第5話 質問
暖かな日差しが降り注ぐ青空の下、一台の馬車がゆっくりと街道を進んでいた。
街道脇では花々や草木が風に揺れ、穏やかな景色を彩っている。
馬車の後方にある王都からは何やら騒がしい音がかすかに響き、風と共に馬車の窓から侵入してくる。
柔らかな風は心地よく、馬車に揺られる者を眠りへと誘う。
そんなのどかな時間、外から入ってくる日差しと風を感じながらエルトは――
(……どうしてこうなった)
――気分のどん底にいた。
心地の日差しや良い風などなんのその。今の彼にそれらを満喫する余裕などなかった。
顔を青くし、今にも胃に穴が開きそうな腹を押さえる。
(本当に大丈夫なんでしょうね。団長……)
自身の対角に座り窓の外を眺めているリアをチラッと見る。
そして視線を移動させ、自分の横に置いてある一枚の手紙を見つめる。
その手紙は馬車に乗る直前、イースから渡されたものだ。
『護衛の経緯とかの細かいことはこれに書いてるから。あとよろしく~』
そう言ったイースは赤く腫れた右頬に手を置きながら去っていった。
この人は事の重大さがわかっているのだろうか、と彼の軽い言い草にエルトは一ミリも納得しなかったが団長命令ということもあり、渋々馬車に乗った。
馬を連れてきた老人はそのままこの馬車の業者となりファームを出発した。
それから数十分、エルトは今日何度も読んだ手紙に再び目を通す。
手紙には馬車小屋でイースに説明されたことの他にいくつか書かれていた
手紙の内容を要約すると――
一つ、今回の失踪は王女からの発案で自分が手引きした。
二つ、今までの王女の失踪とは無関係。
三つ、自分も用が済んだ後にすぐに後を追う。
四つ、バレても自分が全責任を負う。
これらが一枚目の手紙に書いてあった内容。
エルトは裏にある二枚目を一枚目の前に移動させた。
『ここからは命令ではなくて俺の個人的なお願いだ。エルト、お前にはただの護衛ではなく、彼女の良き話し相手になってほしい。俺はお前なら彼女の苦悩を理解できると思っているし、お前にしかできないと思っている。これについては俺が言うことでは無いから、彼女の口から直接聞いてくれ。きっとお前のためにもなる。』
二枚目の手紙を手に持ちながらエルトは深く考え込んだ。
(話し相手って……、俺じゃあ役不足だろ……)
エルトはアルセリカの辺境の村出身の平民。対して相手は一国の王女。
エルトが王国騎士団に入団したとはいえ、身分の違いは明らか。役不足と考えても仕方がない。
手紙から目線を上げると、リアはずっと外を眺めていた。
甲冑で顔は見えないが、窓の外の景色に夢中になっていることが伝わる。
「……外が気になりますか? アメリア様」
「!」
名前を呼ばれたリアはぐりんっとエルトに顔を向けた。
彼女の動きが止まったかと思えばすぐに両手を突き出しブンブンと振った。
その動きは明らかに”自分はアメリアではない”という否定を表していた。
それ以前に動揺が全く隠せていないが。
「もしかして……イース団長から私のことを聞いていないですか?」
「……?」
エルトの質問に対し、リアは首を傾げて答えた。
彼女の様子から、イースはエルトのことを王女に説明していないようだ。
(あの人はぁ~~!!)
己の上司兼憧れの男に再び怒りが込み上げるが、エルトはすぐに握った拳を解いた。
エルトは今はどうしようもないと考え、その怒りを後回しにした。
戻ったらもう一度あの顔を殴ると決めて。
「隠す必要はありません。貴方のことは団長から聞いております」
「……そう」
エルトがリアと出会って約一時間。初めてリアは言葉を発した。
甲冑の裏から聞こえた声は籠っていたが、甲冑の下は女性であるとわかるくらい透き通っていた。
リアは両手を頭へ動かすとかぶっていた甲冑を外す。
甲冑の下から長い髪が現れた。
金色の髪は窓から差し込む陽光を受け、眩しく輝いて見えた。
「改めまして、私はアメリア・リヒト・アルセリカ。よろしくね、エルト」
「……はい」
風で髪を揺らし微笑むアメリア。
エルトは一瞬その姿に見惚れ、反応が遅れた。
アメリアは不思議そうな顔をするが、たいして気にせずに話し出した。
「私、全部イース団長に言われるがままに動いたからどういう手はずになっているのかよくわかってないの。教えてくれない?」
「私の口から説明するよりこちらを読まれた方が早いかと」
エルトは手に持っていた手紙を渡した。
アメリアはて紙を受け取り目を通す。
「なるほど。大体わかったわ」
読み終えたアメリアはエルトに手紙を返す。
「でもどうして護衛があなた一人なのかしら? いっぱいいたらそれはそれで嫌だけど、少なくとも三人くらいはいると思ってた」
(それな)
「さあ、私も不思議です」
アメリアの疑問に心の内で同感しながら、エルトはしらを切った。
そして返された手紙――一枚目の手紙を封筒に入れた。
エルトは二枚目の手紙を渡さなかった。
二枚目の内容を王女に見せる必要は無いと判断した。
その結果、アメリアは護衛を任されたエルトに興味深々。
エルトに質問の雨を浴びせた。
「護衛を任されるってことはあなた強いの?」
「騎士団の中では下の方です」
「なんかすごい人の子孫とか?」
「両親とも平民ですよ」
「畑仕事って大変なの?」
「最初は大変ですけど慣れれば簡単ですよ」
「……ハード副団長怖い?」
「……めちゃくちゃ怖いです」
いくつもの質問はエルトが護衛の理由からだんだんと遠のいて行った。
一方的な質問ではあったが、それは談笑と言っても過言ではなかった。
エルトははじめ、アメリアと話すつもりはなかった。
必要なことにだけ答え、深く関わらないように決めていた。
別に王族や貴族が嫌いというわけではない。
ただ、身分、思想、価値観。それらが異なる人物とは話が合わない、話せることなど無いと考えていた。
――そのはずだった。
質問して回答を聞く。
そのたびにアメリアは目を輝かせ笑っていた。
聞くことすべてが新鮮で自分の知らない世界を知ることが嬉しそうに。
エルトの硬かった表情はしだいに崩れ、気が付けば笑っていた。
あれだけ気負っていたはずなのに、彼女の前ではすべてがどうでもよくなるかのように。
子供の様に純粋なその姿に、自分の立場も忘れそうになるほどに。
エルトはその時間に浸っていた。
「じゃあじゃあ……」
盛り上がったアメリアは体を乗り出し、次の質問をしようとする。
エルトは自分が答えられる範囲なら答えようと口角を上げ、次を待った。
「エルトはどんな魔法を使うの?」
――瞬間。
和やかだった空気が、ぴたりと止まった。
エルトの顔から笑顔が消え、表情は暗くなる。
「……? どうしたの?」
その変化にアメリアも気がつくが、原因に見当がつかないようだ。
二人の間に沈黙が流れる。
さっきまでの時間が嘘のように、風と馬車の音だけが響いている。
「わ、私何か……」
「……魔法は使いません」
重たい沈黙の原因が自らの発言にあると気づいたアメリアが理由を尋ねると同時に、エルトが答えた。
「…………なんで?」
アメリアはあえて尋ねた。
エルトの態度、表情から触れられたくないことはわかっていた。
尋ねれば傷つけるかもしれないと理解してなお、アメリアは尋ねた。
そうするべきだと彼女の直感が告げていた。
エルトは重い口をゆっくりと開いた。
「魔法、使えないので」
「えっ……?」
アメリアの反応が目に入る前にエルトは目を逸らす。
同時に、脳裏に浮かぶのはこれまで向けられた人々の顔。
同情、憐み、軽蔑、嘲笑。
様々な感情が瞳、表情、声からエルトへ突き刺さる。
エルトはそれがたまらなく苦痛だった。
(……またあれか)
脳裏にこびりつく人々の顔を考えるとエルトは怯え、アメリアの顔を見ることができない。
だからと言って止めることもできない。止めたところで態度や気遣いに現れる。
今はただ、これから感じる苦痛に耐える。エルトは静かに目を閉じ――
「あなたも使えないのね」
――なかった。
思ってもいなかった返答にエルトはアメリアに顔を向けた。
「――」
彼女の顔にエルトが恐れる感情はなかった。
そこにあったのは同情でも憐れみでもない。
ただ、どこか安心したような笑顔だった。
「私もね……」
まるで同じ境遇の人を見るように――
「魔法、使えないの」




