主君は、特に子供達を災難から守る為に存在する者なのだから。
「おじさんは武芸者だ。だから普通のおじさんより、ちょっと強いおじさんだ」
「でも、僕の持ってるお金だと報酬にならないって……」
「大丈夫……。おじさんが欲しいのは報酬なんかじゃないよ」
男は優しく笑う。
友達がいなくなった。
これが子供の嘘なら、それでいい。しかし、これが本当だったら取り返しのつかない事になる。
偉大な主君の配下である自分がこの状況を見逃す訳にはいかない。先程の冒険者の話が本当なら未知のモンスターと戦闘になる可能性もある。
主君の命を受けた時から命を投げ打つ覚悟はしていた。
だが、死ぬのが怖くない訳がない。
人間状態は常に弱点を晒している状態なので死なない保証など何処にもない。
常に恐怖と闘いながら引き返す事の出来ない茨の道より過酷な地獄への道を歩んでいる。
それでも男は自分を震い立たせる。
もし、ここで死ぬなら、自分はその程度の男だったという事だ。
その程度の男なら、これから先、異世界転移者や異世界転生者達に勝てる訳が無い。
男の行動に迷いなど無い。危険を省みず人を助けたり、自分の得にもならないのに他人の為に行動する人間は多く見てきた。
彼は、そんな人間が好きだった。
「おじさんの名は迅だ……。坊や、友達を捜しにいこう」




