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第2話 朝礼

二話目です。

 浴場で汗を流し服を着替えた後、エルトは全速力で食堂へと走っていた。


 この騎士団では毎朝、食堂で朝礼をしている。基本的に、すべての騎士はこの朝礼には必ず参加しなければならない。


 しかし、エルトは今訓練場で余計な時間――喜びを噛みしめる――を過ごしてしまい、本来なら余裕で間に合うはずの朝礼に遅刻しそうになっていた。 


 風呂上がりだというのに、額には冷や汗が浮かぶ。エルトはさらに速度を上げた。


 彼が急いでいる理由は二つ。


 一つは騎士団の規則だ。


 エルトが所属する騎士団にはいくつか規則が存在する。基本的に騎士は定められた規則に従わなければならない。もし、規則を破れば処罰を受けることになる。

 

 ただし、いくつか例外も存在する。その一つが『時間厳守』である。この規則は他の規則に比べて処罰を受ける基準がだいぶ甘めである。


 それはアルセリカ王国の騎士団という組織であるためだ。


 アルセリカ王国は大陸の真ん中に位置しているため、街や村へ物資を運んだり外交で他国に渡る際は、必ずこの国を通ることになる。人や物の流通において重要な要となっているのだ。


 しかし、目的の場所への道中、モンスターによる襲撃が発生することもある。

 そんな時のために、王国は護衛の依頼を受けるという形で騎士団を派遣している。


 派遣された騎士は長いときには二週間も国を離れることがある。


 そうすると、のっぺきならない事情により予定が遅れることも多々あるのだ。不可抗力で遅れた人間に対し、処罰を与えるのはあまりにも非常と言えるだろう。


 こういった理由から、騎士が多少遅刻したとしても軽い注意のみで済む。


 のだが、これはあくまでのっぺきならない事情があった者だけだ。


 今のエルトはこれには当てはまらない。自主的に睡眠時間を削り、朝から鍛錬に励む行為はどう見てものっぺきならない事情ではない。誰が聞いても彼の自業自得だと言うだろう。


(ヤバい! ヤバい! 遅刻何てしたらあの人に……)


 そんなことを考えていると、正面に食堂の入り口が見えてきた。扉は開かれており、見える範囲には多くの騎士が朝食を食べ終え、朝礼が始まるのを待っていた。


(よかった! 間に合った!)


 エルトは遅刻せずに済んだことに安堵しながら、食堂に足を踏み入れた。中にはすでに数百人の騎士たちがいた。


「随分遅かったな。シャールド」


 瞬間、エルトは左後方から威圧感とともに言葉をかけられた。エルトは体を硬直させ、声の主へ恐る恐る顔を向ける。


 視線の先には、眼鏡をかけた男が腕を組み壁にもたれかかっていた。


「ハ、ハード副団長……!」


 恐怖でエルトの声が上ずる。

 男は腕を解き、エルトの体を観察する。


「その様子だと、朝の鍛錬が原因のようだな」


 眼鏡越しに鋭い目で睨まれる。エルトは喉の奥から溢れそうになる悲鳴を飲み込んだ。

 

 彼がエルトが急いでいた二つ目の理由。


 ハード・ヴァンディッシュ。アルセリカ王国騎士団の副団長かつ指揮官である。イースが前線で味方を引っ張るなら、彼は後ろから味方の尻を蹴り上げるのが役目だ。


 これまで、彼ら二人はモンスター討伐で数々の功績を残している。この国で二人の名を知らない者はいないだろう。


 ハードはそんな偉大な人物の一人であるのだが、エルトはまともに目も合わせられない。

 理由は単純明快。エルトはハードのことがすっっっごい怖いのだ。


 まだエルトが入団して数日しか経っていない頃、とある出来事で彼はハードに雷を落とされた。烈火のごとく怒ったハードに、エルトはただ黙って聞き続けることしかできなかった。

 それ以来、ハードはエルトにとって大きなトラウマとなった。


「『朝に鍛錬するのは構わないが、規則は守れ。余裕をもって行動しろ』。一か月前、私が貴様に言ったこと忘れたか?」

「……いえ、覚えています」

「その割に時間ギリギリで入ってきたな」

「……はい」

「その姿は何だ? 私には風呂上りに全速力で走ってきたように、見えるが?」

「……ハイ、ソノトオリデス」


 ハードの質問を受けるたびにエルトの体は委縮していく。


 副団長ハード・ヴァンディッシュは自分にも他人にも厳しい。特に規則に関しては彼に口答えしようとする者はいないほどだ。

 そして目つきが途轍もなく悪い。その鋭い目つきは睨んだ相手を失神させることもしばしばある。

 

 そんな彼の前に立つエルトは、泡を吹いて倒れそうなほど青ざめているではないか。今にも飛びそうな意識をなんとか引き止めていた。

 

「今回は遅刻ではないが、いつかしでかす前に自分の行動を改めろ。いいな」

「……はい。……すみませんでした」


 解放されたエルトはふらついた足取りで騎士たちの和の中へ入る。空いている席に腰を下ろすと、周りからはいくつも視線を向けられ、クスクスと笑い声が聞こえる。

 エルトはテーブルに突っ伏し頭を抱えた。朝の浮かれ具合が嘘だったかのように瀕死状態になっていた。

 

「全員いるかー? 朝礼を始めるぞー」


 数分もしないうちに、イースが食堂へ入ってきた。手にはいくつかの書類を携えている。イースは食堂の中を突っ切り、後方にある朝礼台に上る。すぐ横にはハードが姿勢を正し立っていた。


 ハードはイースと目を合わせた後、一歩前に出た。


「全員注目!」


 ハードの声に反応し、食堂にいるすべての者がその場で立ち上がり、朝礼台へ体を向けた。


「これより本日の朝礼を始める」


 言い終えるとハードは元の場所に戻った。


「おはよう、皆」

「「おはようございます!」」 


 ハードと替わるようにイースが話し出す。

 彼の挨拶に騎士たちは大きな声で返す。


「よし。今日も元気一杯だな。それじゃ始めるなー」


 騎士たちの顔を見渡すとイースは手に持っている書類をめくり出した。


「まず昨日の王都ファームでの犯罪だが――」


 毎朝、朝礼で行うのは、騎士団の活動の確認だ。前日の活動の結果を報告した後、当日の活動を確認し騎士の分担を行う。


 騎士団の活動は主に警備と護衛の二種類だが、ここ王都ファームでは騎士団の本部があるため犯罪の発生率が極めて低い。そのため騎士団の半数以上が護衛の任務に向かい、残った者が交代で警備を担当している。これらの任務は前日の夜に割り振られるが、このとき一人一人個人で割り振るのではなく五、六人の班ごとに割り振られる。エルトは七十八班に所属している。

 

「あ、そうだ。今朝報告が入ったんだけど……」

 

 朝礼が終わる間際、イースは思い出したかのように言う。


「北東の街の周辺で大型の魔物の姿が目撃された。現地に騎士団の支部もあるし問題ないと思うんだが、一応本部から騎士を数名派遣することになった」


 イースの報告で食堂に緊張が走った。街や村の近くに魔物が現れることは珍しくない。むしろ運搬中の物資を狙い襲撃されることが頻繁に起こる。その護衛として騎士はついていくのだ。

 

 しかし、大型の魔物となれば話は別だ。基本的に大型の魔物は自分たちの縄張りが確立しているため、人里に下りてくることはめったにない。

 

 もし、人里の周辺で姿を現したのなら、縄張りで重大な何かが起こったことを意味している。大型の魔物はいくつもいるが魔物の種類によっては一大事になりかねない。


 食堂のあちこちからざわめきが起こる。


(あれ? でも北東の街って――)

 

「静粛に!」


 ふとエルトが何かに気づく瞬間、ハードの一言で食堂は静まり返る。彼から魔力がにじみ出ていた。ある者は唾を飲み、ある者は冷や汗を流す。エルトは小刻みに震え怯えていた。


「すでに派遣する者たちを集めているが、あと一人、同行させようと思っている」


 そういうとイースは歩き出した。騎士たちはイースに道を開ける。騎士たちの間を進み、イースは一人の騎士の前に立った。


「エルト。お前に頼みたい」

「……え?」


 まさか自分が指名されるとは思っていなかったエルトは間抜けな顔で立ち尽くし、思考が停止した。


「……え、いや、な――」


 ようやく状況を飲み込んだエルトはすぐイースに理由を尋ねようと口を開けるが、


「返事は!」

「はいぃ!」


 突然のハードの声に反射的に反応してしまった。


「引き受けてくれるか! ありがとう! 」


 これを承諾の意と捉えたイースはエルトの肩に手を置くとにかっと笑った。

「今のはちが――」

「集合場所は東門近くの厩舎だ! いいな」

「だ、団長、話を――」

「それじゃあ今日の朝礼は終わり! 解散!」


 エルトはイースに手を伸ばすが、周囲に対して声を張り上げたイースはもうこれ以上話すことはないと言わんばかりにそそくさと食堂を出て行った。それに続くように他の者もぞろぞろと食堂を出て行く。 


「……何なんだ、今日」


 一人残ったエルトはすでに様々出来事に遭遇した今日という日に、困惑した。同時に、これから自分に起こるかもしれない出来事に気を重くし、深いため息を吐いた。

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