第19回 獅子奮迅
瘴気が漂うデモスの森の外れ。ここでは現在、赤ん坊を抱いた母親がモンスターの群れに囲まれていた。元々、彼女は所用で外出していたのであるが、運悪く迷い込んでしまったのだ。
「ひっ……」
押し寄せてくる恐怖に怯えている女性。彼女の眼前には現在、インセクト・ブランチ、エスカルゴン、ヘチマンといったデモスの森に生息するモンスターの群れが立ち塞がっている。怪物達は己の住処に留まるだけには飽き足らず、外に出て得物を狙うようにまでなっていたのだ。
やがて、女性と赤ん坊を狙う形で1体のモンスターが身を乗り出してくる。素早い動きに長けたモドキモンキーである。
「!!」
その時、女性の抱いている赤ん坊が大声で泣き始める。単に泣いているのではなく、何かに感応しているかのようでもある。
「くっ!!」
同じ頃、赤ん坊を強く抱き締めた状態で身を縮み込ませる女性。せめて、我が子だけでも守ろうとする母親の防衛行動であった。
ところが、モドキモンキーの毒牙が母親と赤ん坊に突き立てられることはなかった。一体どういうことなのだろうか。彼女は恐る恐る閉じていた視界を開くことにする。
気がつけば、母親と赤ん坊の前には1人の騎士が立っていた。竜を模した鎧を着込んでおり、手には血濡れのハルバードが携えられている。
そしてまた、騎士のすぐ近くにはモドキモンキーの死骸が転がっていた。モンスターの毒牙が突き立てられる直前、ハルバードで両断したのだろう。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
眼前の騎士からの問い掛けに対し、慌てて返事をする女性。まさか、騎士に助けてもらえるとは思ってもみなかった。
「私はデュルケム=プロムナード、ガイスト王国に所属する騎士です」
眼前のモンスターの群れと対峙する中、自己紹介するデュルケム。しかも、助けに来てくれたのは彼だけではなかった。
「同じくガイスト王国の騎士、ミント=シュイヴァンよ」
後方から声をかけられる女性。彼女が急いで後ろに向き直ると、そこには馬に跨ってランスを携えた女性の騎士がいた。
悲鳴を聞いて駆けつけたデュルケムとミント。2人の救援は何とか間に合ったようである。
「かなりの数だな」
「そうね」
多数のモンスターの集団と向かい合う中、言葉を交わしているデュルケムとミント。2人はモンスターの群れと戦った経験はあるが、これだけ大規模な集団は滅多になかった。
しかも、こちらの戦力はデュルケムとミントの2人だけである。単純な数だけ見れば、圧倒的に不利と言っても過言ではなかった。
「やれそうか?」
「見くびらないで頂戴、これでもガイスト王国の騎士よ」
デュルケムからの問いに強気な返答をするミント。騎士としての自負心もあるが、あえて強気な口調の理由はそれだけではなかった。
今、デュルケムとミントのすぐ傍には、赤ん坊を抱いた母親がいる。少しでも彼女を安心させる必要があった。だからこそ、戦意だけでもモンスターの群れに負ける訳にはいかなかった。
「ミント、前方は私が守る。後方を頼めるか?」
「分かったわ」
デュルケムからの指示を素直に受け入れるミント。彼女は女性が後方から襲われないように配置に就く。
割り当てを決めた後、前方で轟のハルバードを構えているデュルケム。反対に後方ではミントが愛馬のライムに跨った状態で鋭のランスを構える。今、2人はちょうど女性と赤ん坊を挟み込み、背中合わせになっている状態である。
すると、痺れを切らしたのか、1体のハンミョンが女性に向かって襲い掛かろうとする。しかし、デュルケムは轟のハルバードで一閃する。
同じ頃、反対側からリゲイツが近づいてくるが、ミントは鋭のランスで一突きにする。相手は地上を這う形で接近しているため、仕留めることは容易であった。
瞬く間に2体のモンスターを始末したデュルケムとミント。一方、2人の騎士の戦いぶりを女性はじっと見守っていた。
「……」
「……」
それぞれの武器を携えた状態のまま、無数のモンスターの群れを睨みつけているデュルケムとミント。
一方、数で圧倒的に勝っているにもかかわらず、モンスターの群れは手出しをできないでいる。デュルケムとミントに気圧されているのだ。
そうした最中、前方からインセクト・ブランチ、後方からヘチマンが同時に襲い掛かってくる。人間などに負けるはずがないと思ったのだろうか。
「ふんっ!」
「せいっ!」
しかし、2体のモンスターによる同時攻撃もデュルケムとミントには通用しない。瞬く間にインセクト・ブランチとヘチマンは始末されてしまう。
同胞が次々と倒される事態を目の当たりにして、モンスターの群れはさらに動きが慎重になる。
モンスター達の前に立ち塞がるデュルケムとミント。単に立ち塞がっているのではない。2人の周囲には結界が展開されているかのようだ。このため、迂闊に近づくことができないでいた。
「……」
幼いわが子を抱き抱えたまま、様子を見守っている女性。今、彼女の前方をデュルケム、後方をミントが守護してくれている。
この時、女性はデュルケムとミントが邪な存在を滅する軍神のように見えた。そしてまた、自身が確かに守られていることを実感していた。
無数のモンスターの群れとの睨み合いが始まって、どれだけの時間が経過したのだろうか。数で勝るはずの怪物達は手出しできないどころか、その場から一向に動くことができずにいた。完全にデュルケムとミントによって釘づけの状態にされていた。
一方、当のデュルケムとミントであるが、若干の疲れが見え始めているものの、未だに健在であった。単純な士気であれば、衰えるどころか、より勢いを増しているようにも思える。
このまま睨み合いがまだまだ続くかと思われた時であった。急に異様な寒気が押し寄せてくる。
「グガガガガ……」
どこからともなく片言の唸り声。デュルケムとミントは今しがたの唸り声に聞き覚えがあった。
気がつけば、モンスターの集団の背後には巨大な悪魔の姿があった。頭部から伸びた角、鋭い牙と爪、蝙蝠を彷彿とさせる両翼、間違いないウォズである。しかも、以前よりも醜悪な姿と化しており、体格も大柄となっている。
この場にウォズが現れたことにより、勢いづいているモンスター達。まるで怪物達の統率者であるかのようだ。
「ここは我々が食い止める……隙を見て逃げ出してくれ」
「間違いなく私達はモンスター達の相手で手一杯になるわ。悪いけど逃げるチャンスはそっちでみつけて」
視線をモンスター達の方へと向けた状態のまま、赤ん坊を抱える女性に告げるデュルケムとミント。この時、2人は最早、勝ち目がないことを悟る。せめて、女性達だけでも逃がしたいところである。
一方、デュルケムとミントからの通告に頷いて返事をする女性。彼女は2人の並々ならぬ覚悟を感じとっていた。
「~~~!」
その時、母親の腕に抱かれていた赤ん坊が泣き声を上げる。ただ泣き叫んでいるのではない。まるで何かを訴えているかのようだ。
「今度会うときは地獄だな」
「ええ、地獄で会いましょ」
敵との絶望的な戦力差を前にして、軽口を叩き合っているデュルケムとミント。それは2人なりの今生の別れでもあった。
恐らく生きて帰ることはできないだろう。そしてまた、これまでデュルケムとミントは騎士としての職務を全うするためとはいえ、この手で幾つもの生命を奪ってきた。天国へ行くことができるとは考えていない。だからこそ、地獄で会うことを約束したのだ。
そうした最中、モンスターの1体が先制攻撃と言わんばかりに襲い掛かってくる。一方、デュルケムとミントは身構えて迎撃の準備を整える。
すると次の瞬間、モンスターの身体が真っ二つになる。敵を倒したのはデュルケムでもなければミントでもない。
気がつけば、デュルケムとミントの視線の先には、馬に跨った1体の騎士が立っていた。そしてまた、彼は2人のよく知る人物でもあった。
「お前達だけを地獄へは送らせはせん!」
この言葉を共に現れた者、それは騎士団長のゼノンであった。しかも、現れたのは彼だけではない。
人の気配を感じたので反射的に向き直るデュルケムとミント。そこにはゼノンに続く形で討伐隊の面々がこちらに向かってきている。
「団長、どうしてここに?」
「一旦、デモスの森に向かったのだが、まるでもぬけの殻状態でな。モンスターの気配を追いかけて、ここまで辿り着いたのだ」
デュルケムからの問いに対し、これまでの事情を説明するゼノン。デモスの森に踏み込んだものの、ウォズの姿は勿論のこと、モンスター達の姿さえも見えなかったのだと言う。
「団長、助かりました」
「気にするな。ガイスト王国の騎士として当然のことをしたまでだ」
デュルケムからの感謝の言葉に対して、何てことはなさそうな様子で答えてみせるゼノン。騎士団長として部下を死なせずに済んだ上、騎士としての務めも果たすこともできる。これほどありがたいことはない。
「ここからが正念場だ!ゆくぞ!!」
「了解!」
「了解!」
ゼノンからの号令を受けて真っ先にデュルケムとミントが呼応する。続く形で他の騎士達も呼応してみせる。
デモスの森の外れを舞台として、ガイスト王国騎士団の討伐隊とウォズが率いるモンスターの群れとの最後の戦闘が始まろうとしていた。




