第四三回 森に夢見る
俺たちは早速、テイナ山の奥にあるというルコカ村まで馬車で向かうことになった。現在地の商都リンデンネルクの南部ということで王都グラッセルとは逆方向だが、今日の夕方頃には到着する予定だという。
とはいえ片道で100グラードもかかるため、向こうでの夕食代や宿泊費とかも含めると俺たちの財政はかなり厳しい状況だった。御者に運賃を支払った時点でもう400グラードしか残ってないからな……。ブルーワーム討伐でいっぱい集まった魔力の粒(水)を捌ければよかったんだが、依頼が出てないから当分金に変わりそうにないし……って、待てよ。人気鑑定師クオルのところで見習いをやってるターニャなら、たんまりお金を持ってそうだな……。
「――こういうわけなんです。ご、ごめんなさい!」
「いや、気にしないでくれ……」
ターニャに少し出してもらおうとしたところ、彼女は給料として一日300グラードずつ貰っていたが、すぐに使い果たしてしまうのですっからかんだという。大体家に飾るための花や服で消えてしまうため、将来のために貯金するべきだと忠告していた師匠に呆れられていたそうだ。まあ年頃の子なら仕方ないか……。
「ねえねえ、ターニャ」
俺たちの乗った馬車がリンデンネルクの南門を出てまもなく、シャイルが俺の肩の上からターニャに話しかけた。
「あ、はい! シャイルさん、どうされましたっ?」
「あんた、鑑定師ならあたちの心の中も読めるの?」
「まだ見習いみたいなものですけど、読めますよー」
そりゃ、鑑定師も一応魔法職だし《読心》っていう術があるくらいだから読めるだろうな。程度のほどは知らないが……。
「じゃあ、どんなこともわかるの?」
「師匠なら、右手に触れるだけで相手の考えはすぐに読み取れますよっ。自分は、まだレベル1のままなので厳しいですけど……!」
「ふーん……。それじゃ、あたちが特別に訓練に付き合ってあげる。試しにあたちの心の中を読んでみてっ」
「わかりましたっ!」
意気揚々といった様子でシャイルの小さな右手に触れるターニャだったが、すぐに弱り顔になった。それでも、読もうとするだけでもレベルは上がるんだっけか。シャイルはきっとターニャのことを思いやって提案したんだな。
「能天気な妖精の考えることなんてすぐにわかりますわ」
「リーゼ、言うじゃない。じゃあ言ってみなさいよねっ」
「山奥にどんな美味しいものがあるか楽しみ……ですわよねえ?」
「ぶぶー! それはあんたでしょ!」
「それ、あたいが考えてることなのだ!」
ヤファは正直だなあ……。
「「……ププッ……」」
「何故笑うのだ! ガルルッ!」
「「ひー!」」
シャイルたちは騒いでるが、今も難しい顔で鑑定してるターニャのことはすっかり忘れてそうだ……。
馬車はテイナ山の麓まで来たらしい。ここからあと三時間ほどで目的地のルコカ村に到着するのだそうだ。山麓というだけあって見渡す限り緑色で目の保養にはなりそうだが、道が険しくなったことで揺れも段々増してきて気分が悪くなる。魔物が遠くに見えるだけで騒いでいたシャイルたちもそうなのか、明らかに口数が少なくなっていた。
「……あの町は?」
ふと、木々の間に城壁のようなものが見えた。そんなに遠くにある感じじゃないし、まだ麓からもそんなに経ってないのでルコカ村でないのは確かだ。
「……えっと、あれは……わかりません……」
アトリが首を傾げてる。
「あ……あれは町ではないです!」
意外にも、知っていたのはそれまでうとうとしていたターニャだった。
「じゃあ、村?」
「いえ……! あれは師匠が建てようとしている、まだ村未満の集落です!」
「……なんでまたあんな辺鄙なところに……」
「はい、説明します! この辺には集落があったんですが、相次ぐ山賊や魔物の襲撃で大人たちが自警団として駆り出され、多くの命が失われたそうなんですよ……! それで親を失った子供たちのためにと、師匠が孤児院を建てたのが始まりなんです!」
「へえ……。じゃあ、鑑定屋『ディープ・フォレスト』が偉く儲けてそうなのにあんな質素な店だったのは、そういうところで金を使ってたからなのか……」
「はい……! 師匠によれば、最初は善意のつもりだったけど、後悔もしたそうですよ。孤児院を建てたことで、今度は小さな学校も作ろうということになって、さらには子供たちを守るために傭兵を雇ったり、城壁を作ったりということで、お金がいくらあっても足りないんだそうです……」
「なるほど……」
ターニャの元気な声がどんどん萎んでいくのを聞いても、いくら稼いでも足りないというのはよくわかる。
「でも子供たちの笑顔を見て、今はやってよかったという気持ちのほうが強いと師匠は仰られてました。いつかこの世界から勇者が生まれるように、子供たちに色々学んでほしいんだそうです!」
「ってことは、まだこの世界から勇者は生まれてないのか……」
「はい……。向こうの世界から勇者が召喚されるのも、それだけ教育が進んでるからで、想像力の高い、優れた固有能力を持った勇者が生まれやすいんだそうです」
「なんか良いことを聞いたな、アトリ」
「ですね……。ターニャは良い師匠を持ちましたね」
「そう言っていただけると嬉しいです! コーゾーさん、アトリさん!」
「……うぷっ……」
「吐きそうですわ……」
「酔ったみたいなのだ……」
俺たちが感動してる側で、シャイルたちはすこぶる気分が悪そうだった。
「あ、そうだ。シャイルさんたちも気分が悪そうですし、休憩する意味でも立ち寄ってみましょうか!」
ターニャの提案に、俺を含めて全員うなずいていた。正直俺も気分が優れなかったからちょうどよかった……。




