第4話 バカ
ファンタジー難しい
「私が命ずる! 王女を見つけ出し城に連れ戻せぇぇぇ!」
大臣の号令により、緊急招集は解散となった。
今だ事態が飲み込めないエルト達新米騎士を残し、騎士たちはぞろぞろ動き出した。
その動きはやけにスムーズで焦ったり困惑している様子は見られなかった。
「サリー! お目付け役のくせに……なぜ毎度アメリア様を城から抜け出させるのだ!」
「誤解でございます。私はきちんと役目を果たしていましたが、ほんの少し目を離した間にいつの間にかいなくなっていまして……」
「貴様なら目を瞑っていたとしても王女を部屋から一歩も出させないこともできるだろうが!」
「そういわれましても、私ももう歳ですので……昔のような動きはとてもとても……」
「嘘をつくな! この前何十キロもある石像を片手で運んでいただろう!」
「サミアス様……日々の職務の疲労で幻覚を見たのですね。お紅茶を入れましょうか?」
「いらんわ!」
訓練場の中央では壇上から降りた大臣がメイド長と思われる老婆に怒気を含んだ言葉を飛ばしていた。
老婆は何言わぬ顔でそれらをあしらっている。
彼らのやり取りにも騎士たちは一切反応していない。
そんな中、エルト達は今後の行動について話し合っていた。
「ヴィルグ、ジュマ。王女の家出知ってた?」
「家出て……まあ、噂は聞いたことあったぜ。この国の王女様はよく街で騎士に追いかけられてるって」
「俺も父から聞いていた。最近は反省したのか抜け出していなかったみたいだが……」
「……知らなかったのは俺だけか」
「エルトは村出身だから知らなくても無理ねえよ」
「王都の情報などそうそう伝わらないしな」
自分だけ知らなかったことに落ち込むエルトを二人が励まし背を叩く。
それでもエルトは落ち込んでいたが、首を振り無理やり頭を切り替えた。
「王女捜索の命令だけど、やっぱり今日の任務より優先すべきか」
「さすがに全騎士が捜索はしないだろう。そんなことしては国の維持に関わる」
「でも王女様に万が一があったらやばいぞ」
王女捜索か任務か、どちらを優先するのか、これからどう動くべきか、三人は眉間にしわを寄せ首を傾げる。
エルトに至っては二人と異なり、今日の自身の任務の詳細もわかっていない。
エルトが捜索を優先するべきか考え、より一層眉間のしわが濃くなる。
「悩む必要はない」
「「「!」」」
突然の声に驚いた三人は声のした方へ視線を向けた。
「……副団長」
そこにはハードが立っていた。
彼は眼鏡の位置を直すと、訓練場に残っていた新米騎士を自身の前に集合させた。
「王女の捜索だが……これは王都の巡回・警備を担当する者で行う。よって、本日外に護衛任務がある者はそちらを優先せよ」
集まった騎士たちに対し、ハードは淡々と説明する。
「い、いいんですか? 王女がいなくなっているのに全員で探さなくて……」
一人の騎士が皆が思っていた疑問を質問した。
王女が失踪したのだ当然の疑問だろう。
質問されたハードは態度を変えず答える。
「問題ない。これまで何度も同じ状況になったが、毎回数時間ほどで王女は城に連れ戻されている。むしろ、これ以上捜索する人数を増やそうが王国の不利益になるだけだ」
ハードの回答により、騎士たちはそれぞれ抱いていた疑問を解消させた。
「他に質問は?」
ハードの質問に誰もが首を横に振った。
ハードは「そうか」と一言呟くと騎士たちを解散させた。
「俺とヴィルグは王女捜索のようだ」
「なあジュマ。どっちが先に王女を見つけられるか勝負しようぜ」
「何を言ってるんだ。一応国の一大事なんだからもっと真面目に……」
「乗った」
「乗るなよ!」
王女捜索を勝負事にしようとすることにエルトはツッコむが、すでに二人は勝負の具体的な内容を話し合っていた。
エルトは呆れて深いため息を吐いた。
「エルト」
二人のことを上に報告すべきか考えていると、後ろからハードに声をかけられた。
「はいっ。何でしょうか」
「お前に今日の任務の集合場所を伝えてくれとイースに頼まれてな」
「!」
「一時間後に西門の馬車小屋に集合だそうだ。そこで馬車を借りて目的地に向かう」
「 一時間後ですか!?」
「伝えるのが遅くれたから……あと三十分か」
「えぇっ!?」
ここから西門の馬車小屋まで走っても五十分はかかる。
エルトは急いで床に置いていた荷物を持ちあげる。
「ハード副団長失礼します!」
「ああ」
ハードへ礼をすると、エルトは全速力で走り出す。
「じゃあな、エルト!」
「気を付けて行け」
「そっちこそ問題起こすなよ」
任務へ向かうエルトの背にヴィルグとジュマが見送りの言葉をかけた。
エルトは走る勢いを止めず、上半身だけ振り返り、笑顔でその言葉を受け取った。
すぐに体を戻し、訓練場の出口へ走る。
その時、視界に大臣と老婆の姿が映った。
いまだに老婆は大臣に責められているが、彼女は反省する気が無いのかただ微笑んでいる。
何気ない景色の一部。エルトは気にも留めず、視線を出口に向けようとしたその瞬間。
エルトと老婆の目が合った。
たまたま目が合った。エルトがそう考える前に、彼女は少し口角を上げた後、口を開いた。
「――」
老婆が言い終わる前に、エルトは訓練場を出た。
彼女が何を伝えたかったのか、気になりつつもエルトはすぐに思考を切り替えた。
騎士団の宿舎を出ると、頭上に大きな雲が一つ浮かんでいる。その影は宿舎を覆うように伸びている。
エルトは雲の影の中、全身に魔力を込める。そして全力で地面を蹴った。
彼の体は一瞬で雲の影の外へ飛び出す。体に風が当たる。
涼しさを感じながら、エルトは速度を落とさず西門へと走り続けた。
「はぁ……はぁ……んぐっ……」
馬車小屋に辿り着くと、エルトは体を曲げ膝に手を置き、肩で荒く息をしていた。
騎士団宿舎からここまでノンストップで走り続けたことで、エルトの体力はとっくに底をついていた。
頬を伝う汗を拭いながらエルトは辺りを見渡す。
しかし、厩舎の前にはイースどころか騎士の姿さえ見えない。
エルトは息を整えると、馬車庫の中へと入った。
中に入ると、馬車を利用する住民や商人で賑わっていた。
「すみません。通してください」
エルトは人の間を通り抜け、騎士団の任務専用の受付へ向かう。
受付に着くと、正装した老人が立っていた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
老人は深くお辞儀すると、丁寧な言葉でエルトに対応した。
「すみません。ここにイース・ユグレシオンが来ませんでしたか?」
「はい、来られていますよ。失礼ですが、貴方様の御名前をお教えください」
「エルト・シャールドです」
「シャールド様ですね。お待ちしておりました。ユグレシオン様はこちらです」
受付の老人はエルトを奥の扉へ案内した。扉を開き、中に入る。
扉の先には数十台もの馬車がずらりと並んでいた。どの馬車にもまだ馬はつながっていない。
馬車を眺めながら老人の後ろについて行く。
すると、奥の馬車の前に人影を発見した。よく見れば藍色の髪をしている。
人影はこちらに気づくと大きく手を振った。
「遅刻だぞ、エルト。本日二度目の遅刻だ」
案の定、人影の正体はイースであった。
イースは待ちくたびれたようにエルトに小言を言う。
「ほとんど任務の詳細伝えない団長のせいですよ。あと、今朝は遅刻してないです」
「ははは。すまなかった。俺も俺で忙しくてね」
エルトが不満に満ちた目でイースを見るも、イースは笑いながら謝る。
その程度ではエルトの不満は消えなかったがエルトは諦め、ため息を一つこぼした。
「私は馬を連れてまいります。少々お待ちください」
「あっ、ありがとうございます」
老人はお辞儀をするとすたすたと歩いて行った。
「それで……他の人はどこですか?」
「おっと、そうだった。おーいリア、こっちに来てくれ」
イースが呼ぶと、馬車の中から全身甲冑で身を包む人物が現れた。腰には細剣を差している。
その人物は馬車から降りるとイースのすぐ横に立った。
「紹介する。今回エルトと共に任務にあたるリアだ。リア、彼がさっき話したエルトだ」
(リア……?)
イースが紹介すると、リアと呼ばれた人物は一歩前に出て、エルトに一礼する。
それに反応し、エルトも礼を返す。
その光景を見たイースはにっこりとほほ笑む。
「挨拶は済んだな。リアは馬車の中に戻っててくれ」
イースの指示にコクっと頷くとぎしぎしと音を立てながらリアは馬車の中へ戻っていった。
「……」
「どうかしたか、エルト」
馬車を見つめながら棒立ちしているエルトにイースが声をかける。
(……気のせいだな。気のせいにしよう!)
「いえ、なんでもありません!」
エルトは一度目を瞑った後、気合を入れなおし、イースへ体を向ける。
「それじゃあ、任務について説明しようか」
「はい!」
イースはわずかに微笑むと、任務の詳細を話し出した。
「お前にはこれから数日間、ここから北西にあるカ―ディアに行ってもらう」
「……はい」
「カーディアに着いたら、そこから少し歩いたところにある”純白の花海”に向かってくれ」
「!」
その名前が出た瞬間、心臓の鼓動が一段速くなった。
エルトの額にうっすらと冷や汗が浮かび、一つの可能性が頭の中を駆け巡る。
エルトはすぐに首を振ってその考えをかき消した。
(偶然だな。偶然に違いない!)
「……そこで現地の騎士団と魔物の調査をすればいいんですね!」
エルトは動揺を押し隠すように笑顔を作り、尋ねた。
心の中ではそうであってくれ、と必死に懇願しながら。
「そのことなんだが……」
瞬間、イースは笑顔を浮かべた。
が、先ほどの暖かい微笑みではない。
イースの口角はまるでいたずらをする悪ガキのように吊り上がる。
「今朝、朝礼で話した魔物の件なあ。あれ、嘘」
「へ?」
「魔物の調査ではなく、ある人物の護衛をしてもらう」
エルトの笑顔にひびが入った。額に浮かぶ汗の数が増える。
さっきから思い浮かんでいた一つの可能性がエルトの頭を埋め尽くす。
(……まだだ! まだわからない!)
「そ、その人をリアさんや他の騎士たちと一緒に護衛するんですねっ! ねっ!」
そうだと言って! お願いですから! と言うかのように、エルトはイースに迫る。
もうほとんど笑顔の仮面は崩れ意味をなしていない。
今すぐ逃げ出すかのように震えている脚を力一杯掴む。
そんなエルトに全く容赦せず、イースは淡々と続けた。
「他に騎士はいない」
「ん゛っ!!」
「他は御者しか乗らない」
「ん゛ん゛ん゛っ!!!」
「護衛する騎士はお前だけだ」
「ぐはっ……!!!」
等々耐えきれなくなったエルトは声を上げ胸を押さえる。
頭で否定し続けた可能性が当たったことが嫌でもわかる。
次にイースが言うことも。
心臓の音がエルトの耳に響く。これから自分が負う責任に眩暈がする。
顔面蒼白になっているエルトを見下ろしながら、イースはそれを言った。
「護衛対象はリア――もとい王女アメリア様」
「……」
「数日間、お前一人で王女を護衛してもらう」
「…………」
「これ団長命令」
「………………」
エルトは何も言わなかった。
イースの前に真っ直ぐ立っていた。
荷物を床に置き、空いた手で拳を作りながら。
「もうあまり時間が無いけど、何か聞きたいことあるか?」
「………………な、」
「な……?」
「何考えてんだ、こんっのバカ団長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「がはああああ!!!」
怒り百パーセントの拳が、エルトから容赦なくイースの顔面へ炸裂した。




