第6話 似たもの同士
魔法――
人が己の魔力を消費し、発動させる神秘の業。
魔力の量や才能の差こそあれど、この世界では誰もが魔法を持つ。生まれながらに宿し、成長と共に強くなる。
それは腕や足と変わらない。生きるために自然と寄り添う力。人と魔法は切っても切り離せないものだった。
――だからこそ。
「私もね……魔法、使えないの」
何でもないことのように告げられた言葉。
けれど、その告白にエルトは驚きを隠せない。
この世界は王族・平民関係なく全ての人間が魔法を使える。
魔法を使えない者など本来ありえない。
エルトのような存在は世界の異常だ。
その異常が自分以外にもいる。今、目の前に。
あまりの衝撃にエルトは言葉を失った。
「驚いた?」
「……はい」
エルトは正直に頷くしかなかった。
「まさか……私以外にいるなんて……」
衝撃が大きすぎて、言葉がうまく出てこない。
「『私も』とは言ったけど、エルトとはちょっと違うんだけどね」
「……と言いますと?」
「”使えない”んじゃなくて――”使えなくなった”の」
「……え?」
アメリアからの追加情報にエルトはますます混乱する。
使えなくなった?
そんなことがあるのか。
魔法は一度発現したら決して消えることはない。
魔法を使えないエルトにとっては想像もできないが、少なくともエルトはそう教えられてきた。
騎士学園でも、騎士団でも、そんな話は聞いたことがない。
頭の中に次々と疑問符が浮かぶ。
そんなエルトを見ながら、アメリアは苦笑した。
「小さい頃、一度だけ魔法を使ったらしいわ」
「らしい……?」
「うん。手が、ぱああって光ったそうよ」
言いながら、アメリアは片手を軽く開いてみせた
「やけに他人事のように言いますね」
「そりゃそうよ。覚えてないもの」
「――!」
エルトの目がわずかに見開かれる。
「今のは当時の世話係のメイドたちから聞いた話よ。だから信憑性は微妙ね」
淡々としていた。
まるで誰か別人の話でもするかのような口ぶり。
けれど――。
エルトは見逃さなかった。
窓の外を見る彼女の横顔。
その瞳の奥に、ほんの僅かに差した影を。
さっきまでの軽い笑みが、少しだけ硬くなったことを。
そして、すぐに理解した。
彼女の表情がさっきの自分と同じであることに。
思い出したくない過去であることに。
「その後、私が魔法を発動させることはなかった」
アメリアの声が少しだけ低くなる。
「私が魔法を使えないとわかってから、パパは私を城に閉じ込めた。私の噂が広がるのが嫌だったんだと思う」
アメリアの影がどんどん深まる。
エルトは追求せず、ただ聞き続けた。
「王族なのに魔法が使えない劣等姫」
自嘲するように、アメリアが笑う。
「面と向かって言われたことはないけど、皆が陰で異分子をクスクス笑ってるのは知ってた。悔しかったけど、私はただ耐えるしかなかった」
その言葉に、エルトの胸が強く痛んだ。
知っている。
その視線を。その空気を。
「でも、それも我慢の限界になってね」
ふっと、空気が少し軽くなる。
アメリアは急に顔を上げた。
「城にいるやつらを見返してやるぅ!って思ったの」
「……急に元気ですね」
「元気出さないとやってられないの!」
にこっと笑うアメリア。
さっきまでの沈んだ空気が少しだけ和らぐ。
「それで城から抜け出してたのですか?」
「半分はそうかな」
アメリアは小さく笑う。
「城の中だけだと息が詰まりそうなの」
「……そうですか」
ガタ、ゴト。
馬車の車輪の音だけが静かに響く。
一定の揺れが二人を包む。
「初めて人に話したわ」
ふふっと、アメリアが笑う。
彼女の姿を見ながら、エルトはゆっくり口を開いた。
「……私は五年ほど騎士学園にいました」
「!」
どうして私に話したのですか?
喉まで出かかった言葉を、エルトは飲み込んだ。
聞く必要なんてなかった。
理由はもう、分かっていたから。
誰に話しても理解してもらえない。
共感されない。
泣いた夜もあっただろう。
叫んだ日もあっただろう。
けれど、決して誰にも打ち明けられなかった。
痛みを、苦悩を。
一人で抱え込むしかなかった。
そんな彼女が、打ち明けた。
自分に。
この世で唯一、同じ痛みを知る存在に。
それが泣きたくなるほど嬉しかった。
アメリアはエルトにとっても唯一の理解者。
その彼女が出会って間もない自分に打ち明けてくれた。
エルトは彼女に敬意を払わずにはいられなかった。
エルトが自身のこれまでの痛みを語り出した。
「学園に入っからしばらく友人と呼べる人はできませんでした」
脳裏に、当時の光景が蘇る。
広い訓練場。
剣を振る訓練生たち。
「それどころかお前が騎士になれるわけがない。荷物をまとめて消えろ。と毎日のように言われてました」
エルトの言葉を、今度はアメリアが静かに聞く。
「時間が経ってからは友人もできて、そういうやつも減りはしましたが、俺を蔑む人は最後まで何人もいました」
語り出してからエルトはすぐに自分の変化に気づいた。
「周りには気にしていない風に見せてました。けど、本当は悔しくてそいつらを見返すために必死に剣を振りました」
言葉を重ねるたびに自分の中の何かが消えていくのを感じる。
体が軽くなっていく感覚になる。
「騎士団に入ってからはほとんど言われなくなったけど、またああ言われるのが怖くて、今でも毎日剣を振ってますよ」
今現在、護衛の任務中であることも忘れ全身を脱力し、天井を見上げる。
「……初めて、人に話しました」
「そうなんだ」
アメリアが優しく笑う。
「……はい」
短く頷く。
「似た者同士だね、私たち」
「はい」
自然と笑みがこぼれた。
窓から差し込む陽光が、二人を静かに照らしていた。
「ねえ――」
アメリアがポツリと呟く。
その頬はどことなく赤くなっている。
「敬語で話すの止めない?」
「無理です」
即答だった。
「なんでよぉ~!」
むすっと頬を膨らませるアメリア。
しかし、エルトの態度は変わらない。
「王女である貴女にタメ口で話すなど、国に仕える騎士として到底できません」
「いいじゃない! 互いの境遇を打ち明けた仲なんだから!」
「私は普段から敬語で話しているので無理です」
「でもさっき、一人称俺だったじゃない!」
「……気のせいです」
痛いとこついてくるなあ。
「この三日間だけでいいから」
「無理なものは無理です」
「けちぃ~!」
アメリアはしぶとく粘るが、エルトは決して首を縦に振らなかった。
何としても承諾させたいのかアメリアは腕を組み、エルトを丸め込む策を模索しだした。
(無理だって言ってるのに。)
聞く耳を持たない王女にため息を一つ吐く。
そして、窓に肘を置く。
風、気持ちいいな~
あの雲、犬みたいだな~
そのうち諦めるだろうと考えたエルトは外の景色をぼうっと眺めて時間を過ごした。
―――――――――――――――――――――――――
「……うぅ~~!」
「……いい加減、諦めてください!」
「いや~!」
数十分後、良い策が思いつかなかったのか、アメリアは唸り出した。
最初はエルトも気にしなかったが、何十分も続くその声にエルトはとうとう耐えられなくなった。
エルトはアメリアに断念することを進言した。
しかし、アメリアは駄々をこねる子供の様にそれを拒否し続ける。
「なんでそんなにタメ口にこだわるんですか……」
アメリアのあまりの諦めの悪さに頭を押さえる。
他の王族――アメリアの兄弟・姉妹もこんな感じなのだろうか
自分が仕える王国の将来に危機感を覚え始めていた。
「……しょうがないじゃない」
アメリアは口を尖らせて答えた。
「ずっと……夢だったんだから」
(平民とタメ口で話すのが夢?)
何言ってるんだこの人?
アメリアが言ってることが理解できず、頭に疑問符を浮かべる。
それが顔に出ていたのだろう、アメリアの体はプルプルと震え出した。
「……私は! 気兼ねなく! 話せる人が! ほしいの!」
よほど頭にきたのか、身を乗り出し叫ぶアメリア。
その声に馬が驚き、馬車が激しく揺れる。
「フゥ~! フゥ~!」
「と、とりあえず落ち着いてください」
エルトも大声に驚きつつ鼻息が荒くなっているアメリアをなだめる。
冷静になったアメリアは呼吸を整え、静かに語り出した。
「私が九歳の頃、お姉ちゃんが遠征から戻ってきたんだけど……」
アメリアは顔を窓の外へ遠くを見つめる。
「……その時お姉ちゃん、部隊の人と親しげに話してたの。友達みたいに」
当時の光景を思い出してか、アメリアは微笑む。
「羨ましかった……みんなから慕われてるのが、立場や身分なんて関係なく、ありのままの自分でいるのが」
「……」
その言葉は羨望に溢れていた。
自身にないものを持つ姉への強い憧れ。
アメリアは視線をエルトに移す。
「あの日から決めたの。お姉ちゃんみたいになるって」
アメリアの目に力が入る。
「だから――」
「もういいです」
「っ……!」
「これ以上話してもらわなくても大丈夫です」
さらに話し続けようとする彼女の言葉をエルトは遮った。
アメリアはまだ何か伝えようとしたが言葉を飲み込んだ。
アメリアは理解した。
エルトを説得できなかったことを。
今日、何年も思い続けた念願の夢が叶わないことを。
アメリアは目を閉じ、諦め――
「今回だけですよ」
「……へ?」
目が大きく開かれる。
今なんて言った?
エルトの言葉に思考が止まる。
エルトは降参したように両手を上げる。
「この三日間だけ敬語を止めます」
「……いいの?」
「はい」
両手を下げて答えるエルト。
アメリアの視界がぼやけていく。
「でも、王様には内緒にしてくださいね! 処刑されたくないので」
それだけは約束して!
エルトは念入りにお願いする。
「~~うん!!」
アメリアは涙を拭うと満面の笑みを浮かべ、頷いた。




