一緒に踊ってくれますか? 前編
「社交界のパーティーって慣れないんだよね」
社交界の会場は大勢の人で賑わっている。彼らは沢山の人と交流をして楽しんでいるが私はそんな彼らを眺めながら隅の方で目立たないように水を飲んでいた。
会場に来て最初の方はアデリス様も一緒だったので彼女とお話をしてゆったりと時間を過ごしていたのだが。
ここは貴族同士の交流の場。身内同士で話し合ってばかりというわけにはいかない。
ましてや男爵令嬢の私はともかくアデリス様はこの国一番の権力者。
故に社交界を通して他の貴族たちとも会話をしなければならなかった。
なのでアデリス様は名残惜しそうに何かあればすぐに助けを呼ぶようにとだけ言うと他の貴族たちとも会話をする。
会話の内容を全て聞き取れたというわけではないがいくつかの単語は聞き取ることができアデリス様はどうやら貴族祭における演劇部の宣伝をしているようだった。
貴族祭は年に一回行われるあらゆる国の貴族たちが集まって様々な催し物を開催するお祭りのことだ。
絵画の展示や音楽の演奏など芸術面を評価するお祭りで私達演劇部もその中で劇を披露することになっている。
私はまだ演劇部に入ったばかりなので良く分かってはいないのだが演劇部にとってこの貴族祭こそが目標であり、そこで最高の演技をして多くの人を感動させるために大勢の人が演劇部に入っているのだという。
実際アデリス様も演劇部のみんなの活躍を大勢の人に見て欲しいのかしっかりと社交界を通して自分達の部活を宣伝していた。
貴族祭。私は行ったことはないけどそこでみんなと演技をしたり演技が終わったあとは逆にお客さんとして絵画を眺めたり演奏を聞いたりして考えただけで楽しみだったりする。
「シア嬢だっけこんな隅っこでどうしたの? 良かったら俺と踊らない?」
私がアデリス様を眺めながらぼーっとしていると突然赤髪の男に声を掛けられる。
声をかけてきてくれること自体は嬉しいけどアデリス様ももう少しで戻ってくるだろうし彼女を置いて他の人と踊るのもどうかと思うので断ることにする。
「ご、ごめんね……ちょっと他の人と踊る予定があって」
「でもまだ来てないんでしょ? だったらそれまでの間でいいから踊ろうよ」
そういって彼は私の腕を力一杯引っ張ってくる。
その力の強さに腕が痛くなるが彼は気づいていないのか嫌がる私を遠慮なく引っ張り続けていた。
「痛……いから……やめて」
「なにお前? 男爵令嬢のくせに伯爵貴族の俺の誘いを断るわけ? 大体さお前みたいな黒髪の地味な女誰も相手にしないだろうから声かけてやってんの! 分かったら黙って付き合えよ」
「……あ」
地味な女だと言われた瞬間。急に心がぐちゃぐちゃになった気がした。
貴族の男に腕を捕まれてそれでも抵抗していたがその一言で抵抗する力が入らなくなってしまう。
そして大人しくなった私を見てその男性はようやく満足したのか私の腕を痛いほどに引っ張って無理矢理踊ろうとするーーけど。
「シア……大丈夫か?」
そんな男の腕を掴んだのは会話から戻ってきたアデリス様だった。
アデリス様はそのまま腕を下に引っ張り相手を転がした。
体勢を崩した男はアデリス様を睨むけどそんなことも気にせずに彼女は私の方へと近づいてそっと私の様子を見る。
「怪我はないか?」
「は、はい……大丈夫です」
そう呟くけど私の声はまだ怯えていて震えていた。
もっと上手く平気だと大丈夫だと言いたかったのにそれが言葉として出なかった。
そして代わりに出たのは言葉ではなく涙だった。
「シア……。お前よくもシアを……!」
アデリス様は泣いている私を見て転がった男に近づくとその場で相手を睨み付ける。
だがその男は彼女がアデリス様だということに気づいていないのか逆に怒鳴り始める。
「お前よくも俺に恥をかかせたな! ソイツの彼氏だか知らねぇが! 俺は伯爵家の長男なんだぞッ!」
そういって彼はアデリス様に殴り掛かるがそれを彼女は簡単に避けると逆に殴り飛ばした。
そして地面に倒れる彼の頭を容赦なく踏みつけた。
「伯爵家の割には礼儀がなっていないな。公爵家の私に頭すら下げないとは」
「こ、公爵家だと……公爵家はどいつもこいつも女のはずだ……ろ。まさかアデリス様なのか……」
どんどん伯爵貴族の男の顔が青くなっていく。別に彼が私の手を強く掴んだことは問題ではない。
その後にアデリス様に殴り掛かったことが問題だったのだ。
アデリス様の権力は国王より上。故に伯爵家程度ならば理由さえあれば極刑ぐらい簡単に出来てしまう。
「す、すみません! ぶ、無礼を働いてしまいーー」
「いいや許さない。お前は極刑だ。安心しろ一族には手を出しはしないお前だけの罪として刑を執行する」
アデリス様は冷たくいい放ち私の元へと戻る。今までに見たことのないアデリス様の姿。凄く綺麗だけどそれ以上に凄く冷たいように感じられた。
「シア……すまない。君を守れなくて、私がもっとずっと一緒にいてやれば辛い思いをせずに済んだのに」
先程までの冷たいアデリス様の姿は消えて目の前にいたのはいつもの優しいアデリス様だった。
彼女はそっと私の涙を拭うと守るように私を抱き締めた。
勿論そこまで私を大切にしてくれるのは嬉しいことだ。
でも今はそれよりも言わなければならないことがあった。
「私は……大丈夫です。だから……あの人の極刑も何とかならないでしょうか」
「何故だ。彼は君を傷つけた。ならばその報いは命であるべきだろ?」
「そんなことないないです。貴族祭だって控えていますしそれに見ず知らずの人ではあるけどやっぱり人がいなくなるのは悲しいので……」
「……シアは優しいな。私はシアを悲しませることなんてしないよ」
アデリス様はそういうと私の頭を撫でてさっきの貴族の所へと向かう。
彼は既に顔は真っ青で小刻みに震えていて惨めな状態になっていた。
アデリス様はそんな彼を何故か一度大きく蹴り飛ばした。
「ぐぁぁぁ」
「感謝しろ。シアがお前を許すそうだ。故に私も極刑を取り下げよう。だが罰がないというのでは私の威厳にも関わるからな一度だけ蹴り飛ばさせてもらった」
「あ、ありがとうございます!」
「礼ならばシアに言うんだな。私は彼女のように優しくはなれない」
それを聞いた貴族は今度は私に何度も頭を下げて感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございます! シア様の寛大さ故に命を繋ぐことが出来ました! 本当にありがとうございます!」
「あはは……」
私はそれに対して苦笑いで返すことしか出来なかった。




