その一言が難しかったのです
「シア……お姫様似合ってるよ」
演劇部の複数ある衣装部屋のひと部屋。そこでアデリス様と一緒にメイクと着替えを手伝ってもらいながら私はお姫様の姿になる。
鏡を見るとそこには綺麗に着飾った私の姿があった。
確かに普段の自分に比べれば綺麗になったとは思う。
でもそれは普段の自分の姿に比べればであり、他の令嬢達に比べれてとなると自信が持てない。
「本当に私がお姫様でいいんですか?」
「私はシアがお姫様で嬉しいよ。それにシア……凄く綺麗だ。君の王子様になれて本当に良かった」
そういってぎゅっと抱き締められる。私は突然抱き締められたことで少しだけ驚いてしまう。
でも嫌ではなかった。
私としてはむしろ自信がなかったのでこうして抱き締められることで少しだけ落ち着いた。
それからしばらくアデリス様に抱き締めて貰いながら少しだけ時間を過ごす。
やがて時計を見て集まる時間であると確認すると私達は衣装部屋を出た。
衣装部屋を出るとそこには水色髪の騎士が一人台本を読んで台詞を練習していた。
服装は漆黒の騎士服に身を包んでおり、中性的なカッコいい顔立ちをしている。
あと凄く怖そう。こんな人も演劇部にはいるんだと思っているとその人はこちらを見て驚いたように目を見開いた。
「シア……凄く綺麗になってるじゃん」
「え、えっとありがとうございます?」
「シア? なんで敬語なの?」
きょとんとした顔を首を傾げるその人に私の方が不思議に思っているとアデリス様がくすっと笑った。
「シア……彼女はシオンだよ」
「ええっ!? シオンちゃん!?」
「いやなんでそんなに驚くの。そりゃメイクしたし騎士服に着替えたけどさ」
確かにこの目付きの悪さはシオンちゃんだし声だって彼女の声だ。
でも今のシオンちゃんは男装していて顔だってメイクによって元から整っていた顔立ちが更に綺麗になり服装も相まってカッコよくなっていた。
「それでどうかな? そのちゃんと騎士っぽくなれてる?」
シオンちゃんは少し不安そうな表情でこちらに確認してくる。
それに対して私は勿論だと言わんばかりに大きく頷いた。
「うん。凄くカッコいいよ」
「そ、そうなんだ……シアもその……凄く可愛い」
「ありがとう」
正直自分としては自信はないけど素直にそう言われるのは嬉しくて少し表情が柔らかくなる。
そんな私に対してふと肩に手が置かれる。見るとアデリス様が何故か私の肩に手を置いて抱き寄せてきた。
「そうだね。シアは可愛いし魅力的だ。今回は私が君の王子様だから。しっかりと君を守るよ……悪い騎士からね」
「えっと……ありがとうございます」
流石というべきなのだろう。既に役を演じているのかまるで私を守る王子様のように悪役騎士役のシオンちゃんを警戒していた。
それに対してシオンちゃんは怖じ気付くことはない。
なんと言うか二人とも凄い。本当に敵対しているみたいに演技に入り込んでいる。
「それはそうとシアは台詞覚えた? 私結構覚えるの大変でさー」
「私は一言だけだから……」
私は確かに今回お姫様役という重要な役割を演ずることになっている。
でもその台詞量は一言だけ。でもその一言が凄く難しい言葉だった。
だってその台詞は私も愛していますという言葉。
勿論台詞として言うならば簡単だ。でも私はその言葉をアデリス様に言うことが出来ないでいる。
演技と現実は違う。それは勿論分かってはいるけど。
それでも演技の中とはいえアデリス様に愛していますと言うことが出来るのだろうか。
「それじゃそろそろ時間だし三人とも演劇を始めましょうか」
シェリナさんに言われて互いに劇場の中へと入る。
勿論これは公演しているわけではない。あくまでも演劇を体験するための劇でしかない。
そうは分かっていてもやっぱり緊張している自分がいた。
そんな中で幕が上がり、青白い光が灯される。そして私の目の前ではシオンちゃんとアデリス様が剣を持って対峙していた。
「悪いがこの娘は貰っていくよ! 彼女の美貌に惚れた! 彼女はこの私にこそ相応しいのだ!」
やっぱり初めての演劇だからかちょっと棒読みのシオンちゃんがそういって剣を相手に向ける。
それに対して同じように剣を向けるとアデリス様が今度は口を開いた。
「悪いが君に姫を渡すわけにはいかない。私にとって彼女は命よりも大事な存在だ。愛している存在だ」
アデリス様はやはり元から演劇部ということもあってか流暢に台詞を読み上げる。
いやそれだけではなく身のこなしも軽やかでまるで本物の騎士が現れたみたいだった。
「愛しているのは僕だって同じだ。邪魔をするならば斬ってやる!」
シオンちゃんはそういうと慣れない動きでアデリス様に斬りかかる。
それをアデリス様は軽く剣を振るって斬り伏せるとすぐに私に掛け寄った。
「大丈夫だったかい?」
「……はい」
「良かった無事で。実は今まで伝えて来なかった言葉がある。私の気持ちを受け取ってくれるかい?」
それに対してこくりと私は頷く。
「姫……私は君を愛している。どうかこの想いを気持ちを恋を受け取ってほしい」
それは事前に把握していた台詞。私はそれに合わせるように口を開く。
本当に言えるのだろうか。愛していると今まで彼女に伝えられなかったその言葉を。
「私も……私も愛しています」
そっと私の口から言葉が出た。それは想像以上にあっさりと簡単に声に出すことが出来た。
それはどうして? 私が心に抱えた恐怖を乗り越えることが出来たから?
恐らくは違う。それはきっと私が愛していると言えたのはこの世界が嘘の世界だったから。
演劇は嘘だらけの世界だ。シオンちゃんは悪い人じゃないし私だってお姫様なんかじゃない。
でも嘘だらけの世界だからこそ私は今本当のことを言うことが出来たんだ。
他の演劇部の拍手が響き、証明がゆっくりと暗くなる。
赤色の幕がゆっくりと降りていく中でそっとアデリス様は私を抱き寄せると。
「私も愛しているよ」
そう台詞にない言葉を言った。




