詫びと焼き菓子
アイナ・シュタインに詫びにいくにあたり、なにか手土産を用意すべきだと思った。学生間での手土産は既製品の菓子を持っていくのが一般的であるため、女性の好みそうな甘い菓子にしようと考えた。当人に聞くのが早いと思ったが、あれ以降数日姿を見かけないため聞けなかったしアーノルド殿下に止められた。どれにするか思案しているときに思い出したのだ、殿下が以前部屋に来たときに持ってきてくださった菓子が美味しかったのを思い出したのだ。砂糖をふんだんに使った焼き菓子。アーノルド殿下にどこのパティスリーか尋ねると、快く教えてくださった。もちろん茶々もいれてきたが。飽きない人だ。まあとにかく、これだけ美味しい菓子なのだ。彼女も気に入るだろう。これで許してくれるといいのだが。
生徒会終わりのアイナ・シュタインに声をかける。こちらからわざわざ彼女を探して話しかけたのは初めてだからか、ぼんっと耳まで真っ赤になっていた。わかりやすい人だ。ふわふわと空に浮きそうなアイナ・シュタインを、少し話があると連れ出した。後ろでアーノルド殿下が口笛を吹いているのを聞いた。
人通りの少ない裏庭の噴水に行き、ベンチに腰かける。空き教室でもいいかと思ったが、未婚の男女が密室にいるのは外聞が悪いだろうし、かといって衆目の前で謝罪をするのはアイナ・シュタインにも迷惑だろうと考えての選地であった。いざ、詫びようと思ってもなかなか意気地がつかず、しばし無言になってしまった。
「あ、あの!話って、な、な、ななんでしょうか?!」
痺れを切らしたアイナ・シュタインが口火を切る。(そうだ、詫びをするこちらが相手を困らせていては本末転倒ではないか。おまけに女性に舵を切らせるなんて、情けない限りだ。)やれやれといわんばかりのアーノルド殿下の声が聞こえた気がした。気持ちを改めてきちんと謝罪しようと、カチカチのアイナ・シュタインに菓子が入った箱を渡す。
「…この間はすいません。無自覚とはいえ香水について言及するのは失礼でした。」
「あ、そのことですか、いえ、付けすぎた自覚はあったので…」
「そういうわけじゃない。本当に私が無知だっただけで。とてもいい匂いがしたから気になってしまったんだ。」
「……香水について触れるのはマナー違反ですよ。」
アイナ・シュタインはそっぽを向いてしまった。また、やらかしてしまった。女性と触れる機会が少なかったといえど、侯爵家出身のものとして非礼に非礼を重ねるなど笑止千万だ。なぜだか、アイナ・シュタイン相手だと上手くいかない。普段の私はかなり洗練された紳士なはずなのだが。
「すっすまない、アイナ嬢。本当にあなたを侮辱しようとか思ったわけではないのです。」
「…ふふ、わかってますよ、ウィンセント様。これ、いただきますね。」
私の焦る様子を笑い飛ばすように、お詫びの品の入った箱を持ち上げて微笑む。
「ええ、お好きなように食べてください。お口に合うといいのですが。」
アイナ・シュタインは綺麗に包装紙を剥くと、中に入っていた菓子をぱくりと摘まんだ。咀嚼した後、黙り込む。美味しくなかったのだろうか、それとも菓子の種類が気にくわなかっただろうか。
「味は、どうでしょうか?あ、お気に召さなければ後日違うお詫びの品を持ってきますので…」
「美味しいですよ。」
言い訳を並べるわたしを遮るようにアイナ・シュタインが微笑む。
「わたし、甘いお菓子はあんまり得意じゃなかったけど、ウィンセント様がくれたものはなんだかとっても美味しいです。」
「そうか…次は別の菓子も持ってきますね。お好きな種類などはありますか?」
「ウィンセント様がくださるなら、なんでも美味しいので大丈夫ですよ!」
「いえ、そういうわけにもいきません。あなたの好きなものを詫びの品としてこそ、私の誠意も伝わることでしょう。」
菓子は苦手だったのか、ではアイナ・シュタインは何が好きなのだろうか。聞き出したい気持ちが強く、適当な理屈を並べ立てた。
「え~。そこまで言ってくださるなら、おかきが好きです。」
「おかき…?なんだそれは。」
「え!しらないんですか?最近流行りのお菓子ですよ。東洋の国の餅と呼ばれる食べ物を揚げたものです。甘くないお菓子なので貴族男性の間で流行になってるって聞いたんですけど、ウィンセント様はご存知ないのですね。」
「そう、ですね。知りませんでした。」
「ふふ。流行に乗らないなんて変な侯爵令息様。」
「私は甘いもののほうが好ましいので。」
思わず言ってしまった。貴族令息が甘いものを好むなど、良い気はしないだろう。いくら風変わりなアイナ・シュタインといえど、気まずいことを伝えてしまった。
「そうなのですね!!じゃあ、一緒に食べましょう!!このお菓子とっても甘くて美味しいので。」
「いえ、お詫びの品を私が頂くわけには」
「そういうの良いですから。一緒に食べたほうがどんな食べ物も美味しいんですよ?ほら、あ~ん。」
「わかりました。自分で食べられますので。」
私に手ずから餌付けしようとするアイナ・シュタインをかわし、ひとつ菓子を貰う。やはりアーノルド殿下に献上されるほどの菓子だ、ふんわりとした食感でおいしい。しばらく2人でわきあいあいと菓子を摘まんだ。アイナ・シュタインはおかき以外にも揚げたお菓子が好きらしい。覚えておこう。なんだろう…以前この話を聞いたことがある気がする。菓子をつまむアイナ・シュタイン。隣で笑う…
そうだ、この光景見たことがある。夢でアーノルド殿下とアイナ・シュタインがおすすめの菓子を紹介しあっていたのだ、この噴水の下で。私はこの2人が笑い合う時間が続けば良いと思いながら、それを端のほうから見ていた。ガツンと頭を殴られた心地だ。己の身を振り返ろ、と言われた気がした。
私はアイナ・シュタインのアーノルド殿下との出会いの場を奪っておきながら、私に気のある素振りをする彼女をあしらい続けている。そのくせ、アーノルド殿下の助言に聞く耳も持たず、アイナ・シュタインを避けることもしない。自分の気持ちに整理が付けられない。自分がいったい何をしたいのか、私にはわからなくなってきていた。アーノルド殿下に謝罪したいのか、否夢の話を根拠に謝ったとて自己満足だろう。アイナ・シュタインとどうなりたいのだ…彼女といるとアーノルド殿下とアイナ・シュタインの姿がよぎる。純粋な気持ちで彼女に向き合うことが出来ない私に、関係を発展させる権利があるのだろうか。
もんもんとしていると、菓子が底をついた。アイナ・シュタインは綺麗に箱を包み直すと言った。
「今日はありがとうございました、ウィンセント様。明日からは今までどおり、話しかけにいきますね。」
「ええ、そうしてください。」
大事そうに箱を抱えて、小走りで去っていった。その後ろ姿を見ながら、私は物思いに耽った。正当な出会い方ではなかったものの、彼女に嫌われたくないという気持ちだけは確かに私の中にあるだった。




