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君が描く未来  作者: 斑鳩 千早
1章

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実技訓練

 ある程度座学を学んだ頃、実技訓練の日がやってきた。事前の魔術属性適正検査の結果を元に、大まかに同じ属性の生徒達を10人1組とし、その属性の専門の魔術師が実技を教えるものだ。勿論同じ氷属性である私とアイナ・シュタインは同じ魔術師に指導を賜る。複数属性の適性があるものは、人数が程よくばらけるようにその都度どれかの属性の組に割り当てられる。炎、光、水の複数属性を持つアーノルド殿下は今回は炎属性の組に入られた。アイナ・シュタインの友人であるハーヴェスト伯爵令嬢は土属性らしくそちらの組に入っていた。


「ウィンセント様、実技訓練も一緒だなんてうれしいです。」

「そうですか。それは良かったですね。」


 相変わらずべたべたとしてくるアイナ・シュタインに淡白な返事をする。もっと素直に彼女の好意を受け止めたい気持ちはあるものの、最近夢で見たアーノルド殿下とアイナ・シュタインの様子が頭をよぎることが増え、つい素っ気ない返事をしてしまう。


「はい。良かったです!」


 私のつれない態度にも関わらずアイナ・シュタインはニコニコと微笑みをくれる。純粋に喜んでいるのだというのがこちらにも伝わってくる。


 …夢の中でもアイナ・シュタインはアーノルド殿下にこんな風に微笑んでいたな。


 ちくりと胸が刺された気がした。私は気がつかない振りをして実技訓練に望むのだった。


 魔術師の先生がいらっしゃった。真っ白なローブに身を包んだ長身の人だ。顔が見えないほど深くフードを被っている。袖から見える肌は雪のように白い。まるで体が魔術属性を表しているような方だ。


「さぁ、皆さんこんにちわ。本日はね、皆さんには、魔術を実際に使うときにね、基礎となるね、魔力生成についてね、学んでいただこうとね、思いますね。」


 少し吃りながら説明が始まる。人前が苦手なのだろう。フードを深く被っていることも納得である。


「魔力生成とはね、魔術を使うときにね、自身の体内で練る、念力のようなね、ものですね。」


 魔力生成とは、体内に保存されている魔力を魔術に転換する行為である。体中に魔力を巡らせて、密度の高い魔力になるように練る。練られた魔力は手のひらの上に出力され、ぼんやりした光の集まりとなる。これに形を与えることを'魔術'と呼ぶ。単属性の者はこの魔力生成の効率が高く、複数属性の者は練った魔力にいくつかの形を与えることができるという違いがある。アーノルド殿下の場合は体内の魔力量が貴族達とは比較になら無いほど多いためこの限りではないが。


「ではね、さっそくね、やってみましょうかね。」


 魔術師の先生が手本を見せ始める。両手を広げて静かに集中する。やがて両手の間に淡い光の粒が発生する。


「このようにね、できればね、今日はOKですね。」


 魔術師の先生が両手を下ろすとともに、光の粒子が消滅する。形を与えられなかった魔力は空に霧散していくのだ。


「さ、皆さんもね、怪我には気を付けてね、練習してみてね、くださいね。」


 周りの生徒達がこぞって先程の先生の姿勢を真似る。ラクリマを使うのとは違い、かなりの集中が最初の頃は必要なため、すぐには魔力生成はできないだろう。アイナ・シュタインも苦戦しているようだ。額に汗を浮かべるほど集中しているものの、一向に光が現れない。


 センスのあるものは、若干の光が見え始めたが、それ以外は次第に疲れが出てきたのか座り込む生徒も出てきた。アイナ・シュタインも例外ではない。へたりと座り込むとハンカチで汗をぬぐっている。彼女の趣味なのだろう、レースなどの装飾がまったくついていない質素な白いハンカチだった。


 そういえば、夢でアイナ・シュタインはこのハンカチでアーノルド殿下の汗をぬぐっていたな。自分の汗よりもアーノルド殿下を優先した献身さに、心打たれていたんだっけか。


「ウィンセント様は、もう魔力生成はできるんですか?」


 魔力生成の練習を始めない私に対して、アイナ・シュタインが興味津々といった様子で聞いてくる。


「ええ、魔術属性適正検査を昔受けた際に、基礎的な魔術についても学びましたので。」

「へ~、そうなんですね。すごいです。」


 薄紫の瞳をキラキラさせてこちらを見上げてくる。彼女の視線は私が独り占めしていた。夢で見た、アーノルド殿下のために魔術の会得に全力を尽くすアイナ・シュタインではないことに、少なからず安心感にも似た感情を覚えた。


「コツを教えて差し上げましょうか?」

「え?いいんですか、ウィンセント様?!」

「ええ、構いませんよ。」


 アイナ・シュタインがぴょんぴょん跳び跳ねて喜ぶ。その光景をほほえましいと思いながら、私は両手の間に光の粒子を練りだした。


「え!!そんな簡単そうに出来るんですか?」

「…慣れればこのくらいかと。」

「え…私にできますかね…?」

「実際に魔術を使うことを考えれば、これくらいはできた方が良いと思いますよ。」

「え~。」


 ぷくっとアイナ・シュタインがほほを膨らませる。何の意図を持った行動なのかはわからなかったが、不満を可愛く表現しているのだろうと解釈した。


「さ、やりますよ。まずは両手を出してください。これによって、魔力を練るときのバランスが取りやすくなります。」

「あ、そういう意味なんですね。てっきりかっこいいからかと思ってました。」


 両手を開きながらアイナ・シュタインが合点がいったとばかりに頷く。確かに説明なしではなんの為の動作かわからないだろう。かっこいいと解釈するのは私にはない発想ではあるが。


「そんな訳がないでしょう。魔術に本業を置くものは須らく面倒くさがりが多いといいますから、基本的に不必要な動作は入りません。」

「え!そうなんですね。」

「はい、無駄口はそこまでにして集中してください。」

「あ、はい!!」

「体内の魔力を右手から右足、次に右足から左足、そして左足から左手に流していくイメージです。余裕が出てきたら左手から頭を通って右手に流せるといいでしょう。」

「…」


 アイナ・シュタインの額に汗が浮かぶ。しかし一向に魔力が練られることはなかった。魔力生成とは感覚的な部分が多く、上手くやり方が掴めないものなのだ。仕方がない、魔力生成の補助をしてあげよう。


「こうするんですよ。さぁ、両手に魔力を貯めてください。」


 アイナ・シュタインの後ろから両手を取り、魔力生成の補助をしてやる。補助とは相手の手に自分の手を重ね、魔力を供給してあげることで、生成の効率が低くてもある程度の魔力が練れるようにしてあげる措置のことだ。私も魔術の基礎を習っていたときは、当時の魔術師の先生に補助をしてもらっていた。懐かしいものだ。


「わかりますか?右手から体を通って左手に魔力を流すんです。できますか?」

「……」


 返事が返ってこない。慣れない魔力生成で体調でも悪くなったのだろうか?アイナ・シュタインの肩越しに顔色を見る。


「あ、あ、あ、あの、ウィンセント様…近いです。」


 消え入るような声でアイナ・シュタインが言ってくる。見ると耳まで真っ赤になっている。魔力生成の補助に夢中で、気付けばアイナ・シュタインを後ろから抱き締めるような形を取っていた。とても紳士的な対応とは言えないだろう、婚約者でもない女性に密着するなど。


「あ、すみません。つい夢中になっていました。」


 ばっとアイナ・シュタインから離れる。不埒な男だと思われてしまったかもしれない。正面から手を取るべきだった。そう、夢で見たアーノルド殿下のように。頭を下げる私に、両手で耳を押さえながらアイナ・シュタインは答えた。赤くなった耳を誤魔化しているつもりなのだろう。


「い、いえ、熱心に教えてくださってありがとうございます。」


 互いにしどろもどろになる。気まずい空気が流れる。どちらも口を開くことはない。どうしたものか、と思っていると魔術師の先生の声が響く。


「魔力生成はね、順調ですかね~?これがね、できなきゃね、魔術なんてね、夢のまた夢ですからね。しっかりね、やりましょうね~!」


 先生の言葉に背中を押されたように、また魔力生成の練習を始める。ぎこちないながらもアイナ・シュタインの両手を取り、今度は正面から魔力生成の補助をする。私の魔力がアイナ・シュタインへ流れていく、もしや魔力と一緒に私のやましい気持ちと心臓の鼓動が伝わってしまってはいないだろうか。そんな少しの焦燥感も感じていた。彼女を好ましく思いながら、アーノルド殿下とアイナ・シュタインの未来を見たことに怖じ気付く私の心の狭さに気付かないでくれ。


「あ、できました!」


 アイナ・シュタインの言葉で我に返る。アイナ・シュタインの手を見れば、ほのかに光が発生している。私が手本で見せた量に比べれば少ないが、初回にしては上出来だろう。


「良くできましたね。素晴らしい出来です。」

 「え、ほんとですか?うふふふふ。」


 アイナ・シュタインはによによとご満悦の様子だ。先程までの疲れを微塵も感じさせないところは、彼女の長所なのだろう。思わずその頭に手を伸ばしてしまった。


 「あ…ありがとう……ございます。」


 固まりながらもアイナ・シュタインは微笑んでくれた。自身の髪の毛をつかんで顔を隠してしまう。


 「そろそろね、皆さんね、できましたかね~」


 魔術師の先生の声が聞こえる。周りを見渡せば、皆魔力生成ができたようで喜びあっている。先生から体を充分やすめるようになどの諸注意を受けて、初回の実技訓練は終了となった。


 アーノルド殿下と合流すべく歩いている途中、立ち止まって後ろを着いてきていたアイナ・シュタインに話しかける。


「先程は不用意に触れてしまい、すみませんでした。女性への配慮がかけていました。嫌がらせてしまいましたね。」


 本心ではそうは思っていない。アイナ・シュタインに否定して欲しくてあえて言ったのだ。本当に私はどうしようもないやつだ。そんな私の思惑を彼女は汲んでくれたのか、私の不安を笑い飛ばしてくれた。


「嫌なわけないじゃないですか?!本当に助かりました。…今後もよろしくお願いしますね、ウィンセント様。」


 朗らかに微笑むアイナ・シュタインに敵わないなと思う反面、脳裏にアーノルド殿下の顔が浮かぶのであった。

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