食堂にて
先を行くアーノルド殿下を追いかけるように食堂へと向かう。食堂へ付くと、人は思ったよりは少なかった。食事を外へ持ち出して食べる生徒が増えてきたのだろう。最近では後夜祭での同伴が決まり、人目につかないところで逢瀬を楽しむ者も増えてきていた。
アーノルド殿下と二人掛けの机に座る。陛下からのお許しがでた今でもアーノルド殿下は、あまり頻繁に生徒の輪に混ざると気を使わせてしまうだろうから、とほとんどは二人で食べるか、生徒会の人達とご一緒しているようだ。ラクリマを通して料理を選ぶ。
「ウィンセント、お前また同じ料理を選んでいるではないか。」
「ええ、好きな料理ですので。」
「栄養が偏らないように健康管理をするのも貴族の務めだと私は思うがね。」
「…次回からは善処します。」
アーノルド殿下に小言を賜った。人に行動を促すことはあれど、他人の行動に口を挟むのは珍しいことだと思った。もしや、後夜祭のパートナーとなるオーランド伯爵令嬢の影響なのだろうか。
「お、シュタイン男爵令嬢殿ではないか。調子はいかがかな?」
アーノルド殿下が私の背後に声をかけた。振り返るとアイナ・シュタインが一人で席を探していた様子だ。こちらに気がつくとにこりと微笑んだ。最近アイナ・シュタインはいそいそと何かをしており、間近で会うのは数日ぶりだった。珍しく、今日は髪の上半分をまとめて顔の横に結んでいた。
「ご機嫌よう。アーノルド殿下、ウィンセント様。」
「今日はハーヴェスト伯爵令嬢はご一緒ではないのかい?」
「エライザはさっき男子生徒に呼び出されて行ってしまいました。多分後夜祭のダンスの話だと思います!」
「ほう。」
「エライザったらほんとに色んな人に声をかけられてるんですよ。すごいですよね。憧れちゃいます!」
「シュタイン男爵令嬢はお相手はもう決まったのかい?」
アーノルド殿下は私に目をやりながら言った。私はいたたまれなくて目をそらした。アーノルド殿下がオーランド伯爵令嬢をエスコートするのであれば、アイナ・シュタインを誘うことへの不安は取り除かれた筈なのに、私はどうにも尻込みしてしまっている。アイナ・シュタインを早く誘わなければよそに取られてしまうぞと頭の中のアーノルド殿下が言っている。
「あ、私は…誘っていただいてはいるんですけど、なんだか気乗りしなくて断っちゃいました。」
「ほう、そうだったか。では後夜祭へは参加しないのか?」
「いやぁ、あははは。内緒と言うことでお許しいただけないですかね。」
「はっはっはっ。構わないとも。」
アイナ・シュタインは後夜祭へ参加するつもりがない?おまけにアイナ・シュタインを誘った男がいる?理解が追いつかなかった。私が彼女を誘う誘わない以前に参加するつもりがない?彼女に目をつけた男がいる?そしてその男の誘いを断った?いったいどこの馬の骨なのだろうか?私も腹をくくるべきなのか?夢でアーノルド殿下は何と言って彼女を誘っていた?どんな誘い方が好みなのだろうか?
ぐるぐる思考する私を気にせずアイナ・シュタインは隣の二人掛けの机に着席し、料理を選んでいる。しばらくしてハーヴェスト伯爵令嬢が用事を済ませてやってきた。
「ここにいましたの、アイナ。」
隣の机の我々に向き直り挨拶をしてくる。相変わらず礼儀正しい人だ。
「ご機嫌よう、殿下、クラレス侯爵令息様。」
「ああ、ご機嫌ようハーヴェスト伯爵令嬢。」
「ええ、ご機嫌よう。」
ハーヴェスト伯爵令嬢は優雅に席に座り料理を選ぶ。その間に私たちの料理が届き、各自食事を頬張ることとなった。やがていの一番に食べ終わったアイナ・シュタインが口を開く。
「ね、エライザ。結局お誘いには乗ったの?」
「いいえ、お断りさせていただきましたよ。」
「えーまた?エライザはいったい誰と後夜祭へ行くつもりなのよ。」
「さぁ?本の中の王子様とでも行こうかしら。」
「もーいつもそればっかり。」
ハーヴェスト伯爵令嬢は特定の相手の誘いを待っているようだな。食事を口に運びながら思う。女性からパートナーを探すのがマナー違反である都合上、目当ての男が来るまで他の男に頷かない令嬢も一定数いる。ハーヴェスト伯爵令嬢もそのうちの一人なのだろう。
「アイナはいかがなのです?」
「え、それはぁ、まぁ。」
アイナ・シュタインが両手の人差し指を突き合わせて話を濁す。何かあるのだろうか。先程アーノルド殿下に尋ねられたときとの反応の違いに、何かがあるのを感じ取った。
「このままでは乗り遅れてしまいますわよ。」
「んもう、エライザのいじわる!」
「ふふふ。」
何か含みのある会話だ。二人の間でなにか秘密でもあるのだろうな。ハーヴェスト伯爵令嬢はころころと笑いを零している。食事を終えた私は、会話に加わるタイミングを逃して、二人のやりとりを隣で聞く。
「そういえばこの間の実技訓練ですけれど。」
「え?なぁに?」
「私、実は…」
会話内容は次第に後夜祭のパートナーから逸れていった。アイナ・シュタインの後夜祭に関する目論見を聞き出すことは難しそうだ。彼女が参加するつもりなのかが気になって関係の無い会話が頭に入ってこない。
「ウィンセントはまだ後夜祭を共にしてくれるお相手が決まっていないのだったか?」
黙々と食事をしていたアーノルド殿下が、最後の一口を食べ終えたことを機に口を開く。私がまだ誰も誘っていないのは廊下で話したはずだ。隣の机のアイナ・シュタインに聞かせるために、わざと言ったのだ。普段アイナ・シュタインについて話題に出すときは茶化すように発言をしてくるのに、いやにさらりと言ってのけた。
「ええ、それが何か?」
「このままでは一人での参加になってしまうな、と思っただけだよ。」
「え、ウィンセント様はお一人で参加されるおつもりなんですか?!」
話を聞いたアイナ・シュタインが驚いたように大声で言った。すかさずハーヴェスト伯爵令嬢に大声を窘められていた。
「どうなんだ?ウィンセント。もう、私のエスコート役はできないぞ。」
「わかってますよ。」
さぁ、アイナ・シュタインを誘え、と言わんばかりの挑発だ。アーノルド殿下は、まだ私をアイナ・シュタインへけしかけるおつもりのようだ。
「いい加減腹を括らないと、後夜祭間近になって令嬢に端から声をかけることになっては困るぞ。」
「ご心配無用です。関係値を積み上げたわけでもない令嬢に無闇矢鱈にエスコートを打診する悪漢とは私は違いますので。」
「ほう、言うじゃあないか、ウィンセント。」
「…まぁ、でも、断られるにも関わらず、私にエスコートを申し込む心意気だけは羨ましいものですね。」
食事を食べ終えたハーヴェスト伯爵令嬢が口をハンカチで拭きながら発言する。その瞳がちらりと私を見やる。ひやりとした視線が私を一瞬だが射抜いた。お前はアイナ・シュタインを誘うための些細な勇気も出せないのか、と言外に言われた気がした。
この光景に見覚えがある。ハーヴェスト伯爵令嬢の瞳に秘めた期待に覚えが、ある。そうだ、予知夢だ。夢の中で、アイナ・シュタインを公然と伴うことへの悩みを抱えるアーノルド殿下に、私も同じように発破をかけた。それを受けてアーノルド殿下はアイナ・シュタインをパートナーに誘い、陛下に彼女との仲が認知されるようになった。
「っ。この後予定があるのを失念していました。では、私は失礼いたします。」
夢に背中を押されるように立ち上がり、適当な言い訳を残して私は足早にその場を去るのであった。去り際のアイナ・シュタインの顔を見ることはできなかった。
週3ほどの間隔で19時頃更新で連載しています。ブックマーク、評価等よろしくお願いします。執筆速度と妄想力が上がります。




