瑠璃色のスタッドボタン
己の情けなさに陰鬱な気分になりながら、どこへともなく歩いている。ハーヴェスト伯爵令嬢の激励に乗ってアイナ・シュタインを後夜祭に誘えば、夢で見たアーノルド殿下と同じように悲惨な終わりを迎えるのではないか。そんな焦燥感を抱えている。
気がつけば裏庭の噴水前に来ていた。このベンチでお菓子を食べながら笑うアイナ・シュタインの姿が懐かしい。夢とは違い、アーノルド殿下ではなく私に微笑みかける彼女。夢は夢、そう頭ではわかっていてもなかなか踏ん切りがつかない。夢の中のアーノルド殿下は、特注品の髪飾りを渡してアイナ・シュタインを誘っていたっけか。そのような甲斐性は私にはないし、贈り物のセンスもない。彼女を後夜祭に誘う勇気がでないのだ。アーノルド殿下の魅力に、彼女が靡いてしまうのではないかと、不安が拭えない。
ベンチに腰掛けうなだれる。私はいったいどうしたいのだろうか。自分でも己が制御できない。アイナ・シュタインの私を呼ぶ声がありありと脳内に蘇る。なぜ、そこまで私を追いかけてくれるのだろうか。自分を素っ気なくいなす、甲斐性のひとつもない、こんな私に。アイナ・シュタインの笑う顔が瞼の裏に浮かぶ。彼女の声が頭から離れない。
・・・なんだか、本当に彼女の声が聞こえないか?
「ウィンセント様!!」
聞こえてきた声に顔を上げると、アイナ・シュタインがいた。食堂から逃げた私を探して追いかけてきたのだろう。息を切らしている。綺麗に結ばれていた髪もほどけてしまっていた。
「…なぜ?」
「ウィ、ウィンセント様に、お話があります。…聞いていただけますか?」
真剣な表情でアイナ・シュタインが言った。何を言われるのだろうか。私が端から見てもアイナ・シュタインを後夜祭に誘いそうに見えるにも関わらず、踏ん切りがつかずもだもだと時を浪費していることを、面と向かって指摘されるのだろうか。
「あの、私、ずっと考えてたんですけど、女の子だからって待ってるだけじゃ、駄目なのかなって。このままじゃ、私の気持ち、ウィンセント様にちゃんと伝わるのかなって、思って。どうしたら、いいかなって、考えてたんです。それで…」
予想に反してアイナ・シュタインはたどたどしい口調で何かを伝えようとした。私の考えていたことではなく、何か前向きな言葉を。次第に俯きがちになっていた顔をあげ、私を見つめる。
「私、難しいことはよくわからないけど、ウィンセント様と後夜祭に行きたいのです。」
アイナ・シュタインは制服のポケットから小箱を取り出した。私が前贈った菓子の入った箱によく似た手のひらサイズの箱だ。私の瞳と同じ色が乗せられたリボンで封がしてある。
「私と、後夜祭で、踊っていただけないですか?!!」
アイナ・シュタインが頭を下げて小箱を差し出してきた。踊る…?私が、アイナ・シュタインと?思ってもみない提案に困惑する。今、後夜祭のエスコートを頼まれたのか?アイナ・シュタインが、私に?
私は返事をすることもままならないまま、永遠ともとれる時間が流れた。
「…その、エライザに、女の子から誘うのは普通はマナー違反って、言われたんですけど…たまにはそういうときがあってもいいって。私、どうしてもウィンセント様と後夜祭に行きたいんです!!普通じゃなくても良いんです!駄目ですか?」
にえを切らしたアイナ・シュタインが今にも泣きそうな目で懇願してくる。そうか、私がやきもきしている間、アイナ・シュタインは私を誘う計画をハーヴェスト伯爵令嬢と立てていたのか。自分のなんと情けないことよ。
静かにアイナ・シュタインへかしずく。膝を折り、彼女の持つ小箱を受け取り、空いた手に額を近づける。
「こんな私で良ければ、あなたをエスコートする名誉をください。」
私は確かに見失っていた。夢で見たアイナ・シュタインと現実でのアイナ・シュタインを重ね、目を背けていた。彼女はずっと私を見ていたのだ。反省…すべきだな。王太子殿下の側仕えをしている身で、不確定な情報に踊らされていた。アイナ・シュタインの行動で、目が冷めた。アーノルド殿下と結ばれたアイナ・シュタインは、自ら後夜祭に相手を誘う勇気のある人ではなかった。夢は、あくまでも夢だったのだ。
「はい!」
アイナ・シュタインが元気な返事をする。その返事に私は確かな高揚感を感じていた。小箱の中身を知りたいと思い、立ち上がる。
「これ、開けてもよろしいですか?」
「はい!もちろんです。エライザに相談して私が自分で選んだんです。」
意気揚々とアイナ・シュタインが語る。女性にそこまでさせてしまうなんて、私はなんて不束か者なのだろう。彼女の勢いに乗せられるように小箱の紐を解き箱を開ける。中には瑠璃を使用したスタッドボタンが入っていた。私の瞳の色によく似ている。
「この色が一番ウィンセント様に似合うと思ったんです。」
「そう、ですか。」
「そうです!!この青の中に含まれる水色とか、紺色とか、青緑色が、ウィンセント様の魅力を一層引き立てるはずなんです。後夜祭では男性は礼服が一般的だって聞いたんです。だから、その中でも一番目につくところにつけるスタッドボタンがいいなって思ったんです。ですから、後夜祭ではこのボタンをつけていただいて、周りの生徒を圧倒しちゃいましょう。あ、目移りはだめですよ。もちろん。私のエスコートをしてくださるんですから。ふふふ、ウィンセント様が私のエスコート。」
一心に捲くり立てる彼女に思わず笑みがこぼれた。私がくだらない夢に悩んでいる内に、彼女はここまで自分のことを想ってくれていたのか。
「ふっ、ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます。」
「はい!」
ふと思い立ってアイナ・シュタインの髪を撫でる。慌てる彼女を優しく撫でながら、小箱に封をしていた青いリボンを彼女の髪に結ぶ。桃色の髪に青いリボンはあまり良い色合いではないのだろうが、私の色を纏わせることに満足感を得ていた。
「ウィンセント様…?」
「今は贈り物を用意できていませんので、これで。」
アイナ・シュタインは噴水へ近づき、水に映る己を見る。リボンで縛った髪を撫で、こちらを振り返り満面の笑みを見せてくれる。
「ありがとうございます!ウィンセント様!!」
「きちんと贈り物を用意して、私からもう一度声をかけさせてください。」
「っ!!はい!待ってます!いくらでも待てます!!ふふふ。」
アイナ・シュタインが照れる姿は、まるで花が綻ぶようだった。私は、今目の前にいるアイナ・シュタインが喜ぶ贈り物を探そう、と心に決めるのであった。




