隣の席
休日を挟んだ後、通常講義、もとい学園生活が始まった。もちろん実技だけではなく座学も修めてこその、王国立魔術学園なので今日は座学である魔術基礎学の初回講義を受けている。魔術基礎学とは、貴族を主とした魔力を体内に持つ者が心がける必要のある、魔術そのものについての理解や構造を知るための学問である。ここで基礎を学んでから、さまざまな属性に合わせた実技などに発展していく。もちろんそれ以外にも人の上に立つものとしての講義もあるのだが。
そんなこんなで私は今アーノルド殿下の左隣に座り、講義を受けている。……私の左隣にはアイナ・シュタインが座っている。なぜだ?この教室は三人掛けの長椅子の両端に座っても座席数には余裕があるというのに、なぜ三人掛けの椅子に三人で座っている…?しかも最前列で。スペース自体はあるものの気持ち的に窮屈だ。
ことの発端はアーノルド殿下の一言だ。最初は三人掛けの椅子の両端に座って講義の準備をしていた。そこへアイナ・シュタインが現れたのだ。
「おはようございます!殿下、ウィンセント様!」
「ああ、おはよう。シュタイン男爵令嬢。」
「おはようございます。……」
アーノルド殿下に倣って名前も呼ぶべきか迷って止めた。少しの迷いだったが、アーノルド殿下にはお見通しだったのか目を細められた。もはや私で遊び始めていないか…?
「調子はどうかな?」
「初めて魔術について学ぶので楽しみです!!」
「そうか、シュタイン男爵令嬢は魔術にはまだ覚えがないのだな。」
「はい!殿下やウィンセント様はすでに魔術の心得があるって聞きました。」
「まぁ、大きすぎる魔力の制御は早めに身に付けた方が良いからな。」
「魔力がいっぱいあるのも大変なんですね。」
「ふっ、ノブレス・オブリージュというやつさ。」
「わぁ、かっこいいです!ふふふ。」
「そろそろ時間です。席についてはどうですか。」
私を間に挟んで会話を進める2人に少しの疎外感を感じ、無理に会話に加わった。いや、遮ってしまった。少々子供過ぎる振る舞いだったか。2人が私をまじまじと見る。
「ほう?では、シュタイン男爵令嬢、ウィンセントの隣に座ってはどうだ?」
「え!?いいんですか?ウィンセント様!」
「なぜですか?」
「シュタイン男爵令嬢は魔術について学んだことがないと言っていたのでな、わからないことをすぐに聞けたほうが良かろう。」
「でしたら…」
「だが、生憎私はまだ婚約者もいない身、隣に未婚の令嬢を座らせるわけにはいかない。だろう、ウィンセント?」
アーノルド殿下が口角を上げて言ってくる。アーノルド殿下、私も一応婚約者のいない身なのですが。言い換えそうとしてアイナ・シュタインがキラキラとした目で私を見つめているのに気がついた。
「ウィンセント様、講義のお邪魔はしませんので、お隣にお邪魔してもいいでしょうか?」
「はぁ…わかりました。後ろの席でいいでしょうか?」
しぶしぶ隣に座ることを許可し、王太子殿下を動かすわけにはいかないので後ろの席にずれるために立ち上がった。
「まて、ウィンセント。3人で座れば良かろう。」
「え?」
「なに、これはもとより3人掛けの椅子、仕様どうりに使うのが道理であろう。ほれ、詰めてやらんか。」
「……はぁ。」
アーノルド殿下にこうも言われては反論もできまい。大人しく席を詰めた。
「どうぞ……アイナ嬢」
「はい!失礼いたします。」
ふわりとアイナ・シュタインが席に座る。近いな。アーノルド殿下とアイナ・シュタインとの距離はどちらも同じはずなのに、なぜだがパーソナルスペースに入られたようなむずむず感があった。講義に集中できるだろうか。
私の心配をよそに講義はつつがなく終わった。その後、アイナ・シュタインが私に講義の疑問点を聞いてきたので教えて差し上げた。その間当たり前のようにアーノルド殿下がにやにやとこちらを見ていた。至近距離でやるのは辞めていただきたいものだ。
ふと、甘い果物のような匂いが香る。菓子でも持ってきているのだろうか?
「…アイナ嬢、甘い果物のような香りがしますが、講義室に食べ物の持ち込みは控えたほうがよろしいかと。」
「あ、あ、あ、あ、」
ぷるぷると顔を朱に染めて震え出すアイナ・シュタイン。対照的に背後ではアーノルド殿下が大爆笑していた。なんだ、急に。
「きょっ、今日は初日でっ、き気合いをいれすぎた、だけなので、…しっ失礼します!」
急に叫び出すと、教室を飛び出してしまった。なんなのだ、少し注意しただけであの反応はいかがなものだろうか。アーノルド殿下はあいかわらず笑ったままであるし、可笑しな人たちだ。
「くっくっくっ。果物の香りはシュタイン男爵令嬢が付けていた香水だ。そして、女性に香水の香りについていうのはマナー違反だ、ウィンセント。ぶはっ。果物を持ち込んでいるわけなかろうよ。」
そう思った私にアーノルド殿下が笑いながら女性に対するマナーについて説明を始めた。女性は身だしなみのひとつとして香水を纏っていること、香水の匂いについて言及するのは「おまえの香水は付けすぎだ。」という意味になること、を教えていただいた。後者については知らなかったため、意図せずアイナ・シュタインの身だしなみを非難してしまった。私の不徳の致すところであった。
後日、私はアイナ・シュタインに非礼を詫びに行くことになったのであった。




