ウィンセント・クラレス
朝日が差し込み、目が覚める。控えめな伸びをして私は思う。不思議な夢を見ていた。私が仕えるアーノルド王太子殿下が乞い願う女性と幸せになろうともがき、別れを余儀なくされる夢。私は、そんな二人のことを陰ながら支えていた。抗ったところで、王族である殿下が自ら選んだ人と幸せになる未来がこないことは、私もわかっているつもりだったのに。別々の道を歩む2人の後ろ姿を涙を流しながら見ていた。
私の想像力も豊かになったものだな。半分寝ぼけた頭でそんなことを考えながら寝台を降りた。 アーノルド殿下の未来に想いを馳せながら、朝の身支度を済ませる。己で長い銀糸のような髪を結い、ネクタイを締め、ジャケットを羽織る。鏡越しに蒼い瞳と目を合わせれば、少しつかれた顔が見える。昨日から高位の貴族専用の寮生活に入ったことで、己の身の回りを自分でなんとかする必要がでてきた隣室の主人の身支度を手伝うべき部屋を出る。王太子であらせられるアーノルド殿下さえも、この王国立魔術学園ではひとりの生徒なのだ。侯爵家三男の私はアーノルド殿下と年が同じこともあり、小さい頃から何かと面倒をみるように国王から仰せつかっていた。寮生活になってなお、その関係は継続されていた。静かに廊下に出て寮の最上階へ向かう。
「アーノルド殿下。おはようございます。ウィンセントです。もうお目覚めですか?」
この寮でもっとも重厚なドアを叩き、様子を伺う。アーノルド殿下は朝が苦手なのだ。生返事が扉の向こうから聞こえる。その後少ししてドタッと大きな音が聞こえたので、急いで入室する。普段は威厳を放つ王太子殿下が寝ぼけたのか寝台から落ちて大の字に伸びていた。アーノルド殿下に思いを寄せるご令嬢がみたら卒倒ものだろう。
「アーノルド殿下。よい目覚めのようですね。ご気分はいかがでしょうか。」
「……良いわけがあるか。おかげで目が冴え渡っておる。」
「それはようございました。本日は入学式ですので、そろそろご準備をなさってください。」
「あぁ、わかっている。」
「寝ぼけたのか王太子の式辞なんて前代未聞ですよ。」
「もう目は覚めてるよ。まったく、口の減らないやつだ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
よたよたと立ち上がり礼服を着るアーノルド殿下を手伝いながら、再度今日みた不思議な夢のことを思う。アーノルド殿下には現在女の影などないというのに、いったい夢でみたあの女性は誰なのだろう。おそらく学園の生徒ではあるだろうが…不思議な夢だ。細部までいやに現実的だった。
アーノルド殿下は王太子として気品溢れる佇まいと帝王学への深い造詣を持つ、民からの信頼厚い御人である。…遊び心も秘めた御方ではあるが。そんな方が、叶いもしない恋心に身を焦がすだろうか。にわかには信じられなかったものの、己の夢の鮮明さはこれを真実だと伝えている。
「何を呆けておる。いくぞ、ウィンセント。」
「ぁ、ええ。行きましょう、殿下。」
すっかり目を覚ました。アーノルド殿下に急かされるように入学式会場に向かった。先程床に伸びていたとは思えないほど颯爽と歩く自信に満ち溢れた姿は、流石王家の者と言ったところか。身分差を不問とするこの学園においても、家柄を気にする立派な令息令嬢たちも多い。そのため、朝が苦手なアーノルド殿下でも、誰よりも早く着いておく必要があるのだ。権威あるものの配慮というやつだ。
いち早く入学式会場に到着し、笑顔で後から来る生徒に挨拶する殿下を横目でみながら、私は夢でみた令嬢を探していた。もし、あの夢が本当ならばアーノルド殿下との接点を持てる可能性が一番高いのは、同級生となる令嬢だと考えたからだ。もし、夢が現実なら、の話だが。きょろきょろと辺りをみるが、見当たらなかった。顔をはっきりとは覚えていないのもあった。
そこでふと、夢の内容を思い出す。確か、アーノルド殿下がここで、貧血で倒れかけたひとりの女生徒を助けたはずだ。もし、万が一夢が本当で私に予知を授けているのだとしたら、もう少しで実際に起きるはず。そう思いアーノルド殿下の方を見ると、初めての王族への謁見に興奮した生徒たちに囲まれていた。あの様子では、倒れる女生徒を助けるのは無理だろう。やはり、夢だったのか。
しかし、念のため夢で見た付近に控えておくか。心の奥底では自分が予知夢をみたという貴重な体験を本当のものと確証を得たかったのかもしれない。遠くからアーノルド殿下の様子を眺めて時間を潰す。本当に予知夢だったらな、私の微かな子供心がくすぐられた。少しして足取りがふらふらした女生徒が私の前を通りすぎた。この人が倒れた人か、そう思った瞬間、予想通り女生徒が倒れた。私は反射的に彼女の体を右手で担ぎ上げるように支え、地面に伏すのを止めた。
「大丈夫ですか。」
「ぇ…あ。ありがとうございます。助かりました。えへへ」
はっとした後にそう言って女生徒が顔を上げた。桃色のふわふわした肩まで伸ばした髪に、くりくりとした薄い紫の瞳、少し幼い造形の可愛らしい顔に、貧血なのか少し青い顔色、夢でみた記憶が鮮明によみがえる。
そうだ、この女、アイナ・シュタインがアーノルド殿下が夢で思いを寄せていた女性だ。入学式での出会い、彼女との身分差の恋に溺れる殿下、隣国の姫との政略結婚、失意の別れ、それらが走馬灯のごとく思い出された。
そして私は、夢どおりの生徒が現れたことと、彼女とアーノルド殿下との出会いの場を奪ってしまったということに思い至った。




