思い出の横取り
入学式の次の日は休日だった。昨日の魔術属性適正検査で初めて魔力を使った生徒が体調を崩すことを懸念しての措置だ。そのため、今日は私もアーノルド殿下も寮の自室で休むことになっている。率先して休む姿勢を見せることも王族の務めなのだ。
私は手帳を取り出し、昨日みた予知夢の内容を思い出せるだけ書き出していた。今後何かの役に立つかもしれないからだ。夢の中のアーノルド殿下とアイナ・シュタインは中間試験や感謝祭のエスコートなどを通して進行を深め、恋人と言って差し支えない関係となる。そして、最終学年の秋、アーノルド殿下の隣国の姫との結婚が決まり、アーノルド殿下と私がさまざまな手を尽くしたものの王の命によってふたりは別れることとなった。まぁ手を尽くすと言っても大したことはできなかったのだが。おおかたこんな流れだったか。
書き終えて筆を置くと大きく伸びをした。こんなもの書いて何になるのだ。たいして当たらない予知をまとめておいたところで果たしてどこまで役に立つのか。昨日まであった、これが予知夢だという確信は失われつつあった。もし本当に予知夢だった場合、私がアーノルド殿下の青春を横取りしてしまったことへの恐れが私の自信を損なわせているのかもしれない。
おまけに夢では見られなかった、アイナ・シュタインの生徒会入会、私への好意的な態度。私が彼女を助けたことで大きな歪みでも生まれてしまったのだろうか。ふつふつと言い様のない感情が積み上がっていく。
コンコン
突然ドアがノックされた。
「ウィンセント。いるか?」
アーノルド殿下がなぜか私の部屋を訪ねてきたのだ。今日は休暇中のはずなのに、何の用があるのだろうか。
「どうぞ。」
静かに戸を開けてアーノルド殿下が入室してくる。真剣そうな面持ちだ。本当に何か不足の事態でも起きたのだろうか。
「何かありましたか?」
「いや、実はな…」
要領を得ない物言いだ。普段のアーノルド殿下らしくない。本当に何か重大なことが起きたのだろうか?私が未来を変えてしまったせいか?いぶかしがる私を見てアーノルド殿下は満足したようにニヤッと笑いながら、後ろ手に持っていた何かを私に差し出してきた。よくある中くらいのプレゼントボックスのようだ。
「これはなんです。」
「パーティーだ。入学祝いのお菓子が大量に部屋にあってな、おまえと食べようと思って持ってきたのだ。」
「お祝いの品でしたら、アーノルド殿下御自身がお食べになってはいかがですかね。」
「そう、冷たいことをいうでない。お前が甘党なことはしっかりと覚えておるぞ、ウィンセント。」
「…」
余計なことを覚えている人だ。この国では男性が甘党であるのはウケが悪いため、体裁を考えてもこっそりと嗜むのが一般的だ。幼い頃子供だからと気にすることなく甘いものを頬張っていたのを、まだ覚えているとは。アーノルド殿下は無遠慮に椅子に腰かけ、箱を開け始める。
「アーノルド殿下の私室に呼び出していただければ伺いましたのに。アーノルド殿下には狭い部屋でしょう。」
この寮では王家専用の部屋以外は半分ほどの広さしかなく、家具も王宮にあるようなロココ調の豪奢なものではない。パーティーをするのであれば、アーノルド殿下の私室で行う方が良いのではないだろうか。
「身体的距離を縮めることで話しやすくなる場合もあるのだよ。おまえはそんなことも知らんのか、ウィンセント。」
「はぁ…?」
良くわからない言説を言ったあと、満足気に私を対面に座るように手で促してくる。しぶしぶ席に着くと、アーノルド殿下は一足先に菓子をつまみ始めていた。甘いものに目がないのはお互い様なのではないだろうか。まぁ、本人にはお伝えしないでおこう。
「私にもください。」
「ああ、好きなだけ頬張るが良い。むぐむぐ。」
「口に食べ物を入れたまま話さないでください。皇太子殿下ともあろう人が、行儀が悪いですよ。」
「なぁに、おまえと私しかいないのだ。露見することなどないさ。」
「露見するしないの話ではなくてですね…」
「これなんてどうだ?チョコとプレーンのクッキーだ。市井のものの間でも評判らしい。」
話をそらすようにクッキーを口に突っ込まれる。さっき行儀が悪いという話をしたばかりなのだが。口に含んでしまったものは仕方がないため、大人しく味わう。ふわりとバターの味がするクッキーだ。チョコとプレーンのバランスもちょうど良く、チョコレートがくどくないアクセントになっている。
「むぐ。むしゃむしゃ…おいしいですね。」
「だろう?」
肩肘をついたアーノルド殿下がにこやかに笑う。だから、食事中に肩肘をつくなど行儀が悪いのですが。まぁ、大方私から聞き出したいことか、内密に相談したいことでもあるのだろう。アーノルド殿下の目論見としては、目上の人間があえて砕けた態度を取ることで、話しやすい環境を作りたいのだと思われる。この御人は気配りのできる人なのだ。
「で、何が本題なんですか?アーノルド殿下。」
「ん?本題も何も私はウィンセントと菓子をつまみにきただけだが?むぐ、これもうまいな。」
「食べながら話さないでいただけますかね…それ、私にもください。」
「ほれ。」
「…おいしいですね。どこのパティシエでしょうか…」
「今度聞いておいてやる。」
「ありがとうございます。」
「……ところでなんだが」
「やっぱり本題あるじゃないですか。」
「細かいことは気にするな。」
すっとぼけるアーノルド殿下に思わず肩を落とす。そんな私を意に介さずに、アーノルド殿下は本題とやらに入った。
「シュタイン男爵令嬢のことは、どう思っているんだ。」
今までの茶化すような物言いではなく、純粋に私の答えを待っている言い方だった。なんだか、居心地が急に悪くなった。誤魔化すように菓子を食す。
「どうも、何もないですが。昨日会ったばかりの令嬢に何を思うと言うのですか?」
「シュタイン男爵令嬢は、素晴らしい人だと私の観察眼は言っている。しかし、家格の異なる彼女との未来は茨の道ともなろう。手を回すのであれば、早く動くに超したことはない、と私は思うのだがな。」
静かな言葉だった。この時、確かにアーノルド殿下に王たる威光を見た。何も言えなかった。否定の言葉も喉でつかえてしまった。アイナ・シュタインに少し惹かれている自分を認めたくなかった。そして、夢で見たアーノルド殿下とアイナ・シュタインの茨の道の行く末を、思い出していた。
「まっ、私の気が早すぎたようだな。残りは置いておく、好きに食べろ。ではな、ウィンセント。」
ぱっといつもの表情に戻ると、アーノルド殿下は菓子を土産に颯爽と退室してしまった。




