友人
アイナ・シュタインに詫びを入れた次の日、いつものようにアーノルド殿下と席に着き講義が始まるのを待つ。まぁ、彼女のことだ、機嫌を直してまた私の隣に座ろうとするだろう。そう思い、荷物を開かずにアイナ・シュタインが教室に来るのを待つ。となりに座るアーノルド殿下は生徒会活動の資料を眺めていらっしゃった。こちらが何をしていても気に留めないだろう。私は頬杖をつきながら教室の入り口に目をやっていた。
「…シュタイン男爵令嬢が来るのがそんなに待ち遠しいかい?ウィンセント。」
「……なんの話ですか。私はただ、講師の先生がいらっしゃるのを待っていただけですよ。」
めざとい人だ。先程までこちらを見もしなかったではないか。内心慌てて教科書を取り出しあたかも講義の準備をしている風に取り繕う。アーノルド殿下相手では取り繕ったところで無意味かもしれないが。
「ほ~ん。そうかそうか。では、これで早めに来るように伝えておくとしよう。」
アーノルド殿下が持っている王家専用の連絡用ラクリマを見せてくる。もしもの非常事態が起きたとき、講師の先生方が真っ先に王太子殿下の安否を確保するために持たされているものだった。手のひらサイズの小さなラクリマを人差し指の上で回転させながらにこにこしている。なぜか圧を感じる笑顔だ。
「結構です。講師の先生もお忙しいでしょうから。あと、貴重なラクリマですので大切に扱った方がいいかと。」
「まぁ、流石にそんなことはせんよ。職権乱用ともとれるからな。」
澄まし顔でラクリマをしまう。
「本当に気を付けてくださいね。いつ挙げ足を取られるとも限りませんので。大体アーノルド殿下はいつも」
「お、シュタイン男爵令嬢だ。」
思わず声につられて入り口を見てしまう。背後で押し殺した笑い声が聞こえる。まんまと乗せられた悔しさが込み上げてくる。私の視線に気づいたアイナ・シュタインが駆け寄ってくる。
「おはようございます。殿下。ウィンセント様。」
「ああ、おはよう。シュタイン男爵令嬢。」
「ええ、おはようございます。アイナ嬢。」
相変わらず元気な人だ。見ていて眩しいほどの笑顔に思わず惚れ惚れする。
「あ、そうだ。これ、あげます。」
アイナ・シュタインが小さな袋を差し出してきた。
「これはなんでしょうか。」
「おかきです。昨日お話しした最近流行りの。」
「頂いてよろしいんですか?」
「はい。好きなものは分け合えって母の教えなので。」
「幸せのお裾分けってやつです。」
貰った小さな袋を開けると、軽い鉱石のような形の、薄い焼き色のついた白いお菓子が入っていた。かすかに香ばしい匂いがする。
「ありがとうございます。大切にいただきますね。」
「はい!!」
「シュタイン男爵令嬢殿。私の分はないのかな?」
私の袋を覗きながらアーノルド殿下が尋ねる。
「あっもちろん、殿下の分も用意するつもりはありましたよ。ただ、殿下は毒味とか必要なのかなって思ったので、こちらを変わりにどうぞ。」
アイナ・シュタインがアーノルド殿下に名刺ほどの大きさの紙を渡す。覗き見るとパティスリーらしき名前と住所などが乗った店舗名刺のようだ。
「これでお供の人に買ってきて貰う方が安全なのかなって。あ、いらない気遣いだったら、今おかきありますよ。」
「いや、よい。そなたの心配り、受け取っておこう。うむ、後で食べるのが楽しみだな。」
一見うっかりしているアイナ・シュタインにも、アーノルド殿下への気遣いはあるのだなと感服した。入り口に講師の先生がいらっしゃったのが見える。そろそろ講義が始まる時間か。
「アイナ嬢」「では、また後でお会いしましょう。?ウィンセント様、何かありましたか?」
「いえ、何でもないですよ。」
「?そうですか。では、殿下、ウィンセント様、失礼いたします。」
そう言うと後ろの方の席に向かっていった。隣に座ればよいのに、と思っていると、どうやら友人らしきご令嬢と座って談笑し始めた。そうか、彼女にも友人がいるのか。夢で見たアイナ・シュタインはいつもアーノルド殿下と共にいたため、思い当たらなかった。
「形無しだな、ウィンセント。」
「…なんのことやら。」
アーノルド殿下が私の肩を優しく叩く。アイナ・シュタインに学友がいるのは良いことではないか。頭ではそう思っていても、私の心は納得していなかった。当然隣に来るものだとばかり思っていた分、矜持が折られた気分だったのだ。
講師の先生が講義を始めたため、それ以上は考えないようにした。
話し半分で講義が終わり昼食時間となった。ぞろぞろと生徒たちが教室から出ていく。アーノルド殿下と食堂に向かうため荷物を纏める。振り返りアイナ・シュタインを見ると、隣の令嬢と教科書を見て話し込んでいた。
「私に聞いてくれれば良いのに。」
知らずの内に声に出てしまっていたようだ。アーノルド殿下が私の肘を指でこずいてくる。腕を動かしてかわすとにやにやと笑ってくる。
「お前から話しかけにいけばよいだろうに。なぁ、ウィンセント?」
「…お構いなく。さ、行きますよ。」
軽くいなしてアーノルド殿下と食堂に向かった。アイナ・シュタインに友人ができたのなら、今後話す機会も減っていくのだろう。惜しいものだ。
食堂につくと、アーノルド殿下と私は食堂の端にある2人掛けの丸机に座った。隣の同じ形の机は空席だったため、ちょうど良かった。各々料理を頼む。
がやがやと混み始めた食堂で食事を嗜んでいると、そんな私の気持ちを知ってか知らずかアイナ・シュタインが隣の机に来た。教室で一緒だったご令嬢をつれて。
「わぁ、隣の席なんて偶然ですね、殿下、ウィンセント様。」
アイナ・シュタインがわざとらしくにこやかに言いきる。友人らしきご令嬢はあまりの気まずさにうんざりといった態度だ。彼女もアイナ・シュタインの奔放さに振り回されているのだろう。
「ああ、これはなんとも偶然だな、シュタイン男爵令嬢。」
アーノルド殿下がわざとらしく応じる。
「ええ、なんとも偶然ですね。アイナ嬢。」
「ところで、そちらのご婦人はどなたかな?是非ともご紹介願いたいものだ。」
アーノルド殿下がそれとなく隣のご令嬢を紹介するようにアイナ・シュタインに促した。彼女もそれに応じる。
「あっこの子はわたしの友達のエライザです。ウィンセント様。」
「お初にお目にかかります。ハーヴェスト伯爵が娘、エライザ・ハーヴェストです。どうぞお見知りおきをお願いいたします。」
見事な挨拶口上だ。流石は伯爵家というべきか。アイナ・シュタインのお辞儀もかなり洗練されたものだったが、ハーヴェスト嬢は全てが洗練されたご令嬢といった感じだ。顔をあげて艶やかな黒髪を耳にかける。アイナ・シュタインとは反対にとても大人びた造形をしている。深い赤色の瞳が理知的な印象を与えるご令嬢だ。
「ふむ、覚えておこう。」
「クラレス侯爵家の三男、ウィンセント・クラレスです。こちらこそよろしくお願いいたします。」
「ええ。」
「ま、座りたまえ。食事もまだなのだろう?」
2人が席に着く。アーノルド殿下がおすすめの料理を紹介しながら、2人が食事を選ぶ。配膳を待つ間、しばし談笑の時間が訪れる。もとより他の生徒との交流は控える予定であったアーノルド殿下だが、国王陛下を説得したらしく無理に避けずとも良いとなったそうだ。
「聞いてくださいウィンセント様。エライザったらすごい人なんですよ。講義のわからないところ何でも教えてくれるんです!」
「いえ、そんな。殿下の御前で恐れ多いことです。」
「いや、ハーヴェスト家の話は私の耳にも入っている。随分教育熱心な方針らしいな。ハーヴェスト伯爵令嬢のような人が、将来国を背負って立つのだと私は考えているよ。」
「ありがたきお言葉です。」
「うちのウィンセントの両親も教育熱心な方でな、わからないことがあれば気軽に尋ねるとよい。」
「ちょっとアーノルド殿下。適当なことを仰るのはやめてください。」
「適当なものか。」
そうこうしていると料理が現れた。アイナ・シュタインとハーヴェスト伯爵令嬢の他愛ない話を聞きながら食事をする。やがて2人の料理も届き、各自黙々と動く時間が流れる。
食事が済み、席を開けるため我々は荷物を纏め、まだ食事中の2人に挨拶をし食堂を退室した。別れ際、これだけは伝えておきたいと思い、アイナ・シュタインに顔を寄せ小さい声で言った。
「…何かあれば、お気軽に頼っていただいて構いませんよ。…では、また後ほど。」
アイナ・シュタインの耳が林檎のようになる。かくいう私の耳もそれはそれは赤くなっていたことだろう。言いたいことは言えたのだ。満足した私はアーノルド殿下の反応はあえて確認せず、歩きだした。どうせ、にやにやしているのだろうから。




