しつこい女
アイナ・シュタインはにこにこと私のとなりに腰掛け、料理を注文し出した。私は予知夢と先程のアーノルド殿下の話も相まって気まずい思いだった。何が楽しくて他の男と恋愛していた女と隣で食事をしなければならないのだろうか。
「シュタイン男爵令嬢。先程ぶりですね。」
「はい、殿下。先程はお世話になりました。」
にこやかに会話をする二人。
「ウィンセント、こちらはアイナ・シュタイン男爵令嬢だ。シュタイン男爵令嬢、こちらはウィンセント・クラレス侯爵令息だ。まあ、もう互いに知っている身だとは思うがな。」
一応形式ばった紹介をした後、アーノルド殿下がこちらに片目をつぶってきた。今のどこにユーモアがあったのだろうか。
「あ、あの、クラレス様。入学式では助けていただいて本当にありがとうございました。」
「いえ、当然のことをしたまでですので。」
「当然?今までのお前だったらあそこまで優雅に助けていたのかなぁ。適当に腕だけつかんで終わりじゃないか?ご令嬢の腰に手を回して助けるなんて、なぁ?」
ほほを赤らめて礼を述べてくるアイナ・シュタインにそっけない返事をすると、すかさずアーノルド殿下が私に茶々をいれてくる。何がしたいのだ、この御人は。
「アーノルド殿下。今の発言はご令嬢に失礼となりますよ。」
「ああ、これは失礼いたした。私はこんな女心もわからぬ男だからな、ここは席をはずそう。じゃ、ウィンセント、またな。」
言質を取ったとばかりに大袈裟に両手を上げ席を立つアーノルド殿下。嵌められた。このままアイナ・シュタインと二人にされるのはたまったものじゃない。アーノルド殿下を追いかけようと席を立つ私をアイナ・シュタインが止めた。
「あ、あの、クラレス様。わたし、クラレス様とお話がしたいです。まだ、いかないでください。」
私の袖をつかんで眉を下げて懇願してきた。思わず足を止める。アーノルド殿下がこちらを振り返り手を振ってきた。
「女性をおいて行くなんてナンセンスだぜ、ウィンセント。」
またもや、片目をつぶると他の生徒たちが会話をしている席に混ざってしまった。途方にくれてそちらを見ている私の袖を再度アイナ・シュタインが引っ張った。ギギギと音がしそうなほどぎこちなくアイナ・シュタインの方を向いた。
「…クラレス様?わたしとのお話はお嫌でしたか?」
今にも泣きそうな顔で私を見てくる。庇護欲をそそる表情だ。小動物か何かのようだ。その表情に負け、私は席に着き再度無言で食事を取り始めた。そうだ、アーノルド殿下はさまざまな生徒と触れあうことを望んでいたのだから、これはその願いを叶えるために必要な事なのだ、なんて言い訳をしながら食事を頬張る。しばらくしてアイナ・シュタインが声を出した。
「あ、ありがとうございます。クラレス様。わたしのわがままを聞いてくださって。うれしいです。」
「いえ。女性をひとりにするわけにはいきませんので。」
「ふふ、お優しいのですね。殿下に聞いた通りです。」
「…アーノルド殿下は私のことをなんと?」
「え、えっと、なんでもできる才能人間で、おまけにとても優しくて、献身的な人だって、おっしゃってました。」
「はぁ、シュタイン男爵令嬢。アーノルド殿下にのお言葉は大部分が誇張されたもののようです。無山矢鱈に鵜呑みにするのはやめた方がいいですね。」
「あ、アイナって呼んでください。」
「いえ、会ったばかりの女性をファーストネームで呼ぶわけにはいきません。」
マナーの問題だけでなく、これ以上アイナ・シュタインとの距離を縮めたくない思いで彼女の提案を下げた。どうしてもアーノルド殿下と仲睦まじくしていた彼女がよぎる。残念そうにする彼女の顔に罪悪感が募ってきた。いや、しかし、まだ、ファーストネームで呼ぶほどの仲ではないだろう。当たり前のことだ。
「ほんとうに、ダメですか。」
「…そこまで言うのでしたら、応じましょう。恥をかかせるわけにはいきませんので。」
口が勝手に了承していた。積み重なる罪悪感に耐えきれない。なんなのだ、この女。
「わぁ、ふふふ。ありがとうございます。」
花がほころぶように笑った。彼女の髪の色も相まって本当に花のようだ。
「殿下のアドバイス通り勇気を出して声をかけてよかったです。クラレス様。」
「私のことはウィンセントで構いませんよ。こちらだけファーストネームで呼ぶわけにはいきませんから。…殿下のアドバイスとは?」
アーノルド殿下が何か吹き込んだのだろう。
「えっと、この後食堂でお昼ごはんを食べるから、是非そのときにクラ…ウィンセント様に声をかけて見たらどうかって。なんなら隣に座りたまえって。言っていただいて。」
思わずアーノルド殿下の方を見る。アーノルド殿下がこちらを見てニヤニヤしていた。




